高良みゆきが目を覚ました時、彼女は歯医者の椅子に身を預けていた。
「ひぃっ!」
忌まわしき場所にいることに気づき、思わず体を跳ね上げるみゆき。しかし、すぐに彼女は平常心を取り戻す。
「えーと……先程の光景は……。夢でしょうか?」
一度はそう考えたみゆきだが、即座にその考えを自ら否定する。
歯の治療中に、夢を見るほどぐっすり眠ってしまうなどあり得ない。それでは比喩ではなく本当に無神経である。
まあ、恐怖で気絶してしまうことならあり得るかも知れないが……などと考えながら、みゆきは椅子から降りる。
そして、足下に置かれていたデイパックを発見した。一つ深呼吸をして、それを開ける。まず最初に出てきたのは、「名簿」と書かれた紙だった。
(夢では……ないようですね……)
名簿にしっかり記された「高良みゆき」の名を見て、みゆきは複雑に感情が入り交じった溜め息を漏らす。
これがあの少年が告げた殺し合いに参加させられた人たちの名簿だとは、まだ確定してない。
だが、状況からしてそう考えるほかにない。
(こなたさん……黒井先生も……)
名簿には、みゆきの親友と恩師の名前も記されていた。彼女たちと殺し合うなど、みゆきに出来るはずがない。
いや、彼女たちに限らず、みゆきに誰かを殺すなどという選択肢はなかった。
だが、それならばどうする。逃げる? どこに。たしか少年は、無人島で殺し合いをやってもらうといっていた。
(たしか、地図も入っていると言っていた気が……)
パンや缶詰といった食料を丁寧に取り出し、みゆきはその下に入っていた地図を手に取る。
そこに描かれていたのは、確かに島だった。そして、島の各所に点在する施設の名も記されている。
なぜか「歯医者」も記されていたため、みゆきは自分がいるのが地図で言うB-6であることを知った。
(他にも施設はあるでしょうに、なぜあえて歯医者を地図に載せたのでしょう……。
それに、魔神城やヘラクレスの掌とはいったい……)
考え込んでしまうみゆきだが、しばらくして思考が本題から外れていたことに気づく。
(とにかく、ここは本当に島のようですね……。ただ、地図が偽物という可能性もありますが……。
疑い出すときりがありませんね)
自分たちを殺し合いに参加させた人間を信じろというのも無茶ですが、などと思いながら、みゆきは地図をたたんでデイパックの脇に置いた。
(他に入っている物は……)
デイパックの中に、再び手を入れるみゆき。出てきたのは水入りのペットボトルに、ランタン。それに方位磁石。そして……。
「ぬいぐるみ……ですか?」
みゆきの手の中にあるのは、かなり大きなウサギのぬいぐるみだった。全身に包帯や絆創膏が付けられている変わったデザインだが、それでもかわいさは損なわれていない。
「ぬいぐるみを何に使えというのでしょう……?」
首をかしげながら、みゆきはとりあえずぬいぐるみを地図の上に置く。その時、彼女は何らかの違和感を覚えた。
それを放置せずに突き詰めていき、みゆきはその理由に気づく。デイパックの中身が多すぎる。
これまでに取り出した物の体積が、明らかに外見から推察できるデイパックの容量を越えているのだ。
(いったいどうなっているのでしょう……)
疑問に思いつつも、みゆきはさらにデイパックを探る。すると今度は、長い槍が出てきた。
(これは明らかに……入りませんよね?)
槍の長さは、明らかにデイパックの縦幅より長い。にもかかわらず、槍をデイパックに戻すと何の抵抗もなく端から端まで入ってしまう。
(?????)
自らの知識を持ってしても説明できない現象に、みゆきの脳内は疑問符で埋め尽くされる。
最終的に、彼女は「深く考えない」という選択肢を選ぶことで正常な脳の働きを取り戻した。
(とりあえず、入っていた物はこれだけですか……)
落ち着きを取り戻したみゆきは、目の前に並べたデイパックの中身を見ながら考える。
なおデイパックにはもう一つ、先に星がついた子供のおもちゃとしか思えないような杖も入っていた。
(実質的な武器は槍だけ……。私には使いこなせそうにありませんね……。
そうなると、生きてここから脱出するには誰か体力に優れた方と手を組む必要がありそうです)
真っ先にみゆきの脳裏に浮かぶのは、武術経験者であるこなた。
しかし、自分よりははるかに強いとはいえ彼女も普通の女子高生。過度の期待は禁物だろう。
(やはり男の方を頼るべきでしょうか……。まあ、まずはここから動かなければ何も始まりませんね。いろいろ考えるのは歩きながらでも出来るでしょうし)
荷物を全てデイパックに戻し、みゆきはそれを背負う。そして、診察室の重い扉を開けた。
「……っく。……っく」
診察室から待合室に足を踏み入れたとたん、みゆきの耳に誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
どうやら、今までは厚い壁に遮られてすぐ近くにいながら気づかなかったらしい。
みゆきが慌てて泣き声の主を捜すと、ソファーの上で膝を抱えている少女の姿を発見できた。
その少女は小学生に見えるほど体が小さく、青い髪を長く伸ばしていた。
そう、みゆきの親友と同じように。
「こなたさん!」
思わず、みゆきは叫ぶ。だがそれに反応して頭を上げた少女の顔は、こなたではなかった。
眠たげな目こそこなたにそっくりだが、全体的な印象は……こなたには悪いが、彼女よりかなり引き締まっている。
ただその引き締まった顔も、今は涙でぐずぐずに崩れているのだが。
「誰……?」
「あ、あら? 申し訳ありません、人違いでした。私は……」
「来ないで!」
非礼を素直にわび、そのまま自己紹介に移ろうとするみゆき。だが少女はそれを拒絶し、ソファーの上で後ずさりする。
「来ないで……。来ないで……」
がたがたと震えながら、少女はなおもみゆきから遠ざかろうとする。
「大丈夫です。私はあなたに危害を加える気はありませんから」
優しく語りかけながら、みゆきは相手の警戒をどうやって解くべきか考える。
(そうだ、こういう時こそあれの出番かも知れませんね)
みゆきは背中のデイパックを降ろすと、そこからぬいぐるみを取り出した。
「こんな物しかありませんけど……。少しは心が落ち着くかと……」
精一杯の笑顔を浮かべながら、みゆきはぬいぐるみを差し出す。それを見て、少女の表情は一変した。
「これ……私の!」
◇ ◇ ◇
数分後、みゆきと少女――御庭つみきというらしい――は、並んでソファーに座っていた。
「じゃあ、つみきさんのお友達も何人かここに連れてこられてるんですね?」
「うん。名簿を信じればだけど……」
抱きしめたぬいぐるみに顔を埋めながら、つみきはみゆきの質問に答える。
ぬいぐるみのおかげで、かなり精神的に安定してきたようだ。彼女曰く、友達にもらった大切な物らしい。
「それでは、私は自分とつみきさんのお友達を捜しながら、この島からの脱出方法を捜して歩き回ろうと思うのですが……。
つみきさんも一緒に来ていただけませんか?」
「まあ、一人よりは二人の方が安全だしね。みゆきさんも悪い人じゃなさそうだし、一緒に行くわ」
「ありがとうございます」
つみきの返答に対しニッコリと微笑むと、みゆきはソファーから腰を上げる。
「では、早速まいりましょう。まずは、ここから北に行って海岸沿いを調べようと思うのですが……」
「船がないか調べるのね? わかったわ」
みゆきの意図をすぐさま理解し、つみきはそのあとをついていく。
(まずは、一人仲間が出来ましたね。しかし、女子高生二人ではやはり不安です……。
早く頼りになる方を仲間に加えたいものですね……)
冷静に現状を分析し、みゆきは思う。
しかし、彼女は知らない。すぐ後ろにいる少女が、逆上すれば素手で人の頭をかち割れる恐るべき戦闘力の持ち主だということを。
【一日目・深夜 B-6 歯医者】
【高良みゆき@らき☆すた】
【状態】健康
【装備】雪篠@里見☆八犬伝
【道具】支給品一式、練習用の杖@魔法先生ネギま!
【思考】
基本:殺し合いには乗らず、この島から脱出する。
1:北に向かい、海岸沿いを調べる。
2:戦闘力のある人を仲間にしたい。
3:こなた、ななこ、つみきの友人たちとの合流。
【御庭つみき@あっちこっち】
【状態】健康、まだ少し精神不安定
【装備】なし
【道具】支給品一式、ウサギのぬいぐるみ@あっちこっち、不明支給品1~3
【思考】
基本:殺し合いには乗らない。
1:とりあえずみゆきに同行。
2:友達(特に伊御)に会いたい。
※支給品紹介
【ウサギのぬいぐるみ@あっちこっち】
みんなでゲームセンターに行った際、つみきが伊緒に取ってもらったクレーンゲームの景品。
つみきが両手で抱え込まないと持てないぐらいに大きい。
【雪篠@里見☆八犬伝】
「義」の犬士、犬川荘助が愛用する槍。
本人曰く「犬川家の家宝」だが、なぜか大量にある。
【練習用の杖@魔法先生ネギま!】
魔法初心者用の、小さな杖。
本格的な杖ほどの力はないが、コンパクトなため携帯に便利である。
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