探してみたら、やっぱり写真がありました。昔、ミニなどFF小型車ドレスアップの定番だったコスミックMkⅡがお似合いでしょ?5J幅の12インチが欲しかったところ、このクルマには新品のようにキレイな純正スチールホイール(4J×12)とともに附属してきたのでした。
東京から小樽へ帰任して以来、何とか旧車趣味を復活させたくて色々と画策していましたが、子どもは上が高校、下が中学とまだまだ教育費がかかる年代。
車庫で惰眠を貪っていたバイク(モンキートーキョーリミテッド、ドリーム50)と交換してもらえるような物件を探し、見つけたのは小学6年生の時に衝撃を受けた初代シビックでした。
シビックとの出会いについては、このブログの『初めに-3』『初めに-4』『初めに-5』をご覧くださいね。
そんな思い出のシビックを手に入れ、父と旧車イベントに出かけるのを密かに楽しみにしていたのですが、「全くお前って奴は、いい歳こいてまだ車に夢中なのかっ!」と呆れられてしまい、かえって親子の溝を深めてしまうという結果に。
翌年、父は病を得て、2年後に亡くなりました。
徐々に体力が落ちていく中、実家に一度だけ乗って行った時、シビックを見て「こんなだったのかなぁ」と言いつつ、背中を丸めて車内をのぞき込んでいた姿が忘れられません。
前置きが長くなりました。
さて、「シビック」と言えば、皆さん口を揃えて「RS」と答えてくれますが、私にとってはその前のトップグレード、GLなんです。
ウチが買ったのは、昭和47(1972)年のデビュー直後。GLと3ドアが追加されたのは9月でした。
2台のバイクとの交換でやって来たシビック、外装はオリジナルの塗装がやや劣化しているものの、エンブレム等は欠品なし。内装はRSの木製ステアリングとシフトノブが映え、レザー張りのシートはファブリックで張り替えられ、GLの新車時よりも良い感じ。
わが家で乗っていたのと異なり2ドアでしたが、リヤのパーセルボードは厚い木製で黒レザー張りのものに交換され、確かKLMとかいうメーカーのスピーカーが付いていました。
カセットテープを聴きたかったので、ヘッドユニットを某オークションで5,000円だったS2000用の新品に交換したら、これが私好みの音質でバッチリ。
あとはポイントを残したまま点火系をTRDのセミトランジスタ式へ変更、ハイテンションコードは少々長めながらウルトラ製の三菱アストロン用を流用、プラチナプラグと赤コイルはボッシュ、ヘッドライトはJA11ジムニー用のシールドビームハロゲンを流用、といった感じで自分好みに仕上げていきました。
ここで断言させていただきます。初代シビックは国産小型車のレベルを国際的な水準へと一気に引き上げた名車です。
広い車室、俊敏な加速と操縦性、経済的な燃費などなど、今、思い出してみても半世紀前のホンダの卓越した思想には畏敬の念を抱きます。
わが家のシビッ君、峠のワインディングでは軽量ボディーとKONIのダンパーのマッチングが良くタックインを生かして現代のクルマに遅れを取ることはなく、RSの5速へ換装していたこともあり高速道路では悠々とクルージングを楽しめました。そして、長距離ドライブではリッター19キロ台と少食でした。
父の死をきっかけに「生きているうちは好きなクルマに乗ってやる」と決心した私のS800購入に伴い、「昔、乗りたかった」と言ってくれた次のオーナーへ引き継がれていきました。