limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 53

2019年10月19日 13時00分29秒 | 日記
“指宿スカイライン”の中ほどへ差し掛かると、僕はマーチを停車させた。昼食に摂った大量の水分を放出しなくてはならなかったからだ。女性陣もトイレへ向かう。僕はバックから1眼レフを取り出すと、素早くフィルムをセッティングした。137MAQは、正常だった。「手慣れてるね。流石作ってる人だ」と岩崎さん目を丸くする。「持たせてくれない?」と言うので手渡しをすると「重い!ズッシリ来る」と言うが「これは軽い方の機種ですよ。RTSⅡならkg単位になりますから」と言うと「よく平然と言えるわね!まあ、それが貴方達には“当たり前”なんでしょうけど」と言われる。「バラバラに分解したら、どの位部品点数になるの?」永田ちゃんが言う。「約1000個にはなるだろうな。ビスやワッシャーも含めれば、約1200個にはなるね!」と言うと「あたし達の扱ってる製品とは比較にならないなー!」とため息交じりに返される。「でも、元を辿れば1枚の金属の板なんでしょう?」と千絵が言う。「ああ、そこから絞って形にするまでの工程が長い。そして、磨いて下処理をして塗装を噴く。更に組み立てもブロック単位で組んで行くから、全工程を言い出したら切りがないよ!」「1つの部品の精度が出なかった。又は不良だったら?」「分解して組み直しになるさ。1つとして疎かに出来ないのはサーディプと一緒だよ。少し違うのは、多種多様な機種がある事と、アクセサリー品が本体とは別に存在する事だろう。レンズだけでも30~40本はあるし、ストロボも5種類、キャップやフィルター、フードも含めれば数百の商品構成になるからね」と言うと3人は固まってしまった。「どれだけ裾野が広いの?これ1台に対してどれだけの関連商品があるの?やってる事が複雑怪奇過ぎるよ!」千絵が悲鳴を上げた。「まあ、それは考えない方がいい。僕だって全てを把握してはいないよ。最小限の構成がこれだからね。ともかく、景色を2~3枚撮って見るか!」と言うと、僕はファインダーを覗いてシャッターを切った。「顔つきが変わるね!撮影者になると豹変するって聞いてたけど本当だ!Y、小さい頃から身近にカメラは常にあったの?」岩崎さんが聞く。「勿論、でも本格的に始めたのは、高校に入ってからだよ。写真部に言えば機材は自由に借りられたしね!」「そして、作る側に身を投じたか。自然な流れだね。国分も色んな事業部があるけど、コアの部分はセラミックだから、どこへ配属されても余り変わり映えはしないの。長野だったら、全く違う事をやれるんだろうね。しかも、目に見える形でお客さんの手に渡って画像が残る。その点は羨ましいな!」彼女はふと遠い目をした。「Y先輩、4人で1枚撮れませんか?」と千絵が言い出す。「ちょっと待ってくれよ!三脚が無いとすれば、車の屋根に置くしかないな。大まかに合わせて見るか。永田ちゃんを中心に周りに集まれば何とか撮れそうだ!セルフタイマーにセットしてと、岩崎さん、もう少し左に寄って!千絵は右に。真ん中に僕が中腰で入るから。では、行くぞ!」セルフタイマーがピーピーと鳴る中、僕は真ん中に飛び込んでレンズを見た。シャッター音がして撮影は終わった。「多分、上手く行ったはずだが、現像してみないと何とも言えないな」「大丈夫、美形が3人揃ってるんだから!」僕等は笑いながら車に乗り込んだ。後日、現像して結果は、概ね良好だった。記念すべき“最初の1枚”は、アルバムの片隅に今も残っている。

池田湖を抜けて、更に南下すると綺麗な成層火山が海沿いにそびえていた。「あれが開聞岳。“薩摩富士”よ!」海に面してそそり立つ開聞岳は、一面の緑に覆われていた。「標高は1000m無いけど、綺麗でしょ!」永田ちゃんが言った。「本当に姿は富士山そっくりだ。山頂に雪があれば完璧だね!」と言うと「数十年に1度、雪が薄っすらと積もるの。直ぐに溶けて無くなっちゃうけどね。乗鞍も白馬も雪は溶けてるでしょう?」「いやいや、完全に溶けるのは7月以降だよ。雪渓はまだ健在だ。今頃なら、乗鞍だったらスキーが出来る!」「えー!でも、もう5月だよ!」永田ちゃんが腰を抜かしそうになる。「開聞岳の3倍の高さがあるから、朝晩は氷点下まで冷え込む。雪渓が消えるのには、まだ早いよ。天気が悪ければセーターを着て行かないと凍えてしまうんだ!」と言うと「空恐ろしい世界だね。3000mは侮れないな。酸欠とかになりそう」と岩崎さんが言う。「確かに、不慣れな人が行くと“高山病”になって、ヘリで麓の病院へ搬送されるし、運が良くても頭痛と吐き気で苦しむだろうな!」と言うと「Yは慣れてるでしょう?車で行けないの?」と聞かれる。「乗鞍なら、2800m地点までは車で行ける。でも、相応に道は狭くてカーブの連続だから、僕等でも酔うのは覚悟しなきゃならない。アルプスを甘く見るとしっぺ返しは大きいよ!」「“しっぺ返し”ってどういう意味?」「あー、ごめん!“見返り”って言った方が良かったか。こっちでは通用しなかった言葉だよね?」「あたし達にも分からない表現の仕方は多々あるのね。“へ”の3段活用と同じか?」岩崎さんの言葉にクスクスと笑いが起きる。鹿児島では“へ”の3段活用がある。“火山灰”“蠅”“おなら”を微妙な音程差で“へ”と言い分けるのだ。「“長崎鼻”まで行こう!外海を間近で体感してみて!」車は海岸へと進みだす。岩崎さんが運転を買って出た。錦江湾とは違う荒々しい波が打ち寄せる海岸に車は停まった。「左手に見えるのが佐多岬。本州の最南端よ!離島を結ぶフェリーは、少し手前で枝分かれしてるの!」彼女はそう言って左側を指さした。「薄っすらと見える島影は?」「種子島よ!ロケットを打ち上げてる島よ!」天気も良く風も穏やかな日だった。「雄大なスケールだ。来て良かった!」僕は海風に吹かれながら言った。「まだまだよ!日南海岸へ行けば、また違う景色が広がってるの!今度は宮崎へ乗り込むわよ!」岩崎さんは血気盛んだった。しばらくしてから、僕等は国分への帰途に就いた。こちらに来て初めての長旅は無事に終わった。

翌日、昼前に千絵がインターホンで僕を呼び出した。「今日は2人だけでドライブに行かない?」「いいけど、どこへ行く?」「地図を片手に気ままに走るのはどう?今度は山の中!」千絵は愉しそうに言う。「いいよ。じゃあ、15分後に」「待ってるからね!」と言われてまたまた、赤いマーチのハンドルを握った。「まず、空港へ行って。飛び切り美味しいお土産を教えてあげる!」と言うので鹿児島空港へ向かう。駐車場へマーチを押し込むと、ターミナルの土産品コーナーへ行った。「これ!“かるかん”って言うお菓子。山芋を使っていて美味しいのよ!」千絵は、ばら売りを買って僕に差し出した。ふんわりとした食感と絶妙な甘さが口の中に広がる。「クセになるな!」「でしょう!実家に送ると喜ばれるよ!宅配も受け付けてるし、ここへ来ればいつでも送れるから」と言う千絵の服装は、昨日とはガラリと変わっていた。白いノースリーブにジーンズのミニスカート。白い素肌が眩しい。僕も青いTシャツにジーンズと言うラフな姿にしていた。5月とは言え、鹿児島は30℃近くまで最高気温が上昇する。長袖を折るのは暑いだけだと悟ったからだ。「ねえ、ネックレス見せてよ!」ベンチに座り込むと千絵が僕の首元を探り出す。「あら、2重にしてるの?」「ああ、長いヤツは、高校からずっと付けてるモノだが、短いヤツは来る直前に先輩に貰ったヤツだよ」僕はネックレスを外すと千絵の掌の中に置いた。「先輩って年上の?」「何故そう思う?」「岩崎先輩が言ってたの“Yは、年上に狙われやすいよ”って。“そう言う岩崎先輩はどう思います?”って聞いたら“そうなる前に横取りしちゃえ!でなきゃあたしがやるから”って言うのよ!他にも“(山口)千春とか、永田ちゃんも意識してる。競争は始まってるのよ”って脅かすの!あたしは、じっくりと狙うつもりだったけど、周りが強敵ばかりとなるとね、速攻を仕掛けるしか無いと思ってるの!」千絵は真顔で言った。そして、和歌子先輩から貰ったネックレスを掴むと「これは、あたしが預かるわ!だから、これを付けて!」と言って自分のネックレスを差し出した。「千絵の鈴を付けろか?これ、みんなに知れ渡るぞ!それでもいいのか?」「うん、覚悟上だよ!年上なんて忘れさせてあげる!」と言うとキスをして来た。逃れる場も無いので受け止めるしか無かった。千絵は高校の時の長いネックレスを僕の首に戻すと、自分のネックレスを僕の首に巻いた。「これでよし!絶対に外さないでね!Y先輩は、あたしのモノだから!」彼女は真剣だった。こうなれば、僕も腹を括るしか無い。誰がどう見ても“千絵のネックレス”だと知れ渡っているモノを付けられたのだから、逃れる事は不可能だった。「じゃあ、行こうか?」千絵が僕の手を引いて歩き出す。「どこへ行くんだ?」「分かり切った事は言わないの!あたしに着いて来て!」と言うと、空港ターミナルを出てマーチに押し込んでから、近くのモーテルへ入った。「どの部屋にする?」腕を僕の首に巻き付けると、甘えた声で言う。一瞬たじろいでいると、千絵は勝手に部屋を決めて僕を引きずり込んだ。スカートを落としてから僕をベッドに押し倒すと「頑張りなさいよ!」と言ってノースリーブを脱いでブラを外す。大き目の弾力のある乳房に手を持って行くと「好きよ」と言って唇を重ねて来た。3回戦までを終えると、シャワーを浴びに行く。バスタブに湯を張って2人で入ると「優しいんだね」と言って抱き着いて来た。その表情は安心した顔だった。「初めての時は、乱暴にされたから、すごく悔しかったの。でも、今は心からしあわせな気分」千絵はずっと余韻に浸っていた。

月曜日、千絵と僕は肩を並べて出勤した。この日からずっと一緒に寮から歩くのが日課になった。「おはようー!」後ろから岩崎さんと永田ちゃんが走って追い付いて来る。「あっ!千絵!やったわね!」岩崎さんが僕の首元をみて言う。「先手必勝か!でも、まだ、指輪が残ってるもんね!」永田ちゃんが負けまいと強がりを言う。「そうそう、千絵に独占させるつもりは無いわよ!最終的に決めるのは、Yなんだから!黙って引き下がるもんですか!」岩崎さんも負けじと言う。朝から熱いバトルが幕を開けた様だ。これは予想通りだったが、僕は別の事を考えていた。毎週、月曜日の朝は“特別な日”である。とにかく朝礼が長いのだ!全体朝礼に引き続き事業部の朝礼、課の朝礼、係の朝礼と続き、通しで1時間半は軽くかかるのだ!特に“安さん”の熱い話は事細かに延々と続くから付き合う我々も必死である。始業が午前6時だから、7時半にならないと各員は作業を開始できない。8時半にはパートさん達が出勤して来るので、1時間で段取りを組まなくてはならないのだ。それが、結構な“地獄の作業”で、アタフタとしていると出荷検査に煽られる一因になるのだ。眠い目を擦りながら整列していると、田尾がやって来た。「上手く行ったぜ!これでしばらくは静かになるだろうよ!」「そうか、次はヤツ等も迂闊には接近してこないだろうよ!同じ手を食わないためにもな!そう来たら“卑怯者”といって罵れば、逆上して突っ込んで来るだろう。そこで、穴でも掘って置けば簡単に落とせる。後は包囲して土でもかけてやればいい!」「相変わらず抜け目がないねー!それにしても“チカン撃退スプレー”って何気に凄いな!4人を動けなく出来たのは大きかったぜ!」「警察が使う催涙弾と成分は変わらない。しかも、至近距離でモロにかかれば、苦痛はより強く長く続く。目を奪われれば戦力は無いに等しいし、1対1に持ち込めれば腕力がモノを言う。最後はスプレーで決めただろう?」「ああ、そこは抜かり無く仕留めたぜ!それにしても、ここまで知恵が回るヤツはお前が初めてだ!これからも宜しくな!」田尾はそう言うと慌てて列に戻った。“安さん”が踏み台に立ったからだ。田尾達の喧嘩の“作戦参謀”としての仕事は、帰任するまで続いた。様々なシュチュエーションでの喧嘩のサポートは、高校時代に積み上げた経験が生きた形となって表れたものだった。“安さん”はこの日ご機嫌斜めで、次々と叱責を続けた。やり玉に挙げられる方もたまらないが、聞いている方も“明日は我が身”と身を縮めていなくてはならない。僕は縮こまりながらも要点をメモして、パートさんの朝礼の種をまとめて行った。課の朝礼にも“安さん”は立ち合い気合をかけられた。そして、係の朝礼にも同席すると、徳田・田尾コンビに具体的な指示を出して行った。どうやら、先週の金曜日に“早出残業”をしたのが祟ったらしい。帰り際、「Y、パート朝礼は8時半だな?」と言われ「そうです」と言うと「今日は俺からも話がある。時間を取ってくれ!」と釘を打たれた。「分かりました」と言って“安さん”を見送ると急に震えが来た。「これは、タダでは済まねぇ!Y、覚悟しときな!」と田尾が言う。確かに、ここに配属されてから“安さん”の雷が落ちていないのは僕だけだった。「いよいよ来るのか!」腹を括ると慌てて段取りを組み始めた。

午前8時半、“安さん”を迎えてのパート朝礼が始まった。返し工程と出荷検査工程の合同である。これは、いつも通りだが、“安さん”の存在が重い空気を作り出していた。「伝達事項は以上です。安田さんお願いします」と言って僕は“安さん”に場を譲った。「おはよう!Yが今言った通りに、いよいよ新しい製品が流れ出す。細心の注意を払って取り組んでもらいたい!これは、我々にとっても大きな受注の糸口になるモノだ!返しはYの指示に、出荷は徳田の指示に従ってくれ!全員で大口の受注を掴み取る!各自心してかかれ!以上だ!」“安さん”の話は呆気無く終わった。「では終わります。今日も宜しくお願いします」と言って朝礼を閉じると「Y、ちょっと来い!」と“安さん”に部屋の隅へ連れて行かれる。「要点をまとめてあるとは驚いた。一筋縄では行かない“おばちゃん達”だが、上手くバランスを取ってるじゃないか。お前をここへ据えたのは間違いでは無かったな。これで、“任期延長”の申請をする必要性と理由が見つかった!お前は簡単に帰任させん!むしろ、このまま留まれ!要望は聞いてやるが、ここの統率をしっかりと取り続けろ!分かったな?」「はい、承知しました」「うむ、小賢しいヤツだ!俺に指導をさせぬとは、お前だけだ!」と言うと不敵な笑みを浮かべて引き上げて行った。「珍しいな!“安さん”の雷が炸裂しないなんて、やはりタダ者じゃない!」聞き耳を立てていた徳田と田尾のコンビが首を捻っていた。「それより、今日の急ぎは何だ?」「RCAとTI台湾の金ベースとキャップから。8ピンと12ピンのベースは出次第で」徳田がメモを見ながら言う。「OK、直ぐに手配する。金ベースとキャップ優先でお願いします!」「はいな!みんな行こうか?」“おばちゃん達”も慌ただしく動き出した。1週間の始まりにしては上々だった。首元には千絵のネックレスが付いているが、襟のヨレていないTシャツで隠している事もあり、気付いた人は居ない様だ。“次の山場は昼休みだろう”と思っていたのだが、その前に“大事件”が起こってしまうのだった。

「あれ?このキャップ全部逆ノッチだわ!Yさん、このロット全滅かも知れないわよ!」「ええ!全滅ですか?前後のロットはどうなってます?」僕は冷や汗が伝うのを感じながら言う。「前の前までは、問題無し。途中からですね。急に逆ノッチに変わってますよ!」“おばちゃん達”の目に狂いがあるはずが無い!「至急、検査工程に連絡を!僕は塗布工程に行ってきます!現物と工程管理表を!被害状況も至急調べて下さい!」僕は部屋を飛び出すと、塗布工程の橋元さんに駆け寄り「逆ノッチが多発しています。目下、1ロットの全滅を確認しました!現物と工程管理表はこれです!」と言うと橋元さんの顔が青ざめる。「本当だ!完全に真逆じゃないか!8ピンのキャップの塗布は誰が段取りを取った?」塗布工程も蜂の巣を突いた様に慌ただしさの中に放り込まれる。「今村です!引き続いて高城が夜勤で塗布をやってます!」「直ぐに今村を呼べ!高城も叩き起こせ!Y、どこからこうなっている?」「今、調べてますが、あるロットの途中から突然真逆に変わってます!ともかく、現物の確認を!」「よし、取り敢えず工程を止めろ!焼成炉と返しに分かれて確認を取る!溝口、今村は?」「今、自宅を出ました!30分で来るでしょう。高城は叩き起きしてもらってる最中です!」「整列工程に磁器の在庫があるか確認を取れ!無いとなると大事になるぞ!徳永さんにも知らせろ!Y、行こう!事は急を要する!」橋元さんと僕が返しの部屋に戻ると、徳田・田尾コンビも駆け付けて、仕分けが始まっていた。「遅番の最後からだな。夜勤の分は全滅!途中で機械の調整をしてませんか?」田尾が橋元さんに聞いた。「段取りをしたのは、今村だよ。こんなミスが起きるとは考えにくい!高城の時にトラブルがあったかどうか・・・」「地板を逆に入れた可能性は?」徳永さんが駆け付けて来た。「それはあり得ません!逆にすれば、はまらない様になってるんです!塗布する以前に機械が動かない構造になってます!」「だが、現実は真逆になってる。途中でスクリーンを交換してるか?」「そこまでは断定できません!今村に聞くしか手が無いんです!」橋元さんのセリフも歯切れが悪い。全ロットの約3分の2が不良になったのだ。ダメージは大きい。「橋さん、磁器の在庫がありません!次回の生産は来月になるとの事です!」溝口さんが駆け込んで来る。「それじゃあ、今月の出荷に間に合わない!徳永さん、川内に言って作ってもらえませんか?」徳田が言う。「交渉しないと分からんが、飛び込みで入るかな?ともかく、聞いてみる!営業にも言っては置くが、どこまで引き延ばせるか保証は無いぞ!」徳永さんは急いで2階へ向かった。入れ替わって“安さん”が怒鳴り込んで来る。「誰だ?!つまらんドジを踏んだ間抜けは!」雷全開で湯気を立てている。「今村と高城は何処だ?!事と次第に寄っては懲罰モノだぞ!橋元!2人を連行しろ!首を洗っている暇は無い!」と真っ赤に燃え上がっている。その時、僕はある“違和感”を感じていた。「橋元さん、この地板なんですが、こちらが上ですよね?」僕は地板の方向性を聞いた。「ああ、こっちが上で間違いない。そもそも、機械もこの方向でしか受け付けないんだ!それがどうした?」「ある時を境に、整列方向が全て逆になってませんか?」僕が地板を凝視しつつ言うと「あの馬鹿野郎共が!Yの言う通りだ!整列方向が全部逆になってやがる!こんな簡単なことに気付かないとは、何たる不覚!橋元!下山田も引きずって来い!あの野郎、居眠りでもしてるとしか思えん!一番経験の浅いYに見抜けて、我々が見抜けないとはどう言う事だ!2階で待っている!直ちに関係者を出頭させろ!徳田!梱包済の製品も再検査に回せ!恥を晒すのは許さんぞ!」と言うと湯気を立てたまま“安さん”は踵を返して立ち去った。橋元さん達は整列工程に抗議へ向かうと同時に、不良品の仕分けを始めた。僕も「もう一度見直しをかけましょう」と言って再検査に協力した。下山田、今村、高城の3人は、“安さん”に油を絞られて散々に罵倒された。しかし、同時に川内に掛け合って、飛び込みの生産を依頼した。大車輪での製造が行われて、納期には間に合ったのでクレームにはならなかった。「Yに救われたな。あそこで気付かなかったら大問題になっていただろうよ。心眼いや、神の眼差し“神眼”だな!」昼休みに橋元さんはそう言って僕の肩を叩いた。

大騒動が勃発した月曜日が暮れると、僕と千絵は疲れた足取りで寮に向かって歩き出した。途中から岩崎さん、永田ちゃんが追い付いて来る。「あー、疲れたー!Y、大活躍だったじゃない!」と言って腕を絡ませて来る。千絵は左腕を掴んで「付け狙っても無駄です!」と言って膨れた。永田ちゃんは背中に手を置いて「まあまあ、みんなの共有財産ですから、多少事は目をつぶって下さいよ!千春先輩だって“今度はドライブに誘って!”って言ってましたから。みんなY先輩で遊びたいんですよ!」「それは・・・、ダメって言えないって事なの?」千絵は僕の顔を覗き込む。「パートさんも含めれば50人の女性陣が居るんだ。今度、“取り調べ”飲み会をやるって言うし、それも断るのは野暮だろう?こっちに着てまだ半月も経っていないのに、これだけお声がかかるのは良いのか?悪いのか?自分でも判断が付きかねるとこ。高校以来だよ。こんなに女性陣と会話するの。“安さん”からは“半永久的に釘付けにする”って、朝言われたばかりだし、正直、先が見えないトンネルの中に居る感じなのさ」と言うと「“安さん”が“半永久的に釘付け”云々を言ったって事は、意外にマジなのかもね。あの人、そう言う事は本気出してやるから!Y、これを機会に居付いちゃえば?」岩崎さんが前向きに言い出す。「あたしは、帰さないつもりだから!どうしても“戻る”って言うなら着いて行くよ!」千絵は左手をしっかりと握りしめた。「あたしとしましては、地下牢に閉じ込めたい気分!勿論、牢なんて無いけど、Y先輩と仲良く仕事して遊びたいのが本音!」永田ちゃんが後ろから言って来る。時折、僕の作業帽子を自分の頭に載せている。「千絵、基本は貴方の彼氏だけど、職場ではみんなの“共有財産”って事で妥協できない?Yだって向こうに彼女居るんだし!Yをこっちのモノにするなら、みんなで協力しなきゃダメよ!いずれは、譲るにしてもね!」岩崎さんは着地点を示した。かなりの軟着陸だが・・・。「そうか、まずは“奪還”されない様にしなきゃダメですよね。色仕掛けでも、集団で囲ってもY先輩を捕られない様にガードしなきゃなりませんね!いいでしょう!薩摩の女の子の意地と誇りに賭けてやり抜きましょう!」千絵はメラメラと燃え出した。こうなると“薩摩おごじょ”は強い!「今度の週末も、このメンバーでドライブに行きましょう!目的地は宮崎、日南海岸でどうです?」千絵が言い出すと「乗ったー!」と2人が合唱する。「あたしが車を出すわ!Y、スカイラインを転がせる?」岩崎さんが言う。「何でも来いですよ!余り飛ばしませんから」「基本、男子の車だから、お手並み拝見よ!」「コースは、あたしが当たりを付けますから、ナビゲートは任せて!」と永田ちゃんも言う。こうして、週末はまた遠出の旅が決まった。「Y、貴方は“薩摩隼人”にならないでね。“そのままのY”がみんなの憧れなんだから」岩崎さんがダメを押すように言う。「地の言葉に土地に慣れなくてもいい。Y先輩は“今のまま”で居て!」千絵も言う。「不思議だな、出口が見えた気がする。ここでの生活も悪くは無いね。何より明るいのがいい。みんな前向きだし情熱的だ。“住みつくのもありかも”って思えて来たよ!」寮の入口が見えて来た。「そう思ってくれるなら、あたし達も応援する!Y先輩、また明日!」永田ちゃんがそう言うと、3人は手を振りながら女子寮へと向かった。間もなく第3次隊がやって来る。「あっと言う間に半月か。早いなー!」と呟きながら寮へ入ると、克っちゃんが出勤するところに出くわした。「よお、早番なのに遅いな。残業かい?」「品質トラブルの余波を喰らって大変だったよ。吉田さんは?」「遅番だよ。同じ事業部でも横の繋がりは無いのか?」「無いね。向こうが何してるか?考える前に、目の前の蠅を叩かないと帰れないんだよ」「それは俺も同じだ。取り敢えず行って来るぜ!残業もあるから、9時を過ぎないと帰れねぇ。戸締りは任せた!」「気を付けてな」すれ違うだけでも貴重な時間だった。50名はそれぞれの時間帯でバラバラに動いていた。休みが平日のヤツもいる。4直3交代、365日連続稼働の職場もあった。わずか半月、されど半月。僕等は国分に組み込まれて動いていた。抗う事は出来ないのだ。翌日の昼休み、昨日の余波がまだ残っている中、僕は岩崎さんに呼び止められた。「Y,当然ながらMTの運転、大丈夫だよね?」「ええ、問題ありませんが?それが何か問題でも?」「何でもなくは無いか。千春、Yに話してもいい?」「うん、アンタがその気なら、止める権利は無いもの」と山口千春先輩は言った。「あたしの心の闇に興味ある?千絵は知ってるから、貴方も知って置くべきかと思ってさ!」出荷検査のトップであり、笑顔を絶やさない岩崎さんの心の闇とは何なのか?僕は吸い込まれる様に、彼女達の前に座った。