このクルマの写真は何枚か撮った記憶がありますが、探しきれてないのでまずは借り物でご容赦を。
私のはクーペだったので手前のモデル。ボディーカラーはガーズレッド…そうです、百恵ちゃんの『プレイバックPart2』に出てくるポルシェは911だと勝手に思い込んでいました。
乗り物好きなら、子どもの頃に小学館の『交通の図鑑』って買ってもらいませんでしたか?未来の空港や港、都市交通の予想図に胸をときめかせたものです。
巻頭からカラーの挿絵、乗り物の歴史、白黒のイラストのページなどが続き、最後の方の現行型の乗り物写真と解説が私の一番好きな部分でした。
書かれてある自動車の馬力と最高速度ばかり気にして、国産ではもちろんトヨタ2000GTが憧れでしたが、外国車のところにフォルクスワーゲンを平たくしたような不恰好なドイツ車が載っていて、車名にポルシェ911Lとありました。「えーと、最高速は?…!」これには驚きましたね、あんな格好でトヨタ2000GTに迫る210km/hとは。
以来、私にとってポルシェ911は謎に満ちた、畏敬すべき存在となったのでした。
中2で再びクルマに目覚め、ドライバー誌で知った、大藪春彦の『東名高速に死す』というカッパノベルスを買ったら、その巻頭に登場するのが2000cc時代のポルシェ911Sだったのです。ちょっとだけホイールベースが延びて機械式燃料噴射装置が付いた1969年式。5ナンバーで乗られた最後の年式です。
既にその頃、911はビッグバンパーでハイバックシート、2700ccのGシリーズへと成長していたのですが、しばらくクルマから遠ざかっていた私は知る由もありません。
小説のとおり左ハンドルでローが左下にあるシフトパターンならば、国産車の助手席からシフトレバーを握ってセカンドに入れる練習をしておけば、役立ちそうだなと本気で考えていたのでした。
後日、左下のローは2200ccの1971年式までと知ることになるのですが。
中学、高校、大学…その後もずっと、『いつかはポルシェ』を心に秘め自分なりに頑張ってきた訳ですが、子どもが小さいうちなら家族4人で乗ることも不可能じゃないかも、と昇進のご褒美に購入を決意。もちろん『男の10年ローン』で。
書籍を読み漁って、ポルシェ911のことは年式ごとの仕様や特徴などを徹底的に頭に叩き込み、満を持しての購入。
予算の関係から84年式以降の3200ccとなったカレラはあきらめるしかなく、73年式以前のナローも難しい。そこで81〜83年式SC、無改造のディーラー車に絞って探すことに。
幸いなことに例月の東京出張があったので、目星をつけた911を確認するチャンスには恵まれています。そしてようやく83年式の最終型SC、しかもスポイラーのないシンプルな個体と出会うことができたのでした。
ボディーカラーはガーズレッドで、まさに自分のイメージしていた『百恵ちゃんのポルシェ』そのもの。本当はあまり目立たない色が良かったんですけどね。
親身になって相談に乗ってくれた小さな専門店を信じて、試乗はおろか現車確認もせずの購入でしたが、程度はまずまずで、排気系が本国仕様になっていた以外はオリジナルのまま。ただ、US仕様と同じシールドビームのヘッドライトはちゃんと後年のカレラ用のものに交換してありました。
高校生の頃、スキー場で見た911がカッコよかったので、冬にも乗ってやろうと冬タイヤのセットも購入。
苫小牧港まで無人車航送してもらい、JRに乗って引き取りに行きました。それまで何度か911を運転するチャンスがあったのに敢えて拒否してきたんですよ、自分のものにしてから運転したいと。
ホイール付きの冬タイヤを4本も積み込んだ狭い車内に乗ってすぐに感じたのは、3リッターの排気量とは信じられないほどの吹け上がりと吹け落ちの速さ!
このSCを含め、空冷フラット6には3台乗りましたが、音も含めたフィーリングが一番良かったのがこのSCでした。
趣味のクルマで大切なのは絶対的な速さじゃないことを教えてくれたと思っています。。
不思議だったのが、180psしかなくてリッター当たり出力わずか60psという低いチューンなのに、実に表情に富んだエンジンだということ。
低いギアで踏めば一気呵成のシャープな吹き上がり。高いギアではディーゼルのような粘りを見せる。街なかは乗らなかったので、燃費もリッター10キロ前後は走ってくれました。
当時の911は高価なオプションでも選ばない限り内装がチープで、材質も国産車の低グレードのレベル。特に、サンバイザーの付け根のビスが錆びていたのにはガッカリしました。これは何年か後に乗ることになったカレラでも同様でしたが。
空調は悪名高いヨーク製コンプレッサーのせいかクーラーの効きが悪かったけど、北海道じゃほとんど気になりません。
それよりもありがたかったのは、始動後すぐに効くヒーター。ほんの数十秒で温風が吹き出してくれ、乗るたびに空冷のありがたみを味わったものです。
最初はわからなかったけれど、私のSCは足回りのセッティングがあまりよろしくなかったらしく、横から見たら少し後ろ下がりでした。大きなエンジンをリヤに載せているんだから当然と思っていましたが、のちに乗ることになった空冷2台は共にちょっとだけ前下がりで、その方が外見上バランスが良く感じました。
峠の上り、タイトコーナー手前まで頑張ってスロットル踏み、フルブレーキングともにフロントに荷重を移動させてシフトダウン。ステアリングを切り込み、すぐにブレーキを解放してやると、SCはスイッと向きを変えてくれます。そしてコーナー出口を向いたらフルスロットル!
リヤをグッと沈み込ませ、快音を奏でながら猛然と加速するSC、まさにスポーツカーを操る快感ここにあり!
ちなみに、タイヤはちゃんと指定のポテンザRE71を履かせていました。サイドウォールの小さな"N0"の文字が誇らしかったです。
のちの2台はSCよりもパワフルなためか、ここまでメリハリをつけた挙動を好まず、もちろんタイム的には速かったんでしょうけど、駆る楽しさはSCが一番だったと懐かしく思い出します。
37歳にしてようやく手にした911。30年越しの恋人としてふさわしい名車でした。
娘が6歳と2歳でまだ小さく、911のリヤシートにぴったりと収まるので、家族4人でロングドライブにも出かけるなどファミリーカーとしても活躍しました。
観光地の駐車場では、後席から降りてくる娘が周りの雰囲気を和やかにしてくれたこと、うれしい思い出です。
ただ、冬にヒートエクスチェンジャーからの温風取入れ口にトラブル発生。漠然とした不安を感じて、車検を半年残して手放すことを決めるに至ります。
幸いなことに、不具合を承知の上で欲しいと言ってくれる買主もすぐに見つかりました。