岩瀬 1勝2敗46セーブ
誰もが認める12球団1のストッパー
セーブ機会で失敗したことは2回しかない。
岩瀬の1勝はいわゆるごっちゃん勝利(先発の勝ちを消して自分の勝ちに横取りする)ではない。4月24日対巨人戦、同点で登板してサヨナラ勝利を収めたときのものである。
2敗のうちの1敗は9月15日対横浜戦、同点で登板して負け投手になったときのものである。(2敗目)
46セーブとは先発、あるいは岩瀬の前に投げるピッチャーに46個の勝ち星をつけたことになるのだから相当素晴らしい記録である。
馬原ハラハラ(ソフトバンク)、小林マサか、じゃなくてマタか(ロッテ)、久保田くぼった(阪神)とは実績も安定感も全然違う。
だが、ひねくれもので暇人の私は岩瀬が失敗した数少ない2回を調べてみた。
1回目は5月3日対ソフトバンク戦、8回から登場。1回早い分だけ準備不足の点でも同情の余地はある。(1敗目)
2回目は8月7日対横浜戦。ここからが本題だ。
8回を終わって6-3。
中日3点リード。あと1回を抑えればゲームセット。
9回は不動の守護神岩瀬。
先発の野口は久々の勝利を信じて疑わなかっただろう。
ストッパーにとって3点リードは1番おいしい。
普通の状態で普通に投げればまず大丈夫だ。
ランナー1人ぐらい出したって気にすることはない。
ところがあろうことかセーフティーリードのはずの3点差がなくなる。
先発野口の表情が曇る。心は乱れていただろう。
野口はエース川上らと違って結果を出さなければならない立場だったからなおさら気持ちはおもんぱかられる。
この試合、チームは逆転勝ちしたのだが、野口の心境としては素直には喜べなかっただろう。
それ以降野口は明らかに調子を落としてゆく。
4戦して未勝利でついに2軍降格を命じられる。
以前からくすぶっていた落合監督との確執もあって、トレードで巨人へ。
野口の未来はわからない。
もし新天地巨人で活躍するようなことがあれば、誰も指摘はしないだろうが、岩瀬のこの失敗が一因にあるのだと私は思う。
ストッパーの調子云々で先発ピッチャーの未来が変わる。
それが若くて才能のある選手だったら…
2002年6月13日、巨人ヤクルト戦
先発坂元弥太郎は2001年ドラフト4位でヤクルト入団、翌年開幕1軍を迎える。
この試合自らの先制3ラン、投げては7回2死まで完全試合。
終盤に2点は取られはしたが、8回終了時で3点リード。
9回は守護神高津。
高津は巨人戦でよく不安定な投球を見せてはいたが、それでも3点のリードがあれば誰でも逃げ切れると想像したはずだ。しかも打順は下位だ。
しかし神様は高津にいや先発の坂元に味方しなかった。
全国中継で多くが注目する中でのヒーローインタビューのコメントでも考えていたであろう若い坂元は一転して悲劇のヒーローへ。
ペンチでの坂元の放心状態は忘れられない。
自らの先制3ラン、7回2死までの快投は、最後の最後で自分自身のせいでなく、ストッパー高津のせいで崩された。
その後好投を続けるが報われない日々が続いて5連敗を喫す。
■対中日戦 1-2 ●
■対阪神戦 0-2 ●
■対広島戦 1-4 ●
■対中日戦 0-1 ●
■対横浜戦 4-5 ●
未来は確実に変わった。
大器坂元弥太郎は2002年6月14日の高津の投球内容で壊れた。
2005年現在、通算成績12勝14敗。
ストッパーは完璧ではない。
時として失敗もある。
時として先発ピッチャーの未来をも左右する。
よく「小林マサさんが打たれたのなら仕方ない」
と先発ピッチャーがストッパーをかばうが本音は違うだろう。
「頼むから俺が先発したときはちゃんと抑えてくれよ」
きっとそう思っているはずだ。