limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 49

2019年10月09日 14時16分37秒 | 日記
時計の針が午後1時を指した。投票は締め切られ、午後4時からの開票を待つだけになった。12日間の選挙戦が幕を降ろしたのだ。「やれる事は全てやり遂げた!後は、結果を待つだけだ!さあ、午後の授業に集中しようじゃないか!」僕はそう言って、選挙本部となった生物室を出た。石川以下7名と西岡やさち達は、黙して頷いた。三々五々に教室へと向かう中「参謀長、あたし達は勝てたと思いますか?」と加奈が必死の形相で聞いて来る。「際どいが押し切れたとは思う。己を信じて結果を待て!」と諭した。加奈は何度も頷いてから身を翻した。原田陣営は、僕の予想以上に粘り強く追い上げを見せたからだ。“皇太子”は、やはり廃されて新たな候補者が立てられたし、“実弾”は容赦無しに撃ち込まれた。原田の取った戦略は、加奈達の“処分歴”を叩いてイメージダウンを狙い、“実弾”を岩盤支持層にも撃ち込んでの組織固め、4期生の切り崩しにも3期生にも“実弾”を撃ち込んでの露骨な形での組織分断にまで及んだのだ。3期生に撃ち込まれた“実弾”は、山本と脇坂が全てを回収したが、その数は20発にも達したのだ。だが、これらは裏を返せば“原田への求心力”が低下している事の現れでもあった。実際問題、原田は“選挙本部”の人選に腐心するハメに陥った。自分が定めた生徒会会則によれば、“正副会長や閣僚達は選挙活動に参加出来ない”と定められており、本部を指揮する選挙参謀に“子飼いの将”を使えなかったのだ。僕と長官は“会長特別補佐官”であり、閣外協力者に過ぎないので、自由に動けたが、長官は“インフルエンザに感染した”との理由で早々に離脱して原田から逃れ、僕は“対立側の総指揮を執る敵対者”になっており、言うまでも無く対象から除外せざるを得なかった。原田の女も“靖国神社”の撹乱工作の餌食になった上に、“皇太子”のスキャンダルにも絡んでおり、相対的なイメージダウンから起用は見送るしか無かった。止む無く、原田は“大番頭”の吉沢を起用したが、彼には政治的な経験が無い上に知略・智謀にも長けておらず、裏から原田が糸を引くしか無かったのだ。事実上、原田と僕との“一騎打ち”の様相を呈したのだ。それでも、原田陣営は善戦したと言える。“立会演説会”での演説は、唐の太宗李世民の“貞観の治”を例えて「“花匂う向陽”の継続と発展をお約束します!」と結ばれる壮大なモノになったし、4期生への切り崩しでは、“実弾”を惜しむことなく費やしての猛チャージをかけて来たのだ!「参謀長、これでは太刀打ち出来ません!」と石川と上田が訴えに来る程の勢いだったが「揺れるな!慌てるな!自分達の地盤をしっかりと固めて置け!3期生が揺るがなければ、原田はジレンマに陥るだけなのだ!ヤツは明らかに焦っている。“実弾”を使い切れば、反撃する機会はある!今は何事も無かったかの様に右から左へ聞き捨てて置け!」と言って意に介さなかった。石川と上田の演説は、宋の太祖趙匡胤の“石刻遺訓”の逸話を使い「“宋に国を譲った柴家の面倒をこの後もずっと見る事。言論を理由として士大夫を殺してはならない”これこそが私達の受け継ぐべき遺産に他なりません!自由で開かれた学校。この校風をこれからも未来永劫受け継ぐ事をお約束します!」と結ばせた。先生方の評価もそれぞれだったが、校長先生は「太宗李世民は“玄武門の変”での兄弟殺害の暗さがあるが、太祖趙匡胤の“石刻遺訓”は人間味に溢れておる!草稿の出来では3期生が上だろう!」と僕等が高い評価を得た。歴史に理解のある先生方は、我々側の演説に感銘を受けられ、「Y、草稿だろう?上手いところを突いているな!」と口々に言ったものだ。そこで、原田は、上田達の“処分歴”を叩き「過去に後ろ暗い事のある人に、人を率いて行く資格は無い!」と個人攻撃を仕掛けて来たが、僕等はこれまでの実績を強調して“泥試合”を回避した。非難の応酬が繰り広げる“醜さと危うさ”の轍を踏まなかった事で、原田陣営への支持の拡大に急ブレーキがかかった。更に、坂野達がリアルタイムで原田陣営の動きを掴んでいた事もあり、常に裏をかいて動けた事も大きかった。「過去は否定しません!過ちは繰り返しません!今の私達を見て聞いて判断して下さい!」各クラスを回って上田は胸を張って言い放った。これが意外に効いたのである。原田は、様々な手を繰り出して来たが、全てが裏目に出た。4期生の切り崩しには成功したが、我々2期生の“離反”を止められなかったのだ。坂野達と益田・小池グループの裏工作によって、岩盤支持層以外の大半が原田を見限ったのだ。「“悪しきもの”は残せない!我らの母校が、未来永劫あり続ける様に力を貸してくれ!」そう言って草の根の運動が繰り広げられ、3期生への支持拡大に繋がったのだ。「さて、どう転んだかな?」勝ちは見えていた。問題はどれだけの“差”が付いたか?だった。

「参謀長、結果が出ました!我々が650票、原田陣営が250票!」「大勝利です!」山本と脇坂が興奮しつつ、生物室へ転がり込んで来た。「よっしゃぁー!」「勝ったぞ!」関係者が雄叫びを挙げてハイタッチを交わし始める。僕は静かに立ち上がると、石川と上田と固く握手を交わし「戦いは終わった。敗れた者達への配慮を忘れるな!」と言い含めた。「はい!」「必ず1つにして見せます!」と言う2人の言葉を聞くと、生物室を出て準備室のソファーに座り込んだ。「まずまずかな、少し勝ち過ぎた感はあるが・・・」と呟いていると「Y、お疲れー!今、アールグレーを淹れるからさぁ、少しゆっくりしなよ!」と言いながら、さちと道子、雪枝に中島ちゃん、堀ちゃんがやって来た。久しぶりのお茶会が始まった。「どうしたのよ?浮かない顔してるよ?」「大勝利なのにどうしたのよ?」中島ちゃんと堀ちゃんが僕の顔を覗き込んで言った。「“勝ち過ぎた”Y、そう思ってない?」道子がアールグレイの入ったカップを差し出しながら言う。「ああ、その通りだよ。勝つのは分かっていた。だが、ここまで“差”が開くとは思わなかった。多分、関係の修復には時間を要するだろうな。僅差ならこんな心配をしなくとも済んだはずだが、倍以上の差が付いたからには、石川達には相応の苦労を覚悟してもらわねばならん。計算外の事態だよ」僕はゆっくりとアールグレイを飲みながら言った。「でもさ、それはもうYが考えたり悩んだりする事じゃないと思う。新体制の役員の問題だよ。1つ荷物を降ろしな!」さちが頭を撫でて言う。「そうね。新体制を無事に発足させるのがYの仕事だったけど、ここから先は3期生が考えるべきじゃない?今はここまででいいのよ!」と雪枝も言ってくれた。「そうでなくとも、過労気味なんだから、いい加減手を引きなさいよ!就職試験に響いたら元も子もないのよ!」道子が少し怖い顔をする。5人にして見れば“働き過ぎ”を止めようとしているのは痛いほど伝わって来た。告示前から計算すれば、丸1ヶ月間息つく間もなかったのだ。「参謀長、みんなが“勝利宣言”を待っていますが?」脇坂が生物室からのドアを開けて聞きに来た。「脇坂君、悪いけどYを休ませてやって!もう、限界を超えてるの!これ以上無理はさせられない!“勝利宣言”は長官に代行してもらって!」道子が厳しい声で遮った。「しっしかし、“選挙本部長”が挨拶しないと締らないんですが・・・」「締らない云々はどうでもいいの!Yの体調管理上、これ以上の負荷は認められないの!少しは遠慮しなさい!」さちも声を荒げる。2人の剣幕には脇坂も引き下がるしか無かった。「Y、休んで。もういいのよ。充分に働いたわ。紅茶淹れ直してくるから」堀ちゃんがシンクに立つと同時にドアの鍵をかけた。廊下側は中島ちゃんが鍵をかけた。「籠城戦か?」「そうよ、あたし達の籠城戦!Y、少し眠ってもいいわよ。あたし達が付いてるからさ!」雪枝に言われると僕は少しウトウトとまどろんだ。生物室からは賑やかに騒ぐ声が微かに漏れていた。

翌日、窓際で5人にガードされて風に吹かれていると、原田が廊下から手招きをした。「ちょっと行って来る」と言うと「あたし達も同席させて!危険になったら打ち切るから!」とさちが言った。「野暮は言うなよ。原田が相手なら危険は無いよ」と言って僕は廊下に出た。5人は遠巻きに半円形の態勢を取って付いて来た。「保護者同伴か。まあ、いいだろう。今回は俺の負けだ!Y、見事だったよ!後を頼んだぞ!」原田は珍しく頭を下げた。「頼まれても困る。我々はもう“政権”を譲る側だ。これで“会長特別補佐官”の看板も降ろせるしな。おっと、あれを返して置かなきゃならんな!」僕は鞄から封筒を取り出して、原田に手渡した。「3期生と4期生に撃ち込まれた“実弾”だ。私的財産は返還しなきゃならないだろう?」「何故だ?撃ち込んだ以上、返還など無用じゃないか?」原田は首を傾げた。「分からんヤツだな!教職員に嗅ぎ付けられたらどうする?お前さんの“推薦入試”は取り消されるぞ!自分の人生を棒に振る真似は許さん!さあ、黙って墓場まで持って行け!僕も“実弾”使用に関しては、何も見聞きしてない事にする。新政権に泥は塗るなよ!」「相変わらず欲の無いヤツだな。“敵に塩を送る”か?お前さんらしいな」「塩など送るつもりは無いし、敵も味方も無い。僕等は同じ時を駆け抜ける“同期生”だろう?たまたま、肩書が有るか無いかの違いに過ぎない。本校の伝統を作った仲間として、未来への道を閉ざす事は許されない。僕等は平等なんだ。主義や考え方や主張は違うが、共に戦った戦士として“勇者”を称えるのは当然だ。原田、最後に思いっきり戦えた事を誇りに思うぜ!」「俺もそうだ。最後に相まみえて、戦えた事を誇りに思うよ!お前さんが何故、俺を途中で倒さなかったか?ようやく分かったよ。最後の最後に一騎打ちを画策していたとはな!Y、お前さんは手ごわい相手だった。だが、最高の勝負をさせてもらえたのは幸せだったよ!」「僕等は常に戦塵の中に居た。同じ相手と戦い続け、苦楽を共にして来た。それで充分さ!」僕と原田は固く握手を交わした。「新政権には、全面的に協力するし援助も惜しまない。“分断”だけは避けなくてはならない。俺からも手を回すが、そっちからも手を差し伸べてくれ!」「元よりそのつもりだ。融和と協調なくして新政権は船出出来ない。3期生には話して置くさ」「置き土産としては、最大のモノになるな。Y、仕上げは任せるぞ!」「ああ、卒業式には間に合わせるさ!そうしないと、校門から出られないからな!」僕と原田は互いに笑って“大統領選挙”を終えた。「戦った者にしか分からない感情か?」さちが言う。「ああ、切磋琢磨したからこそ、あんな事が言えるんだ。原田も僕もみんなもそうだ。主義主張は違うが、共に過ごした日々は変わらない。次は“それぞれの明日”への戦いが待ってる。さあ、今日も締って行こう!」「やっと、その気になったわね!参謀長!」道子が拳で軽く頭を小突いた。秋の爽やかな風の中で。

“大統領選挙”を終えて、就職組も進学組も尻に火が付いて、にわかに慌ただしくなった。就職面接・試験に始まり、共通一次試験に向けての最後の追い込みにみんなが眼の色を変え出した。“それぞれの明日”への戦いは、壮絶な個人戦だからだ。道子と堀ちゃん、中島ちゃんは4年制・短大へ向けての勉学にいそしみ、さちと雪枝は専門学校への試験に向けて驀進して行った。僕と竹ちゃんは、企業の採用試験に向けて走り出した。長官も久保田もそうだ。伊東と千秋は、公務員試験を目指していた。先陣を切って試験に臨んだのは、僕と竹ちゃんと長官と久保田を始めとする“民間企業組”だった。推薦枠をもらえたのは、僕と長官だけで、他は一般教養と面接を突破しなくてならなかった。伊東と千秋もしかりである。10月に入るとぼちぼちと結果が出始めた。“民間企業組”と公務員試験の結果は、大吉と出て、全員が合格・内定を勝ち取った。「参謀長、俺達は2週間ほど留守にするぜ!」竹ちゃんと久保田が言いに来た。「“合宿免許”か。一気呵成に済ませるならありだよな」進路が決まった野郎共の関心は、運転免許証の取得へ移っていた。「わりぃけどさぁ、道子を頼むぜ!ちょっくら千葉まで行って来るからよぉ!」竹ちゃん達は自信ありげに言った。「こっちは、地元でゆっくりやるよ。正月までにはハンドルを握れればいいがね」僕はシフトレバーの操作をしながら返した。「来年は、終電を気にせずに神社へ参拝に行きてぇからさ!」「そりゃそうだが、追い込みも佳境を向かえる最中に参拝へ行けるかな?」「それは、別物よ!合格祈願に行くんだから!」道子達が必死に縋って来た。「あたし達だけ抜きになんかさせないわよ!」さちが僕を睨んだ。「はい、はい、わかっておりますよ。メンバー全員での合格祈願をせずして、共通一次に行かせる訳ないじゃん!それより、インフルエンザなんかにやられないでくれよ!」「そんなの、気力で吹き飛ばすわよ!Y、竹ちゃん、ちゃんと計画組んでよね!」堀ちゃんと雪枝と中島ちゃんも縋って来る。「こりゃあ、大変だ!是が非でも免許を取らねぇと吊るされちまう!」竹ちゃんが及び腰になった。「まあ、どっちにせよ、お互いに努力しましょう!それぞれが必要な事を確実にやる事。そうでなくては、みんなの夢も希望も無い訳だからさ!」僕はレディ達をなだめるのに必死に言った。「Y、恒例行事は省かないで!あたし達にとっては唯一の希望なんだから!」さちが真剣な顔で言う。僕は、その迫力に気おされて思わず頷いた。“受験組”にとっては年末年始も無いのだが、息抜きは必要だし神頼みもしかりだろう。僕等が出来るのは“思いに答える事”しか無かった。迫りくる試験に向けて、夜も惜しんで勉学に励んでいるレディ達の希望を奪う事は出来るはずも無い。「竹ちゃん、免許を取って車で送り迎え出来る様に努力しよう!」「ああ、俺達に出来るのはそんな事ぐらいしかねぇな!参謀長、男の約束だ!」僕等は運転免許取得に向けて、それぞれに必死の努力を始めた。

11月に入ると、ちょっと困った事案が僕の元に持ち込まれた。「新政権の連中と校長の話が噛み合わんのだ!Y、何とかならんか?」中島先生の表情は苦り切っていた。「それは、当事者同士の問題ではありませんか?私達は“政権”を委譲した側です。3期生に全てを任せた以上、私が口を挟む必要があるのでしょか?」僕は小首を傾げた。「お前と同等とは言わんが、校長の例え話に“ノーリアクション”では困るのだ!少しは着いて来てもらわんと、学校側と生徒会に溝が出来てしまう!Y、校長と直接会談をしてもらいたい!3期生の“傾向と対策”を伝授してもらいたいのだ!」と中島先生が言い出した。「うーん、まずは何があったか?を聞かないと何とも言えませんが、私の時と同様に校長先生が言われても“鳩に豆鉄砲”になるのはあり得ますね。夏期講習の際に、ある程度は古今東西の古典や例え話については、教え込んだつもりですが・・・、話に着いていけないとなるとやはり問題か?」「そうなのだよ。お前はどんな事を校長に言われても、直ぐに理解し判断をする能力が元々備わっていたから同等に渡り合えたが、今の3期生はそれが無い!そこを校長に説明してくれぬか?」「先輩の責任ですか?」「ああ、お前との違いを分からせてやってくれ!よし、直ぐに面談だ!」先生は内線を取り上げると校長先生にアポを取った。「Y、直ぐに校長室へ!」「分かりました。出来るだけやってみますよ」そう言うと、僕は校長室へ向かった。ドアをノックして「失礼します」と言って室内へ入ると「Y君、済まないね。まあ、座ってくれ」と校長先生はソファーを指さした。差し向かいに座ると、事務員さんがお茶を持って来てくれた。「先日、石川君と上田さん、本橋君が挨拶に来たのだがね、どうにも話が噛み合わない。彼等とどう接すれば意思疎通が図れるか?君に教えを請いたいのだ!」校長先生は、早速本題を切り出した。「何をお話しされました?」「孫氏の兵法の一節、風林火山の計なんだが、どうにも話が伝わらなくてな・・・」「“其の疾き事風の如く、其の徐かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷振の如し”ですか、ものすごく簡単に訳せば“やるときはやる人と見せつける”と言う事ですね?」「君は1を言えば、100を答えられるな。その才能は他を寄せ付けない。彼等には、到底及ばん領域に居る様じゃ。これを伝えるには、どうすれば良い?」「もう少し噛み砕いて話さなくてはならないでしょうね。例えるなら“進む時は風の様に早く、機を待つ時は林の様に静かに、攻める時は火が燃え広がるように急激に、じっとしている時は山の様にどっしりと、自分自身は暗闇の中に居る様に気配を消し、動くときは雷鳴が轟く様にドーっと・・・いった具合に行動にはメリハリを付ける事が肝要だ”と言ってやれば彼等とて分かるでしょう。“風林火山”に続く部分はあまり知られてはいませんが、これからの彼等には絶対に必要な計です」「相変わらず切れる男だ。そうか、ある程度噛み砕かねば無理か?」「はい、私にしてみれば基本中の基本ですが、彼等にしてみれば暗号のようなもの。ある程度は教え込んだつもりでしたが、流石に全てをコピーするのは無理でした。彼等も必死に理解しようとはしたと思いますが、史書や文献を日常的に読み漁っている訳ではありませんので、校長先生のお話に着いて行くのは難しかったのでしょう。これからは、少しだけ噛み砕いてお話されると良いのでは?」「君を卒業させねばならんのが惜しいな。残念ながら本校に留め置く事は出来なかった。あらゆる書物や故事・古典に通じ、阿吽の呼吸で話せる生徒が居なくなるのは、さみしい限りだ。石川君、上田さん、本橋君分かったかね?」「はい、やっと分かりました!我々も先輩の背を追って学び続けます!」衝立の陰から3人が現れて、僕の両隣に座った。「お前達に追い付かれるつもりは無いが、校長先生の言われる話に着いていけなくは、生徒会長、副会長、監査委員長としては失格だぞ!1から勉強し直せ!」僕は3人の頭に拳を軽くぶつけた。「しかも、カンニングとはな!どこまで手を焼かせれば気が済むんだ?」「卒業式の当日までお願いします!」加奈がペロリと舌を出した。「手のかかる後輩達だが、今しばらくは面倒を見てやってくれぬか?君の才のかけらを伝えて欲しい。本校もいよいよ安定期を迎えるだろう。済まんが顧問として助言を宜しく頼んだよ!」校長先生にこう言われると、否とは言えなかった。結局のところ、僕は最後まで新政権のバックアップを担当する事になったのだった。

その日の帰り道、久々にいつもの6人で大根坂を下って行くと、「Y、結局は雛鳥の御守を言いつかっちゃったんでしょう?どうにかならないの?」と道子が言い出した。「やむを得ない事だけど、校長に頭を下げられちゃ断れないだろう?それに、手取り足取り指図はしないよ。困ったら手を貸すだけ。僕にもやらなきゃならない事はあるんだし、優先順位が違うよ」と返した。「本当にそれで済むのかな?Yの事だから細かく指図するのは目に見えてるよ!バトンタッチしてるんだから、いい加減にしなさいよ!」さちが僕の脇腹を小突く。「そうそう、あたし達の手助けの方が優先でしょう?日本史と世界史の補習忘れないでよね!」堀ちゃんも背中を叩く。「今、参考書を持ってるのは誰?」僕が問うと「世界史はあたしよ!」「日本史はあたしの手元に」と中島ちゃんと堀ちゃんが答えた。「今度の土曜日には戻してくれ。大々的な補習をやるには、僕も頭を整理しなきゃならないからさ」「OK、忘れずに持ってくるね」2人がVサインで答えた。「参謀長、路上に出たのかよ?」竹ちゃんが運転免許の進捗を聞いて来る。「再来週には、最終の検定に持ち込めそうだよ。後は、松本でわざと落ちて篠ノ井へ行くだけさ!」「なんで1回落ちるのよ?」雪枝が聞いて来る。「松本で受かると写真が白黒になるし、交付まで1週間かかるんだよ。篠ノ井だと、即日交付でカラー写真だから、そっちにしたいだけさ!」「そう言う理屈なのね。でも、日曜日にやってるの?」中島ちゃんが小首を傾げる。「第2第4日曜日は、篠ノ井免許センターは動いてるんだ。そこを狙う!」「あー、コズルイ戦法!でも、白黒だと葬式みたいで嫌なのは分かる。集合写真の欄外みたいになるしね!」雪枝が言った。中学までの卒業写真は、撮影当日に休むと大抵の場合そうなっていた。黒い縁取りで恥ずかしかったものだった。「あたし達の卒業アルバムって、4月にならないと届かないんでしょう?待たされるのは何故?」道子が聞いて来る。「卒業式当日の撮影が残ってるからさ。それに、編集もあるだろうし、個人毎に違うカットを入れるためだろうな」と僕が返すと「いよいよ、そんな季節が迫って来ちゃったんだね。春が来ればそれぞれの道へスタートか・・・」さちが寂しそうに言う。「けどよう、俺達は何処に行ってもこの空の下で共に居続けるんだぜ!居場所は変わっても、空を見ればみんな繋がってる!俺達は永遠の仲間だ!」竹ちゃんが良い事を言う。「地球と言う星に暮らしてる以上、空はどこまでも続く。まさか、宇宙に飛んでくヤツは居ねぇだろう?」「そうだね!」6人全員が笑った。「まずは、それぞれの夢を叶える事。そして、笑って卒業式を迎えられる事。もっとも、その前にインフルエンザに感染しない事だろうな!」僕が言うと「それだけは避けなきゃならねぇ。今年は流行時期がズレてやがる。みんな!気をつけてな!」と言って竹ちゃんがマスクを取り出した。「1人だけ予防措置をするなんて許さないわよ!竹ちゃん!」道子が言う間もなく竹ちゃんは走り出した。猛然と道子も追いすがる。「あーあー、こんなことしてていいのかな?」堀ちゃんが呆れて言う。「たまには息抜きも必要だよ。急がないとみんな置いて行かれるぞ!竹ちゃんを追撃だ!」僕等も一斉に走り出した。些細な事だったが、久しぶりにみんながはじけた1コマだった。

そして師走を迎えた頃、ホームルームの前に僕の背中を突くヤツが現れた。振り返ると有賀が真剣な眼差しで「Y、今回のバレンタインなんだけどさ、時期が丁度2次試験と被るのよ。先に渡したいから、リクエスト聞いてもいい?」と言う。「そんなに無理するなよ。決まってからでもいいじゃないか。今回も“例のヤツ”だろう?」と返すと「うん、でもね“最後のバレンタイン”だから、久々にマジで作ろうかなって考えてるの。ビターでも無く、甘すぎずでいいかな?」「ああ、構わないよ。有賀は短大狙いだろう?暇なんて無いんじゃ・・・」「時間がある内に済ませるの!あたしからの“最後の気持ち”を受け取ってくれる?」普段は、赤坂命で居るのにどうしたのか?僕は有賀の真意を測り切れなかった。いつになく真剣なのは痛いほど伝わって来た。「OK、喜んで頂戴するよ。デザインはお任せで」と言うと「ありがと!もう直ぐYともお別れだからさ、今回は力入れて頑張って見るね!期待してて!」とようやく笑顔になった。「今回も“迷える子羊達”は眼中に無いらしいな」「そうよ!赤坂君とYだけがあたしの担当。心して食すがいい!」と言って微笑む。「そうか、“最後のバレンタイン”か・・・」色々とあったが、今回で高校生活最後なのだ。3年連続空振りは避けたいヤツも居るだろうが、今は各自がそんな事に構っている余裕など無い。有賀はそんな中、貴重な品を用意すると言ってくれた。その心遣いを無駄にしないためにも、喜んで受け取るのが筋だろう。前を向くと今度は左袖を引っ張られる。「Y、あたしも前渡しになってもいい?」さちが聞いて来た。「勿論、当日が丁度選抜試験だろう?けど、あんまり無理は・・・」「無理じゃないよ!気持ちの問題なの!本命チョコを渡すのは、パートナーとしての義務なの!」と言ってネクタイを指さす。さちの締めているネクタイは僕のもので、僕が締めているのは、さちのネクタイだ。ずっと変わらずにお互い守って来たルールだった。「分かった。いつも通り小ぶりなヤツで頼むよ!」と言うと、さちは「任せるがいい。あたしが1番じゃ!」と無邪気に笑う。ずっと彼女を見て抱いて来た3年間だ。残りの時間を如何に心に残る時として過ごせるか?僕はいつに無く真剣に考え始めた。その日の昼休み、竹ちゃんと伊東とオレンジペコを飲みながら“最後のバレンタイン”について話すと、「どうやら、女子は2つに分かれてる様だぜ!就職組は“予定通り”らしいが、受験組は“前渡し”で動いてるって話だ!伊東のところは、“予定通り”だろう?」と竹ちゃんが聞く。「ああ、そう聞いてる。それにしても厄介だな。事前にもらったりしたら・・・」「首が明後日の方向に向いて、頬に爪痕が残るか?まあ、千秋ならその程度じゃあ済まないだろうな!」と僕が釘を刺すと「現実になりそうだから、余計に怖いんだよ!」伊東は身震いしてジタバタと逃げ回った。「だけど、3度目の正直を狙ってるヤツも少なからず居るぜ!“最後のバレンタイン”に期待してるんだろうが、今回は簡単じゃねぇ!明暗はクッキリと別れるだろうな!」と竹ちゃんが言う。「長崎の“Give me chocolate大作戦”どころじゃないからな。丁度、2次試験と被るのが致命的か?」「ああ、それだよ。下からの贈呈が無けりゃあ、逆転もおぼつかねぇ!今回は、静かにしてた方がいいだろうな!」「悩ましい季節になりそうだな。“最後”だから嵐が過ぎ去るのを待つとするか?」「それがいい。もらってもなるべく知らない振りをするのがいいぜ!」「参謀長、竹、共同戦線を張ろう!被害を最小限に食い止めるには、我々が連携して隠すしかない!」伊東が決死の形相で言う。「伊東、そう言われなくてもやるよ!久保田と今井にも声掛けをして置いた方がいいな!」「大口には、全て手を回そう。そうしないとクラスの威信に関わるからな!今回は“知らぬ振り作戦”で行こうぜ!」と竹ちゃんが言い結論が出た。僕等は水面下での工作を開始した。“事前にもらっても素振りは見せるな”と釘を刺して行ったのである。受験組の“追い込み”は佳境を向かえ、就職組は免許の取得や単位確保に必死になった。そんな中でも、女子からのプレゼントは密かに行われた。“最後のバレンタイン”は、静かに進行して行ったのである。