「もう、お分かりだろう。若き日の私は抽出した成分からガスを作り出し、『誰も傷つけない兵器』として軍にモニタリングを申請し、権利と引き換えに多額の研究費を手に入れた。研究ははかどった。自分の発明品が実際にならず者共を捕らえるため役立っていることも、ハールの出身としてははじめて軍の科学技術研究所員に迎えられたことも、私の心を躍らせた。
あの日の訪れまでは。
私が作り、私が売り込んだガスが、命を奪ったのだ。私が殺したも同じだ。
誰も傷つけない兵器という謳い文句が、私の誇りだった。お笑いだ。なまくらのナイフ、湿気ったマッチ、と言って喜んでいたようなものだ。
お分かりいただけるだろうか。5年前の事件のずっと以前、三十余年前のあの日からすでに、私は殺戮者であったのだ!
……。…………。
私は、私が殺戮者であることの意味を探そうとした。なぜ、まるで適さない条件のもとで、あのガスが使用されたのか。それを許可し、命じたのは誰か。だがすべては、軍事機密という名のむこうに隠されていた。それでも私は知らねばならなかった。知った上でその人物を問い詰めなければ。それ以外に、あの日に背負い込んだ同胞の命の重みを、この身から下ろすことができないような気がしたのだ。
軍の関係者、メディアの関係者に聞き込みを続けるうち、私の周囲には怪しげな影がうろつくようになった。
特高、公安、保安局……私には名前も知るすべがなかったが、おそらくはそんなところだろう。監視の目はいたるところに光り、私は電話の一本をかけるにも恐ろしく感じる有様だった。
監視の網にからめとられ、探偵のまねごとは進まなかった。ただ肩書きだけが変わっていった。
孤立しながらも研究費を勝ち取るためには、成果を出すしかなかった。私の頭脳が生み出したものが、軍をより強力に育てていった。
超次元空間の短絡機構のプロジェクトを一任されるころには、私の精神から外向きのベクトルはすっかり失われていた。
機密と監視がそうさせたのだ。私は内部へと没頭した。研究だけで頭脳をいっぱいにし、あの日のことを忘れようとした。心を閉ざし、目を伏せ、耳をふさいで生き始めた。死に始めた、と言ってもいい。妻と子供が私のもとを離れたのも、このころだ。