コツコツ歩き隊!

風景印(30):荒川町屋郵便局

太田道灌・山吹伝説

太田道灌が鷹狩りに興じていたところ、雨が降ってきたので農家に立ち寄って
蓑を借りようとすると、娘が黙って山吹の花を差し出した。
道灌は、「花が欲しいのではない。」と怒り、雨の中を帰って行った。
道灌は近臣にそのことを告げたところ、

「七重八重 花は咲けども山吹の みの一つだに 無きぞ悲しき」
(後拾遺和歌勅撰集・後醍醐天皇の皇子兼明親王の詠歌)

という歌があり、その娘は蓑一つなき貧しさを山吹に例えたのではないかと言った。
これを聞いた道灌は、歌の意味の分からなかった浅学の自分を恥じ、
その日を境に歌道に精進した。
(荒川町屋郵便局発行プリントより)

上記のお話は太田道灌の「山吹伝説」で、有名な逸話なのだそうです。
恥ずかしながら、「荒川町屋郵便局」でこちらの風景印をもらうまで、私、知りませんでした。
(ホント、お恥ずかしい。)

荒川町屋郵便局:山吹の里伝説・太田道灌の狩り姿、ヤマブキ
(『新・風景スタンプ集 関東・甲信越』日本郵趣出版より)
52円普通切手(ソメイヨシノ)使用

この伝説発祥の地「山吹の塚」が荒川町屋郵便局の近くにある
「臨済宗妙心寺派寺院大雄山泊船軒」にあるのです。



泊船軒と山吹の塚
ちょうどヤマブキが咲いておりました。

もともと荒川区は道灌と深い関わりがある地だそうで、
日暮里周辺には「道灌山」の名が使用された建物や施設が多くみられます。
徳川家の江戸城、ひいては日本の首都・東京の基盤を作ったとされ、人気のある太田道灌。
風景印に登場するのもうなずけます。

ただ、色々調べましたら、「山吹伝説」の地は町屋以外にも各所にありました。

  • 埼玉県入間郡越生町「山吹の里歴史公園」
  • 東京都豊島区高田「山吹の里公園」、「山吹之里の碑」
  • 東京都新宿区「山吹町」
  • 神奈川県横浜市六浦「六浦の山吹の里」

どこが本当の伝説の地なのかは分かりませんが、
それだけ道灌が人々から慕われ、尊敬されている証拠でありましょう。

歌の意味が分からず、浅学を恥じ、歌道に精進した道灌のように、
私も年齢や環境を言い訳とせず、勉学に励みたいと思ったのでありました。
(それにしても、風景印の旅って面白い。)


どなたが投票して下さっているのか分かりませんが、本当にありがとうございます。これからも頑張ります!

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