興浜(おきのはま)で候 

興(こう)ちゃんの手掘り郷土史

姫路市 青山地区へ

2008年10月13日 | 歴史散歩

 昨日の雑学塾の歴史めぐりの影響か、今日は青山地区へ行ってきた。その一部を紹介する。

 稲岡神社が昨日秋祭りだったのか、静まりかえった様子だった。
 
 祭りが終ったので5台の屋台を片付け中なのでしょうか。

  
                            灯明する為に後部に階段がついた燈籠

 

  
製紙組合の碑
 青山の西、旧山陽道と国道2号線が交差する手前にある石碑。
明治17年に青山村の山口重太郎が大阪から紙の製法を伝えた。その後このあたりで和紙の製造が盛んになり、製紙の創始者で組合の人々の世話をして功のあった米田勝松をたたえた石碑。


  

  
青山のかけ樋(ひ)
 
本日のお気に入り場所
 稲岡山の西にある江戸時代の石造交差水路。青山小学校南の上池・下池から引いた水は上の写真では東西に流れる深い水路の為、南側の青山地区に流す事が困難な為、細い石造の水路を設置し、北の方から青山川の水を引いた。その東西の深い水路を越す石造の水路がかけ樋だ。


       

     
旧山陽道の道標
 
本日の目的地
 国道2号線夢前橋西交差点から国道29号線を北へ100mほど行った左側に道標がある。
 安政2年(1855)の造立で、高さ2.13mの市内最大級の道標。
 五角柱のめずらしい形をしている。
資料によると右は因州・伯州・作州・雲州、左は備前・九州方面、東は姫路・大坂・京・江戸とあり、さらに主要地までの距離を表示している。


  

  
道標から西に旧山陽道沿いの青山の風景