注意:残虐表現が含まれます。
A-5。そこには、「Hatch Potch」という看板を掲げる喫茶店があった。
現在その店の中には、かぐわしいコーヒーの香りが立ちこめていた。
そのコーヒーを飲んでいるのは、美男美女の二人組。ここが殺し合いの舞台でなければ、デートを楽しんでいるようにも見えただろう。
「……それで、ユマ様は何十体ものモンスター相手に大立ち回りを演じたんですの! あの時のユマ様は、最高にかっこよかったんですの!」
熱弁を振るっているのは、モデルのような抜群の美貌とプロポーションを誇る美女。その名をリンダという。
にこやかな表情でその話を聞いているのは、白いはっぴを纏った精悍な顔つきの青年。
彼の名は倉本駆馬。またの名を六代目寒鰤屋ともいう。
「いやー、リンダさんは本当にそのユマって人が大好きなんですね」
「もちろんですの! 私はユマ様のお役に立つために生まれてきたんですの!」
駆馬の言葉を、リンダは嬉しそうに肯定する。
「ですから……」
「はい?」
突然、リンダは足下に置いていた自分のデイパックの中を探り出す。
「ユマ様のために、死んでほしいんですのっ!」
リンダが取り出したのは、ゴールドマトック。いわゆるツルハシだ。
手にした凶器を、リンダは迷わず駆馬の頭めがけて振り下ろす。
リンダにとって、由真こそが全て。だからこそ、由真のためになると思えば殺人も迷わず出来る。
由真を生き残らせるために、由真以外の参加者は全て殺す。それがリンダの選んだ道だ。
しかし、ツルハシが駆馬の脳天を砕くことはなかった。
「いけませんねえ、リンダさん。攻撃動作にかける時間が長すぎです。
そもそもあなたの細腕じゃ、ツルハシは効率のいい武器とは言えませんね」
ツルハシを指二本で挟んで受け止め、平然とした表情で駆馬は言う。
「な……は、離すですのー!」
「離したら私が危ないでしょうが」
必死でツルハシを引っ張るリンダだが、駆馬に押さえられたそれはびくともしない。
「さて、リンダさん。あなたがそのユマという人のために殺し合いに乗ったのはわかりますが……。
しかしユマさんは、あなたが他人を殺して喜ぶような人ですか?」
「それは……!」
リンダに、動揺が走る。ユマはサーに操られたモンスターを一匹たりとも殺さなかった人だ。
事件が解決したあと、死者の蘇生をティレクに願った人間だ。
たとえ自分のためであろうと、殺人をよしとするとはとても思えない。
「それでも……それでもリンダは、ユマ様に死んでほしくないんですの!」
絶叫と共に、リンダは渾身の力をツルハシに込める。だがそれでも、駆馬の指二本を押し切ることは出来なかった。
「恋は盲目……か」
切なげな表情を浮かべると、駆馬は空いたもう一方の手で突きを放つ。
その拳はリンダの腹に突き刺さり、数秒で彼女の意識を奪った。
「さて……。どうしようかね、この人」
気絶したリンダの体を抱き留めながら、駆馬は考える。
彼女が殺し合いに乗ったことがはっきりしている以上、放置しておくわけにはいかない。
かといって、彼女を始末して殺人の罪を背負う気など駆馬には毛頭ない。
彼が迷っていると、突然大きな音が喫茶店の中に響いた。それは、店の扉が乱暴に開けられた音だった。
店内に入ってきたのは、着物を身につけ腰に太刀を下げたいかにも「侍」といった風貌の人物。
その端整な顔立ちは、不機嫌そうにゆがんでいた。
「こりゃどうも。何やら怒っておられるようですが……」
「黙れ」
営業スマイルを浮かべ侍に話しかける駆馬だが、侍はその言葉を一蹴し太刀に手をかける。
「外から見えていたぞ。非常事態なのをいいことに、か弱い女性をねじ伏せ狼藉を働こうとは……。恥を知れ!」
「はいー!?」
予想外の言葉に面食らう駆馬に対し、侍は鞘から抜いた太刀を振るう。
「ちょっと待ってくださいよ、お兄さん! 誤解ですって!」
とっさにリンダから手を離して一撃をかわし、侍をなだめようと駆馬は叫ぶ。だがその言葉は、かえって事態を悪化させてしまった。
「お兄さん……? 私は女だーっ!」
怒りをさらに倍加させ、侍はがむしゃらに太刀を振るう。その刃は駆馬を捉えこそしないが、テーブルや椅子を次々と切り裂いていった。
「おっと、お嬢さんでしたか。それは失礼。とりあえず刀を収めていただいて、じっくり話し合った方がお互いのためだと思うのですがどうでしょう」
「問答無用!!」
喫茶店の中をせわしなく逃げ回りながら、駆馬はどうにか侍を説得しようとする。
だが完全に頭に血が上った彼女は、駆馬の言葉に耳を貸そうとしない。
(まいったね、こりゃ……。とりあえずここは逃げておいて、あとで頭が冷えてから改めて誤解を解きに来るか)
決断を下した駆馬は、素早く行動に移る。彼はあらかじめデイパックからズボンのポケットに移していた支給品のハサミを取り出すと、それを投擲した。
ただし眼前の侍に対してではなく、窓ガラスへ。
「うあっ!」
降り注ぐガラスの破片に、侍が一瞬怯む。その隙に駆馬は全速力で走り、割った窓ガラスから外へ。
そして地面に落ちたハサミを回収し、そのまま走り去った。
「くそっ、逃がしたか……。あの男、次に会ったらただでは……」
去っていく駆馬の後ろ姿をにらみつけながら、侍……犬塚信乃は呟いた。
「とは言っても……。今回は少しカッとなりすぎたか……。異常事態で、少し気が動転しているのかも知れないな」
独り言を続けながら、信乃はまだ原形を留めていた椅子に腰掛ける。
「一人になるのも……久し振りだからな……」
旅に出てからというもの、彼女の周りには常に運命で結ばれた犬士の仲間たちがいた。
しかし、癖が強すぎるがいざというときに頼りになる仲間たちは今、彼女のそばにはいない。
(道節、小文吾、毛野……。必ずみんなであの妖怪を倒して、ここから帰ろう。荘助、現八、大角、それに親兵衛……。すぐに戻る、待っていてくれ)
ここに連れてこられてきている三人の仲間と、ここにはいない四人の仲間。信乃は彼らの顔を思い出し、生還を誓う。
(まあ、今は彼女が目覚めるのを待つのが先か……。
気を失っている女性を置いていくわけにもいかないし、かといって背負っていったのではいざというときまともに戦えないからな)
信乃は、壁に背を預ける格好で気絶しているリンダの回復を待つ。
彼女の中の悪意など、知るよしもなく。
【一日目・深夜 A-5 喫茶店「ハチポチ」】
【倉本駆馬@かおす寒鰤屋】
【状態】健康
【装備】鉄のハサミ@世界征服物語
【道具】支給品一式、不明支給品0~2
【思考】
基本:殺し合いには乗らない
1:今は逃走。信乃が落ち着いたらもう一度会って、誤解を解きたい。
※本編終了後からの参戦です。
【リンダ@世界征服物語】
【状態】気絶
【装備】なし
【道具】支給品一式、ゴールドマトック@らき☆すた(小説版)、不明支給品0~2
【思考】
基本:由真を優勝させるため、他の参加者を皆殺し
1:(気絶中)
※単行本一巻終了後からの参戦です。
【犬塚信乃@里見☆八犬伝】
【状態】健康
【装備】退魔の太刀@CLAMP学園怪奇現象研究会事件ファイル
【道具】支給品一式、不明支給品0~2
【思考】
基本:妖怪(ティレク)を倒し、仲間たちの元に帰る。
1:リンダが目覚めるのを待ち、事情を聞く。
2:駆馬と次に会ったら、容赦しない。
3:道節、小文吾、毛野と合流。
※単行本6巻終了後からの参戦です。
※支給品解説
【鉄のハサミ@世界征服物語】
錯乱した由真のクラスメイト・橘あずみが、由真とティレクを刺殺した凶器。
【ゴールドマトック@らき☆すた(小説版)】
みさお・銀角のスペア武器。洗脳されたみなみ・金太郎に貸し与えられた。
【退魔の太刀@CLAMP学園怪奇現象研究会事件ファイル】
《悪玉精霊》退治の専門家、榊文左衛門の愛刀。その名の通り、魔を払う力を持つ。
心身共に鍛えられた者にしか扱えず、その域に達していない者が使おうとすると気を失ってしまう。
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