何かしてます。

 無職だって退屈してません。「何か」してます。「何か」ってなんだ?

お墓をつくろう

2009年05月15日 10時54分05秒 | 冠婚葬祭
 おばあさんの四十九日の法要に併せて納骨したいと思ったので、お墓をつくることにしました。
 5月10日の午前中、大分前に購入しておいた『お墓をたてる予定地』に石材業者と墓地の管理者に来てもらいました。

          

 色々打ち合わせをした結果、おかげさまで四十九日の法要までに、お墓ができあがることとなりました。

 このお墓にはまず、【34歳でなくなり本家のお墓に入っていたおじいさん(おばあさんの旦那さん)】と【おばあさん】に入ってもらいます。(二人ともテレまくるかも?) 

三回忌

2009年05月15日 10時09分14秒 | 冠婚葬祭
 義弟の三回忌の法要が行われた。
  日時 5月9日(土)
  場所 お寺さんの本堂
  会食 ビューホテル

 会食の際、献杯を指名された。
 概ね次のようなご挨拶をしてから、献杯した。

【故人の義理の兄弟に当たる○○です。
 本日はお忙しい中お集まりいただきましてありがとうございました。おかげさまで、無事に、三回忌の法要を終えることができました。
 久しぶりに皆様にお会いできて、故人も喜んでいることと思います。

 世の中は、百年に一度の金融危機、新型インフルエンザ、さらには4日前に私どものおばあさんが亡くなるなど、騒がしいことばかりで、普段は故人のことを思い出すことが、なかなかないのが現実です。

 本日は限られた時間ですが、故人の思い出話でもお伺いできればと思っています。

 まずは献杯をさせていただきます。ご唱和をお願いします。献杯!】 

弔辞

2009年05月14日 12時26分36秒 | 冠婚葬祭
 おばあさんが亡くなったことを知った、ディサービスの職員の皆さんから「寄せ書き」をいだだきました。
 告別式において、弔辞代わりにご披露させていただきました。

          

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 あきさんへ
 ディサービスで8年間一緒に過ごせたことを嬉しく思います。
 茨城の話や磯節を聞かせてくれて、本当にありがとうございました。
 また、会いましょう!!【原 健裕】
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 あきさんに出会えて幸せです。たくさんの笑顔と知識をもらいました。ありがとうございます。
 元気な子が授かるよう、天国から見守ってくださいね。【中村(相川)育美】
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 あきさんとディサービスでの楽しい時間をわすれません。たくさんお話を聞かせていただきありがとうございました。
 あきさん大好きです。【荒木順子】
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 昨日まで元気な顔を見せてくれたあきさん!
 ホールを明るくしてくれましたね。
 今日はもう会えませんね。ゆっくりお休みください。【岡庭伸之】
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 あきさんの思い出は楽しいことばかりです。
 磯節をはじめ、海や山の話し・・・笑顔のあきさんしか浮かびません。
 私もあきさんのように皆から愛される人生を目指します。
 大好きなあきさん、いっぱいいっぱいありがとうございました。【金井恵美子】
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 あきさんへ
 いつも元気のあいさつしてすてきな笑顔が印象深いです。
 長い間いろいろな事を私たちは教えてもらうことができました。
 ありがとうございました。ゆっくりとやすんで下さい。【新井】
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 あきさんが大正2年生まれの95歳とは今日まで知らないでいました。
 いつも元気に大きな声で受付にあいさつしてくれて・・・・毎日元気をわけてもらっていたように思います。
 あきさんのように明るく生きてゆくように私もがんばろうって思いました。
 どうも有り難うございました。【四方田】
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 あきさんへ
 いつも元気なあいさつで私の一日がはじまりました。
 これからは頂いた元気を他の方々にお分けできるようにガンバリます。
 ありがとうございました。【飯塚典子】
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 故郷に帰りゆっくりお過ごし下さい。
 思い出ありがとうございました。【湯浅】
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 あきさんへ
 毎朝、受付で明るく手を振って下さるあきさんにいつも元気を頂きました。
 私もあきさんのように素敵なおばあちゃまになりたいです。
 ありがとうございました。【大竹】
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葬儀

2009年05月14日 11時03分46秒 | 冠婚葬祭
 出棺      5月7日12時30分
 葬儀・告別式 同日14時(高崎市斎場)
 火葬      同日15時(同斎場)
 清め善     同日15時から16時ころ(同待合室)
 収骨      同日16時20分
 初七日     同日夜(自宅にて)

 告別式に際し、遺族代表として次のとおりご挨拶した。

【遺族を代表いたしまして、皆様にひとことご挨拶を申し上げます。
私は故人の長女の夫でございます。

本日は、ご多用にもかかわらず、ご会葬・ご焼香を賜り誠に有難うございました。

故人が死亡当日の朝、「気持ちが悪い」と訴えるものですから、ディサービスを休ませました。
吐き気をもよおすようになったので、午後になり、真木病院に連れて行きました。

吐き気を抑える点滴をし、原因をつきとめるため肺のレントゲンを撮り、頭部のCTを終えたころになり、呼吸が苦しいと訴え始めました。

まもなく意識不明になり、なんとそのまま息をひきとってしまったのです。
呼吸が苦しいと言い出してから30分か40分の間の出来事でした。
駆けつけた子供、孫、曾孫たちに見とられて、ほとんど苦しむこともなく、旅立っていきました。

私どもとしては、ここまで丈夫で元気できたのだから少なくとも100歳の大台を越えてもらいたいと思っていたのに残念でたまりません。

お医者さんから「約二年前から投薬治療していた間質性肺炎が、徐々に悪化して、死に至った」と説明を受けました。

故人は、長女が三歳、次女が生まれたばかりのころ、夫を戦争で亡くしました。
女手一つで娘二人を育て上げたわけですから、若いころは、計り知れないご苦労があったものと思います。

85歳ころから私どもと一緒に暮らすようになりました。
長女の手厚い介護を受け、何かといえば次女の家に泊まりに行き、孫や曾孫に囲まれ、ほぼ毎日ディサービスに通っていました。

何も言わずに急ぎ旅立ってしまいましたが、「ありがとう、幸せだったよ」と言いたかったに違いないと確信しております。

母に対して寄せられました皆様のご厚情に、心よりお礼を申し上げます。今後とも母の生前同様のご厚誼をいただき、ご指導を賜りたく存じます。本日は、有難うございました。】

通夜

2009年05月14日 09時59分18秒 | 冠婚葬祭
 5月6日、おばあさんを自宅のお店に安置して近しい親族のみで通夜をした。

          

 甥が『お寺の住職をしている長女の婿さん』に、「どうせ、お坊さんがここにいるんだからお経をあげて!」と気楽に頼みました。私はドキリ!としました。
 専門的に言えば宗派違いとかなんとか、色々都合があるだろうから『そんなことは頼むべきでない』と思っていたからです。
 私の心配をよそに婿さんは「宗派違いでもよければ、やりますよ。」と言って気安く引き受け、すばらしいお経をあげてくれた。私もお母さんも心から感謝・感激したものである。

 長女が生まれたとき、おばあさんが産湯を使わせてくれました。そんな長女の婿さんが仕事抜きで心を込めてお経をあげてくれたのだから、おばあさんの『極楽行き』は間違いありません。  

お念仏

2009年05月13日 14時22分08秒 | 冠婚葬祭
 5月4日(月)、私ども夫婦と弟夫婦の計4人で義姉の実兄さんのお葬式に参列した。場所は、埼玉県鳩山町の義姉さんの実家で行われた。

 ご迷惑になるのでお焼香をすませたらお邪魔しようかとも思ったが、心を込めてご冥福を祈りたいと考え葬儀の最後に行われた『お念仏』まで参加させてもらった。

 

忙しかった一週間

2009年05月13日 09時49分45秒 | 冠婚葬祭
 5月4日から5月11日までの約1週間は、私の人生のなかでもまれに見る忙しい日々だった。夫婦ともに、ダウンせずにどうにか頑張れたのは、長男・長女の家族や甥達の協力や援助の御蔭と思い、感謝しています。

【5月4日(月)】
  義姉(兄嫁)の実兄のお葬式に参列(埼玉県)

【5月5日(火)】
  同居の義母(妻の母)、午後5時13分死亡

【5月6日(水)】
  お葬式の準備
  お通夜(親族のみ)

【5月7日(木)】
  お葬式(斎場・午後2時から)
  初七日(自宅)

【5月8日(金)】
  櫻井接骨院とスポーツジムに行って、心身のケア。

【5月9日(土)】
  義弟の3年忌参列(お寺・ビューホテル)

【5月10日(日)】
  納骨に間に合うようにお墓を作ることを決め、業者と打ち合わせ

【5月11日(月)】
  身内のみで初七日のお食事会

※ 5月12日に長男の嫁、同13日には長女が何気なく我家を訪ねてくれた。二人とも何も言わなかったが私ども夫婦の様子を見に来てくれたらしい。