『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

80歳の母が孫に語る、反抗期の話

2021年01月03日 | 中学生と育つ
お正月、遠くの兄は帰って来なくて、
近場に住む私と両親だけで過ごしました。
初詣も混んでいるかもな~ってことで、
家でゆっくり過ごしました。

その中で、80歳になろうとするおばあが、
孫に、自分の反抗期の話をしていました。

曰く、
「おばーちゃん18歳の頃、高校を卒業する時に、
突然、どうしても家を出たくなって、
家から通えないところに就職してん」と。
 
60年前の当時、
高校を出て若い女の子が一人で働く、
なんてのは想定されてなくて、
高校の就職紹介でも、
ひとつふたつしか選択肢がなかったらしい。
 
でも、喜んでそのうちのひとつに決めて、
おばー、もとい、田舎の女の子が
大都会に出て行ったらしい。
 
「毎日、同じことの繰り返しで嫌になってたんかなぁ。
真っ黒の山猿みたいな子が(←ボーイッシュだったらしい)、
行儀作法を一から教えてくれるような職場で働くから、
先輩たちもパートさんたちも、珍しかったのか、
えらい、ちやほやしてくれたわ」と、懐かしそうな顔で。

歌や書道のサークルにも入って青春を謳歌していたそうだけど、
その自立への楽しい道は、母の兄が結婚して家を出るタイミングで、
実家に戻る流れになり、2年足らずで終わりを告げたそうだ。
 
「一回広い世界を見ておきたかったんやろか?
その時は、どうしても、家を出ないといけない、
って、一途に思ってたんやろうな~」と、
おばあは、おっとり振り返る。

実は私も18の時、同じことを考えた。
時代が違うから、
切実さはおばあの比じゃないけど。
 
寝る前に子どもが
「おばーちゃんの話、おもしろかったなぁ」というので、
「おかーさんも18歳の時に、突然、
もっと広い世界を経験したくて、
家の人に何の相談もせずに通えない所の大学を受けてね」
というような話をした。

実は夫も、
18までおとなしく言うことを聞く子だったのに、
突然、反旗を翻して家を出たらしい。
おじーにいたっては、18歳で外国に行くことを企て、
おじーのおかあさんから泣いて止められたんだそうな。
 
何なの、みんな? 
なんでそんなトコだけ、一緒なのよ(^^)。
 
あんなに穏やかで素直なおばーちゃんも、
あんなに愉快で頼もしいおじーちゃんも、
あんなに真面目で心配性のおとーさんも、
こんなに楽天的で夢みたいな事言ってるおかーさんも、
最初からおじーちゃんやおばーちゃん、
おとーさんやおかーさんじゃないんだよね。

「アンタも突然18歳で家を出たくなるかもしれないから、
それまでに、生活のこと、一通りできるようになっといた方がいいね」
と言うと、ものすごい説得力で入っていったのがわかった。

「実はこの頃、
朝ごはん作るの楽しくなってきてるの」とか言い出した。
(↑朝ごはんと水やりをするのが、冬休みの彼女の役目)。

今日は、思いがけずそんな話が聞けて、
孫…というか、中2の娘も、興味津々だったみたい。
私もおかーさんのそんな話、詳しく聞いたことなかったわ。
話す方も、孫が聞いてくれて嬉しそうだったし、
こういう囲炉裏端みたいな幸せな時間、いっぱい作っていこう。

そういえば、私も昔、
おばーちゃんの若い頃の話を聞くのが好きだった。
明治生まれの祖母は、田舎にしてはハイカラさんだったらしく、
村で最初に自転車に乗ったとか、テニスが上手だったとか(^^)。

こういう話は、
そんな性格が自分のルーツにもあると気づいておもしろいし、
自分の親や祖父母がいろんなピンチを乗り越えた話とかも、
自分のピンチの時に勇気のタシになるに違いない。

すでに暮らしの中には失われてしまっているこういう時間、
改めて作って、いろんな経験を語り継いで、
経験の蓄積を受け渡していけたらいいな。


※トップの花の写真は、
母が送ってくれた派手すぎないお正月の花。
18歳の自立への試みだけじゃなくて、
気が利くところも似たかった(^^;)


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