『君戀しやと、呟けど。。。』

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『キスシーン』ⅩⅤ

2009-12-12 09:28:15 | 連作short/妖婉シリーズ
*****
 足が震えていた。
 でも、そんな俺の様子など全く気にすることなく瑠璃は蔵の中へと入ってしまう。
 声をかける暇もなかった。

「この扉の向こうに、昔の伯父さんと伯母ちゃんが見えたの?」
「あゝ」
 流石に、この扉だけはすぐには開けられないと思ったのか。瑠璃もかなり手前で立ち止まったままだった。

 その時だった。
「声がする」
 突然、瑠璃がそう言って扉の中を覗き込んだ。
「やめろ!」
「でも、解決しなきゃ悪夢は去らない」
 毎晩のように襲ってくる、正体不明の黒い影から逃れたかった。

「俺が、開ける。お前は離れてろ」
 そう言った時だった。
 上から、何かが落ちてきた。
 状況が状況だった為、思わず叫びようになる。
 でも、よく見ればそれは巻物の束だった。

「何、これ…」
 瑠璃が言葉を取り戻す方が早かった。俺はその声で呪縛から解かれたように、巻物を手に取った。
「古いものと新しいものが一緒になってる。これって解いたらヤバイよな、きっと」
 そう言うと、瑠璃が絶対、と言い直した。
 暫く、手にした巻物を眺めていた。何も言葉はなかった。
 ふと気付くと、開けようと思って開けられなかった筈の扉が開いていた。

 開け放たれた部屋の中には、何もなかった――。

 持ち出すことを躊躇う俺に、瑠璃は怒鳴った。そして巻物を取り上げられた。
「これ、伯母ちゃんに渡そう。それで葬ってもらお」
「母ちゃんに?」
 もし、これを渡すことでお袋が変わってしまったら。
 浦島太郎じゃあるまいし、と瑠璃が笑う。それもそうだ。もしそうなら、手にしている今だってかなり危険だ。
「私が届けてくる。みっちゃんは家に戻ってて」
 そう言って、瑠璃が蔵を出て行った。

 背を向けていた、部屋の方に振り返る。
 やはり、そこには何もない。
 しかし、俺ははっきりと何かを感じとっていた。
「ここでお袋が暮らした」
 小さな呟きだった。

――それが全ての発端であり、そして終焉だ。

 もう、そんな言葉が聞こえてきても叫び出すような恐怖はなかった。
 誰かが確かに此処に棲み、そしてお袋を慈しんだ。
「そうですね」

 すると何処からか、吹く筈のない風が吹いた。
「終焉ということは、お袋は此処で死ぬということですか」

――そうだ。二度と此処には戻ってくるなと、母御に伝えるがよい。

 その言葉の意味をしっかりと理解した上で、声の主が何者かを考えることを放棄した。
 そして見えぬ何者かに向かい、俺は深々と頭を下げた。

                           著作:紫草
                          To be continued.
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