カテゴリー;Novel
このお話は『家族』の続編です。
5月自作/スリリング 『姉妹』
産院における赤ん坊の取り違え事件。
しかしニュースになった時期を過ぎると、誰も話題にしなくなる。当たり前、という残酷な言葉から常識という名の横暴を強要され、人との違いを覆い隠すようになっていく。
高野祥華、二十歳。
今の両親は、血のつながりがない育ての親という立場になる――。
両親の実の娘、松本芽美はこちらの居候として長く暮らす。何度も三人で話し合いが行われ、松本家の人もやってきて、戻るように説得をしたらしい。しかし彼女は此処にいることを望んだ。
父は冷たいものだったと思う。
祥華にも、血のつながりは関係ないとはっきりと言う。育ててきた時間と見守ってきた時間、これはもうどうすることもできないものだと。
当事者となる自身にはよく分からないものの、妹瑛里華にはその違いが分かるという。
ただ芽美には父の言葉に従う気持ちはないらしく、大学入学の頃にはもう話をすることはなかった。
彼女が話をするのは、殆んどが母。そして偶に瑛里華とだ。
最初こそ物珍しさもあったらしく、瑛里華は芽美に声をかけていた。
しかし小学生の問題も教えられない芽美に、次第に距離を置くようになっていった。ただ部屋がないため、瑛里華は芽美と一緒になっている。そのため祥華のところにやってくることが増えた。祥華のベッドはセミダブルなので、そのまま寝ていくことも多い。
血のつながり。瑛里華は最近、そんな言葉を口にする。
確かに血がつながっているのは芽美なのだから、瑛里華にとっては姉が二人という状態だ。
中学二年、多感な時期であるにもかかわらず、芽美の存在が彼女の反抗期という反発を封じ込めてしまっている。芽美は瑛里華には興味がないかのように、一緒の部屋にいても声をかけてくることはないという。
引き換え松本家にいる祥華の妹、麻美はよく連絡してくる。受験の頃は疎遠になったものの、今はよくメールや手紙を送ってくるようになっている。
会ってはいないが素直な子だ。それは分かる。二人の妹は何となく似ている気がする。少なくとも祥華との関係は良好だった。
芽美にとって麻美はどんな妹なのだろう。少しだけ考えて、その考えそのものを放棄する。あの子のことは何も分からない――。
「芽美は一人だけで生きていると勘違いをしている」
とても珍しい休日の夕暮れ時だった。いつもならお稽古事で母と瑛里華はいないけれど、この日はお休みで家族が揃った。
父が台所から見えるリビングから、母に向かってそう言った。祥華は母と夕飯の支度をしており、瑛里華は父の近くで本を読んでいる。
「私たち、いない方がいい」
父に向かって尋ねる。すると問題ないという答え。ならばと、そのまま今夜のメニュー、餃子を作ることにした。
「お金の問題だけじゃなく、礼儀や常識がなさすぎる」
怒っているような厳しい言葉だった。
「どうして祥華には手伝わせるのに、芽美にはやらせないんだ」
母はすぐには答えない。
「実の娘とか思っているのか」
父のその言葉は母にというより、祥華自身に響いてしまった。
実の娘。祥華は違う。居場所をなくしたような感覚。二人は祥華を邪険にすることなど、決してないのに……。
暫くして松本家には何の連絡もせず、町を訪ねた。
これも偶然、兄に出会う。
「さっちゃん」
そう声をかけられても、すぐには反応できなかった。自分をさっちゃんなんて呼ぶ人はいないからだ。
「ご無沙汰しています」
「何だよ。その他人行儀な挨拶」
兄隼人が笑いながら、肩を抱いてきた。
「遊びにきたとか」
「いえ。何となく足が向きました」
「じゃ、俺と遊ぼう」
彼の笑顔は優しかった。
複雑な状況は変わらない筈なのに。
「ドコ行く」
都心に出るかというので、任せると答えた。
「カラオケって感じじゃないか。映画は?」
「好きです。どんなジャンルも観ます」
すると一瞬、間があいた。
「どうしたんですか」
「家さ。誰も映画好きじゃないんだ。だから驚いた」
「隼人さんも本来は見ない人ですか」
違う。そう一言言ったところで頭をぐりぐりされた。
「その敬語、やめようよ。他人じゃあるまいし」
「そうなんですが、それほど変わらないですよ。普段からこんな感じです」
「そっか。気を使ってるんじゃなきゃいいや」
それより、とスマホを取り出して何かを検索し始めた。
調べながら、アニメオタクじゃないけれどさと前置きし、これなんてどうと画面を見せてくれる。
「これ」
少しだけ曰くつきのアニメ映画。
「新しくなったグランドシネマ、行ったことがないんだ。池袋、行こう」
その日。
兄とか妹とか。何も考えずに歩いた。映画を観て、ご飯を食べて、今も喫茶店でコーヒーを飲んでいる。
「楽しかった。どうもありがとう」
「いえいえ。また行こうよ。俺も映画仲間できて嬉しいし」
うん。と頷いて、改めて家も映画好きっていうのは自分だけだと気付く。
「芽美さんって、どうしてこちらの家に拘るのかな」
「たぶん、うちの人間が嫌いなんだろ」
簡潔だな。思わず笑ってしまった。ごめん。
「迷惑なのは、高野さんの方だよね」
「母はそうでもない。父は、芽美には悪いけれど、透明人間のようにスルーしてるかな」
大人気ないよね。
でも普段は絶対にそんなことしないよ。人との付き合いには最低限のルールを守れってうるさく言う人だから。
ただ優しくして、高野の家にいてもいいって思われたくないんだって。父には血のつながりは大切なものじゃないみたい。
「あゝ。わかる」
隼人は、芽美について語り出した。
「正直、苦手だった」
妹なのに変だよね。
「私は出現の仕方がドラマみたい過ぎて、今も現実の話だと思ってないかな。赤ん坊の入れ代わりなんて、荒唐無稽だと思ってる」
でも現実なんだよね。
「さっちゃんっていい子だよね」
「は?」
「もし、大学のキャンパスで見かけたっていうのが始まりならナンパしちゃったかも」
「光栄です」
そういう感じ、かなと言いながら、暫し見つめられる。
隼人の視線に釘付けになる。
「どうしたの」
「妹でよかったっていう気持ちと、勿体無かったという気持ち。妹なんだぞって自慢したい気持ちと、何で妹なんだって残念な気持ち」
そういうごちゃごちゃな感情が、さっちゃんを見てると湧き上がってくると言う。
「私は兄ができて本当に嬉しいです。今まで妹だけだったから、おにいちゃんが欲しかったんです」
「それはそれは」
「麻美もさ。時々、話題にするのはさっちゃんのことなんだよね」
よかったら月一くらいでさ、会わないかという。
「無理はしなくていい。予定があれば断ってくれてもいいし、家には来なくていい。だから連絡してもいっか」
「はい」
高校生の時ならいざ知らず、もう二十歳になった。
高野の家に残ることになったといっても、実の兄妹であることには間違いがない。
瑛里華にも話してみようか。友達の感覚で一緒に遊びに行けばいいのだから。
そして月に一度。多い時は二度。時に一泊で旅行も。我々は会っていた。
秘密にするつもりのなかった祥華は両親に伝えてあった。瑛里華が参加するようになって、芽美の名前が出なかったわけではない。わざわざ芽美に対し内緒にするつもりもなかった。彼女が望めば一緒に行くことも考えた。
しかし祥華との会話を望まないのだから、教えようがない。
そして年月は流れ、とある日。彼女は知ったのだ。自分以外の兄妹たちが会っていることを。
「この家の人も。あっちの家も。みんな私を馬鹿にしてるんだ。私だけを除け者にして、みんなで楽しくやってる」
それまで溜め込んでいた言葉を吐き出したのだろう。まさにスリリングな場面になっていった。
「そう思うのなら出ていけ」
父の言葉は、最後通牒になった――。
【To be continued.】 著 作:紫 草
by 狼皮のスイーツマンさん
ニコッとタウン内サークル「自作小説倶楽部」2020年5月小題:スリリング