ノーやん日記パート2

頑張れパンジー

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 晴れ。6時の気温零下2度。トイレに立ってまた布団にもぐる。8時まで寝込む。朝食後部屋に籠り、モーツアルトのピアノ協奏曲20,21番をCDで聴く。高寄昇三氏の「大阪都構想と橋下政治の検証」を読む。地方自治の研究書を読むのは久しぶりや。80年代に「地方の時代」ということが言われて久しい。小泉政権時代に国庫補助負担金の削減など「三位一体改革」がすすめられた。「平成の大合併」と叫ばれ全国で市町村の合併が進んだが地方の荒廃をくいとめることはできなかった。大阪府と大阪市の関係の問題は、ぼくの大きな関心事。「二重行政」の問題というより、指定都市としての大阪市が大きな人口を抱え大きな権限をもちながら多様な住民の声を行政に反映させるシステムがないことにぼくの関心の比重があった。区長さんは市長配下の職員にすぎない。これが第一の問題。“船長はひとりでよい”とかいって大阪市を解体論がふりまかれているが市を解体したら大阪市民の暮らしはどうなるのか。都が「産業」を市は「生活」を受け持つことになれば市民はものを言う先も失う。こんな篩わけは大間違い。産業政策だけを受け持つ自治体は実在しない。子どもだましのような幼稚な議論で市民生活をかき回す議論はがまんならない。

 朝からあらぬ話に関心が向いてしまったが、窓を開けると窓際のベゴニアが寒波のせいで萎れている(写真下)。ありゃ。あわてて、花壇に出る。パンジーが3~4株萎れている(写真上)。ナバナも。ストック、ハボタン、アリッサム、ブラキカムはみな大丈夫。土も昨夜の強い西風で乾いている。水やりを逡巡する。あすやることにしよう。「これ、なんといいますの」「パンジーです。三色すみれ。ほれ、これがつぼみ」。管理事務所の職員さんに尋ねられ答える。「パンジーくらい覚えときや。ハハハ」。

 芭蕉句に「山路来て何やらゆかしすみれ草」というのがある。すっと口にのぼる。解説は不用の句。この句、初案は「何とはなしになにやら床し菫草」だった。説明的でなんとなく間延びしてると思ったのか、芭蕉は前句に直した。貞享2年、42歳の時、名古屋市熱田区法持寺で詠んだ句。すみれは、山には咲かないという批評もあったらしい。日本人にはなじみの花。時々道端に見つけるがいまではパンジーがすみれに変わってしまった感がある。

 応援歌
パンジーよ凍てつく夜を耐えて咲け 愚老

コメント一覧

ノーやん
https://55926699.at.webry.info/
{%トホホwebry%}花も生きる力をもっているので立ち直ることを期待しています。養生します。
fm
「パンジーよ凍てつく夜を耐えて咲け」

二枚目の写真:無惨な姿ですが、もうダメですか?

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