ゴルフに乗り換えた翌年、ウチの父は転勤となり、国鉄のローカル線が廃止された田舎へ単身赴任していました。
母は父の転勤先と自宅との間を月に二度ほど行ったり来たり。仕事が休めるときは私が片道200キロを送っていきましたが、ゴルフディーゼルの燃費と走りには毎度、感心させられたものです。
峠の上りでも2速3速を上手く繋ぎ、トルクバンドから外さないように走らせると、前車に遅れを取るようなことはほとんどありません。
下りならば、まさに水を得た魚でした。
エアコンがなくたって、開閉可能な三角窓が威力を発揮。北海道の過疎地は渋滞がないので平気です。
気に入って乗ってはいても、また違うクルマにも乗ってやりたい。
私が次に狙ったのは、イタリアの老舗アルファロメオのアルファスッドでした。
このブログを最初からお読みいただくと、高校時代の記述が少ないのですが、実は『クルマの師』との出会いがありました。
その頃、私は公害対策で走らなくなったクルマよりも、オーディオや楽器に凝っていたのです。
ビートルズやロックバンドのコピーに明け暮れ、通っていた楽器店の社長が大のクルマ好きで、お互いにクルマ談義が楽しくてたまらない。
社長はカーグラフィックを購読、小林彰太郎編集長の信奉者でした。
ブラウンメタリックのレオーネハードトップに乗りながら、小林編集長が長期テストで乗っていた「アルファスッドかアルフェッタが欲しい」が口癖でね。
1,200ccでデビューしたアルファスッドは、後にスポーティーバージョンのtiやクーペのスプリントを追加して、排気量も1,300、1,500と成長を遂げ、ほぼ完成形となっていました。
無理な条件を書き並べて最終型のスッドtiに的を絞り、いくつかの雑誌に『買いたし』と投稿してみたら、譲っても良いという人から連絡があったのです。しかも、こちらの希望条件どおりで。
これは、何としても手に入れたい。ゴルフと交換して追金する形で良いというし、何かとうるさい父は単身赴任中。願ってもないチャンスです!
ああだこうだと悩まず、すぐに金融機関でローンを組んでしまいました。
輸入車の楽しさを教えてくれたゴルフディーゼルとの別れは、正直つらかったけれど、独身のうちに『左ハンドル』には乗っておきたかったこともあり、即断即決とはまさにこのこと。
初めての左ハンドルと言っても、学生時代にはバイト先の社長のフィアットX1/9、BMW320、323iといった左のマニュアル車を随分運転させてもらったので、全く違和感なく馴染むことができました。
フルネームが長いから単にスッドと呼びますが、スッドに乗ってまず驚いたのは音。吸気はウェーバーのダウンドラフトが水平対向の各バンク?に1基ずつ付いていて、たくましい吸気音を醸し出し、排気は細いパイプがお尻から2本曲がって出ている姿にふさわしく、私にとっては音楽を奏でてくれました。
振動が少なく、高回転でも音量は控えめながら雑音のない、澄んだ音色なのです。上の方で、ビーンという共鳴音がハモるともう最高!
それほど速くはないけれど、不満のない加速をしてくれるし、何よりキャブ車独特のレスポンスに頬が緩んでしまいます。
走りの方も、減りは早いが滅多なことでは鳴かないミシュランTRXのおかげでミズスマシみたいにタイトコーナーを回れます。
とにかく、適度な手応えはあるけど軽い操舵力で回頭性は抜群。10年後に乗ることになるシビック初代タイプRまでの間、あれほど優れたハンドリングのFF車には乗ったことがありません。
あまり上等とは言えないボディーや内装の仕上げ、塗装の質も、走りという美点の前では何もかも許せるほどでした。
さて、車粉による公害が社会問題化し、スタッドレスタイヤを初体験したのも、このアルファスッドでした。
ブリヂストンから発売されたばかりのラリー用を購入し、行政のモニター募集に手を挙げて補助金2万円をゲット。
恐る恐る走り始めたものの、凍結路以外では何ら不安を感じることなく、むしろスパイクタイヤよりも効いたのにはビックリしました。
周囲の人がマカロニとかダブルフランジとかフルピンとか騒いでいた時に、静かで快適な冬道走行を実践でき、鼻が高かったものです。
さて、ウェーバーキャブを2基備えたスッドのエンジン、燃費はどうだったか。
当時は街中と遠出半々くらいの比率だったと思いますが、リッター10キロを切ることはなかったです。最高は函館往復時の16キロ。
走りと経済性を見事に両立していたのが、このクルマのすごいところだと思います。
スッドの弱点は何か。強いて挙げるとしたら、電気系の古くさい設計と信頼性に欠ける純正部品でしょうか。
ハッチバック車では、リヤウインドウの熱線の電源は車体とリヤゲートとを繋ぐ電線で供給されるのが普通ですが、スッドは開口部のボディー側に端子(電極)があり、ゲート側のバネで伸縮する爪がそれに接触して電気が流れる仕組みです。
その金属部分が酸化し抵抗が大きくなると熱をもち、端子のプラスチック部分が溶けてしまいます。
リヤデフォッガー使用中に焦げるような変なニオイがしたら、ここを疑うとまず間違いなし。
エンジンルーム内の部品も熱に弱く、ラジエーターのリザーブタンクは劣化してヒビが入りやすいし、キャップも弱くて、私はBMWのものを流用していました。
ですが、スッドの音と走りの魅力はそんな弱点を補って余りあるもので、私としては長く付き合うつもりでした。当時、アルファロメオは正規輸入されておらず、出張で上京する際に国分寺までパーツを買いに行ったことが懐かしく思い出されます。
交換する消耗部品を持ち込む形で、車検はファミリアアンフィニを買ったディーラーが引き受けてくれました。
ある日突然、そんなスッドとの別れがやってくるだなんて、考えてもいませんでした。