俺の翼に乗らないか?

スターフォックスの一ファンのブログ

「ファルコとの出会い」その68

2012年02月12日 22時18分34秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「もう、お分かりだろう。若き日の私は抽出した成分からガスを作り出し、『誰も傷つけない兵器』として軍にモニタリングを申請し、権利と引き換えに多額の研究費を手に入れた。研究ははかどった。自分の発明品が実際にならず者共を捕らえるため役立っていることも、ハールの出身としてははじめて軍の科学技術研究所員に迎えられたことも、私の心を躍らせた。
 あの日の訪れまでは。
 私が作り、私が売り込んだガスが、命を奪ったのだ。私が殺したも同じだ。
 誰も傷つけない兵器という謳い文句が、私の誇りだった。お笑いだ。なまくらのナイフ、湿気ったマッチ、と言って喜んでいたようなものだ。
 お分かりいただけるだろうか。5年前の事件のずっと以前、三十余年前のあの日からすでに、私は殺戮者であったのだ!
 ……。…………。

 私は、私が殺戮者であることの意味を探そうとした。なぜ、まるで適さない条件のもとで、あのガスが使用されたのか。それを許可し、命じたのは誰か。だがすべては、軍事機密という名のむこうに隠されていた。それでも私は知らねばならなかった。知った上でその人物を問い詰めなければ。それ以外に、あの日に背負い込んだ同胞の命の重みを、この身から下ろすことができないような気がしたのだ。
 軍の関係者、メディアの関係者に聞き込みを続けるうち、私の周囲には怪しげな影がうろつくようになった。
 特高、公安、保安局……私には名前も知るすべがなかったが、おそらくはそんなところだろう。監視の目はいたるところに光り、私は電話の一本をかけるにも恐ろしく感じる有様だった。
 監視の網にからめとられ、探偵のまねごとは進まなかった。ただ肩書きだけが変わっていった。
 孤立しながらも研究費を勝ち取るためには、成果を出すしかなかった。私の頭脳が生み出したものが、軍をより強力に育てていった。
 超次元空間の短絡機構のプロジェクトを一任されるころには、私の精神から外向きのベクトルはすっかり失われていた。
 機密と監視がそうさせたのだ。私は内部へと没頭した。研究だけで頭脳をいっぱいにし、あの日のことを忘れようとした。心を閉ざし、目を伏せ、耳をふさいで生き始めた。死に始めた、と言ってもいい。妻と子供が私のもとを離れたのも、このころだ。
 

「ファルコとの出会い」その67

2012年02月12日 22時11分04秒 | 小説『ファルコとの出会い』

「……だから破壊と殺戮に手を染めたのか、と皆さんは思うことだろう。正確には違う。
 もう三十年以上前のことだが、『トネリコの日』のことは、もちろん知っておられるだろう。貧困に押し込められたハールの労働者たちの不満が爆発し、起こした暴動はコーネリア各地に飛び火した。
 私はそのとき、一介の技術者に過ぎなかった。暴動に参加することはなかった。ロキオンの支配から抜け出したい気持ちは同じだったが、私は私で、暴動とは別の力で彼らと対等になろうと息巻いていた。
 つまり私も若かったということだ。
 暴動には静観を決め込むつもりだったが、間接的に、思わぬ形で関わることになった。
 コーネリア軍は、押し寄せる群衆の真ん中にガス弾を数発、撃ち込んだ。
 ガスの主成分は、ある生物から抽出した神経伝達物質をもとに生合成したもので……無色透明だが、ほのかに柑橘類のような香りがある。この成分が気道粘膜を経て血中に入り中枢神経にまでたどり着くと、種族を問わず、交感神経の働きを鈍麻させ、多幸感、嗜眠がもたらされる。
 ちょうど、風呂で一日の疲れを洗い流し、ガウンに着かえたあと暖かい布団にもぐり込んだ時のような、やすらかなまどろみの中に落ちてゆくのだよ。
 同じガスが、軍が勢力圏を拡大する際、軌道上をうろつくごろつき共や、軍事施設を占拠したテロリストに向けて使われたことがある。
 楽なものだ。ごろつき共が得意になって乗り回している快速艇や、テロリストが篭城する施設の大気調節器からガスを注入してやれば、相手はあっさりと眠りに落ちる。しあわせな夢を見ながら、みなお縄だ。
 だが、この暴動の場合は、少々事情が違っていた。というより、最悪だった。
 このガスは、狭く遮蔽された空間に短時間で行き渡らせられる場合に、最も大きな威力を発揮する。
 では、その逆、広く、遮蔽もされていない空間で、ひしめきあう群衆に向けガスを散布したら、いったいどうなっただろうか?
 まずガスを吸い込んだ数名が、幸福感と共に眠りについた。その周囲の者も、ガスの広がりに従って、次々に。
 残りのものは、異変に気づくと、はげしい恐怖に襲われた。この時点で、このガスは一般に知られていない。昏倒する仲間を見て、すやすや寝入っているだけだとは、誰も気づけないのだ。
 たちまちのうちに、悲鳴と怒号が飛び交い、群衆は恐慌状態に陥った。われ先に逃げようとする人々が折り重なり、拡散するガスに追いつかれて眠りに落ちる。その上を、まだガスが効かない者が乗り越えていった。
 逃げ惑う群衆に踏み潰され圧死したもの、眠ったまま側溝に転落し溺死したもの、夢うつつのまま、手にした銃器を暴発させたもの。
 『死者263名、負傷者580名』……その日の夕方のニュースのテロップを、私は忘れることができない。
 いいや。忘れてはいけないのだ…………。」