<3県庁新採用でお役所仕事に呆然とするも乗り切れ!!編(前編)>-----------------------
●次なる作業
前代未聞の新旧の工業用水道ドッキング計画は、難産の末に国の認可を得て工事推進の運びとなり、技術者集団の建設担当課は大いに活気づいていたが、私たち事務職には気の遠くなるような会計処理上の作業が待ち構えていた。新施設から旧施設の顧客へ工業用水を売るための料金設定の作業だ。
昔整備された工業用水の旧施設は当時の建設費も低く資産償却も進んでいて原価が低いことから低料金であったが、新施設はオイルショックインフレの影響で建設費用も高騰しており、新施設接続後の料金上昇は明らかであった。正しい原価計算の開示が顧客の理解と契約継続の基礎となる。
加えて工業用水の料金設定にあたり、公営企業という立場から「産業振興も勘案するべし」だという。役所の事業として、儲け追求ではなく、可能な限り低廉な料金設定にして地元の企業を支援するのが使命だと。どうせなら利益確保したいと思う私の作業一々に拘束具のように煩わしい要請が降ってくる。
●モト資料が殆ど無い
工業用水料金設定に向けた原価計算には、先ずはこれまでの建設に要した費用を全て洗い出す必要がある。パソコンなど無い時代で資料は全て紙媒体。十数年にわたる年度ごとの資料綴りが山のようになっているんだろうな…とうんざりした思いで資料室の倉庫を漁り始めてみた。
しかし、議会に諮る予算書や決算書の類ばかりで、原価計算のために帳簿上費用化するための科目別品目別の明細や取得価額の資料といったものが殆ど見当たらないのだ。事業開始直後2~3年分程度の投資事業費と思しき数値が鉛筆でなぶり書かれたかのようなB4判の罫紙数枚が僅かに"発掘"されたのみだった。
●固定資産台帳は重要問題
工業用水道事業のように大型の施設を整備運転して商品を供給する事業は、初度料金設定のための原価計算のみならず、事業運営の全般にわたり固定資産台帳による適切な経営管理が重要となる。建設完了したら直ちに建設費を精算して台帳化できるよう備えが進められているはずだった。
迂闊であった…。心の病で転出するなど2年間に3人もの担当係長が異動する異常事態に振り回され、前例無き計画変更の認可を求めて国との協議に忙殺されていた私は、投資事業費精算準備作業が長年にわたり放置されてきた事を、供用開始の間近になって気付いたのだ。
それでも固く真面目さが県職員の気質とするならば、単に怠業していたとは考えにくい。私が着任する以前の諸先輩方は何処かに有意な資料を作成保管しているはず。毎年刊行される県職員録のバックナンバーを書庫から持ち出してめくり、工業用水道施設建設開始からここまで、私の前任の3人を知った。
●OB聴き歩きと呆然
前任の一人は幸いにも同じ本庁舎の別部署で勤務していて、電話して直ぐに面談することができた。体格と共に声も大きめの10歳ほど年上の前任者は、過去の資料不足に悩む私に、「建設勘定の精算準備は当時の係長が抱え込んでいたけど悩んでいるばかりで進んでなかったと思う」と言う。
前任者はその時に新人でもあるまいに、上長が直轄する仕事でも停滞すれば組織として困る事を、少なくとも更に上に具申して対応を進めさせるべきではなかったか。今更詮無いと思いつつ、言葉の端々に感ずる無責任さに、先輩職員に対してついつい熱く詰め寄りがちに質してしまう。
「まあそう思い詰めなさるなよ。あんたは新採用3年目だろ。時が解決するよ。」
当時は新採用3年で別部署に異動するのが通例となっていた。次の人に任せればいいじゃないか、と言う趣旨だ。嗚呼、この人はこんな調子で県庁内を渡り歩き、県庁もまたそれを容認してきたのかと、正義感厚かった私は肩を落とした。
●若手電気職の助け舟
これまでの長い役人生活を思い返しても5本の指に入るくらい途方にくれたものだ。早急に工業用水料金算定をする必要があるのに原価計算の肝となる固定資産価額決定のための資料が殆ど無いことが判明したのだから。モト資料となる機械設備等の納品・請求書等も保存期限を過ぎて殆ど廃棄済で万事休す。
工業用水料金設定について国の認可申請の期限が迫る中、課題を抱え込みがちだった若い私は、本気でこのままではクビになるかな…と思い詰めていた。しかし、組織で進める仕事には、一緒に悩んでくれる仲間がどこかに居てくれるもの。日頃、優秀さに一目置いていた関係課の電気技師が声を掛けてきた。
「現物を見ながら台帳価額を作るか」。現場で機器や設備一つ一つの製品名を確認して、業者情報等により整備費用を積算し、各年の決算額と整合させて台帳価額を設定する。工業用水道の施設は巨大だが、施設設備は構造的には意外にシンプル。夜なべすれば期限迄に間に合うのでは…というのだ。
本来技術職は設計や工事等に関して技術的見地で関わるのみで、財務関係資料等は事務職の仕事と突き放しがちだが、声掛けしてくれた若い電気技師は、経営全体に関わる視点で悩む私に解決策を提案してくれた。事なかれ先送り型が少なくない県職員の中に光明を感じるかのようだった。
(「3県庁新採用でお役所仕事に呆然とするも乗り切れ!!編(後編)」へ続く)