「早いもんだ。今年ももう終わるんだな」
いつになくしみじみした様子で、ファルコが言った。すでに夜は更けている。あと1時間もしないうちに新年が訪れるのだ。
ライラット暦2028年12月31日、今日はコーネリアの大晦日である。
冷えわたり澄み切った夜空の下で、街のネオンが静かにまたたいている。年の暮れに独特の、心に何かを呼び起こすような静けさがコーネリアの街全体を包み込んでいた。
スターフォックスの面々も、ドックに停泊したグレートフォックスの艦内で、一年の終わりを穏やかに過ごしている。
「本当だな。アッという間に一年が過ぎてしまった気がするよ」
ソファに寝そべり、両のまぶたを閉じたまま、フォックスは言う。となりではペッピーが腕を組んで高いびきをかいている。
この日の昼間、スターフォックスチームのメンバーは、手分けして艦内のすみからすみまでを掃除しつくし、アーウィンやランドマスターの整備と燃料補給、部品類や食料の買出しを終え、税金の調整を片付けた。おかげで船の中は見違えるように美しくなり、今年の仕事をすべて片付けてしまった達成感からか、フォックスとファルコの顔にも安堵がにじみでている。
奥の厨房からは、クリスタルとスリッピーが食器を片付ける音が聞こえてきている。
「大晦日か……。大晦日といえば」
薄く目を開け、なかばウトウトした表情でフォックスが言う。
「なんだ? 大晦日がどうした」
こちらも、半分眠ったような目のファルコが聞く。
「このあいだ読んだ本に書いてあったのさ。この星……惑星コーネリアが誕生してから、いま現在まで経過した時間を、ちょうど一年間だとする。すると、おれたちアニマノイドが誕生したのは、12月31日の大晦日。それも23時30分ごろになるって話さ」
「んん……」
わかったようなわからないような返事が、ファルコのクチバシから漏れた。
「俺たちの歴史なんて、この惑星の歴史と比べれば、それだけ短いものだってことだ。宇宙は計り知れないよな、全く」
満足そうに言ってから再びまぶたを閉じたフォックスだったが、ファルコの次の言葉を聞くと眠気は吹き飛んでしまった。
「なるほどな。とすると、アニマノイドの歴史ももうすぐ新年を迎えるってことか」
「ええっ!?」
ソファから体を起こし、それは違うだろう、と言いたげな視線を我らのエースパイロットに向ける。なにかおかしなこと言ったか?と言いたげな視線がそれにぶつかった。
「そうじゃないよ、ファルコ。アニマノイドは新年を迎えたりしない」
「あぁ? 俺たちが生まれたのが大晦日の23時過ぎなんだろ。それなら、もうすぐ新年がきたっておかしくないだろうが」
「違う違う。いまの話はものの喩えなんだ。コーネリアの歴史を一年と考えたんだから、常に『いまこの瞬間』が一年の終わりにあたるわけで……、つまりいつまで経っても新年は来ないのさ」
「フォックス」
信じられないものを見る目つきでファルコは言った。
「お前……言ってることおかしくないか? 『いまこの瞬間』が一年の終わりなら……次の瞬間にはもう年が明けてるてことじゃねーか」
「だーかーらぁ」
じれったくなりソファから立ち上がる。
「『いまこの瞬間』はいつまで経とうが『いまこの瞬間』であって、さっきの『いまこの瞬間』といまの『いまこの瞬間』とは別の……あーややこしいっ」
フォックスは眉をへの字に寄せると、耳の後ろをかりかりと掻いた。
「つまり、いまの話でいくと、『いまこの瞬間』はまさに年が暮れる時間なわけだよ」
「……それくらい、オレだってわかってる」
そうだろ、とフォックスは言い、安心してほっと一息ついた。
「時計を見りゃあ一目瞭然だ。いま午後11時58分だからな」
だーーーっ、と叫んでフォックスは頭をかかえる。
「わかってない! 全然わかってないぞ、ファルコっ。アニマノイドの話と、いまの時刻とは別の話だからな! 今が何時だろうと関係ないんだ!」
「お前こそワケわからないじゃねェか! いままさに年が暮れる、と言ったと思えば、いつまで経っても新年は来ない、なんて言うんだからよ。じゃあ何か、アニマノイドの歴史はずーーーっと年の暮れのままで、永遠にニューイヤーカードも受け取れないままだってのか? 御免こうむるぜ、そんな歴史は!」
年の暮れに全く似合わない騒々しさで口論する二人に驚いて、クリスタル、スリッピーの二人が厨房から顔を覗かせた。
「一体何の騒ぎ? またつまんないことでケンカしてるんじゃないでしょうね」
「何が原因か知らないけどさ~、ケンカしたまま年を越すのは勘弁してよね」
「ケンカなんかじゃねェ、フォックスがワケ解らないこと言うもんだから俺は」
「違うんだって。ファルコ、よく考えればわかるはずだ、だから『いまこの瞬間』が……」
そう、まさにその瞬間。
惑星コーネリアは46億7896万5307回目の公転を終え、ライラット系の暦は新たな年を刻み始めたのだった。
なおも騒ぎ続ける四人のかたわら、ソファに沈み込んだペッピーの高いびきがふと止まり、もごもごと口が動いた。騒がしい声が飛びかい誰も聞き取ることはできなかったが、唇の形はこう言っているようだった。
“A HAPPY NEW YEAR.”