安永6年(1777)5月24日。大坂の門人正名と春作に宛てた手紙。娘くのを嫁ぎ先から引き戻した事情を認めた中に、「さみだれや大河を前に家二軒」と「涼しさや鐘を離るゝ鐘の声」の句を書き、「右は当時流行の調にては無之候。流行のぬめり(平凡陳腐)いとはしく(いとわしく)候。」と書き添えている。
つまり、この句は、いまはやりの写生句やおまへん。はやりの写生句風の陳腐なことやりきれまへんな。そう言われて読み返すと、なるほど、この両句、劇好きの蕪村独特の余韻と言おうか言葉ではいいがたい句表現である。ひと工夫凝らした句の味わいがある。日本的文化の原型のようにも読み取れる。昼は天婦羅そば。娘の勤めるコンビニの売れ残り品で。午後、スーパーへパスタ、讃岐の乾麺、焼酎を買う。写真上=蕪村の手紙、下=フラワーアレンジメント。
冴え渡る枝は雀か鶯か 昇竜子
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ノーやん

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