9月27日、23時33分に闘病中だった小林さんが旅立ち、10月1日の通夜と2日の葬儀に参列してきました。
俺が訃報を知ったのは28日の深夜。27日の日曜は休日出勤で疲れ果てて早めに寝たんだけど、深夜2時頃にふと目が覚め、何の気無しにFacebookを開いたら目に飛び込んできた知らせでした。
一瞬、何が何だか訳がわからなくて…闘病中なのは知っていたけど、本人のFacebookでは元気そうな写真がアップされていたし、少し痩せてはいたものの、回復に向かっているのだなと思っていたのです。
小林さんとは、J.P.S.と言うバンドで数年間ご一緒させて頂きました。全員歳上のメンバーで、初めてお会いしてから暫くは、小林さんが一番距離がありました(笑)嫌われてるかと思ったもんなぁ(笑)
それでも、リハ中のちょっとした打ち合わせの時などは、照れ臭そうに俺に「こうしようか」と一言二言。楽器隊だけでのリハをやる様になってからは、その距離も一気に縮まってました。照れ屋さんだったんですな(笑)
そして、小林さんのギターサウンドはとにかく音がデカい!(笑)しかし、ただやかましいだけのサウンドとは違く、これまでやったどのギタリストよりも記憶に残るサウンドで、目を瞑っていても小林さんのギターはわかるくらい印象に残っています。秀基さんのドラムもデカいし、askaさんの声もデカい(笑)J.P.S.は大変刺激的な場所でした。
メンバーそれぞれが忙しくなってきて活動は止まっていたけども、正式に解散はしていなかったので、また頃合いを見てJ.P.S.はやるつもりでした。が、残念ながらそれももう無理ですね。小林さんのギターじゃなきゃ、やっぱりダメなんですよ。うん。
実は昨年の夏前には、レコーディングにも誘って頂いてました。
「アウトローさぁ、、、ベース弾いてくんない?」
小林さんに誘われて断る理由なんてこっちにはないので二つ返事で快諾すると、
「えっ?ホントに?ありがとう!」
と、声のトーンが一気に上がる。そういう人なんですよね。もっと周囲をアゴで使っても笑って許される人なのに、自分に厳しく周りにとことん優しい。凄く凄く、優しさに溢れた人でした。
「レコーディングに誘ってたって事は、どんなメジャーなアーティストよりもキミがヤツ(小林さん)の“身内”に一番近いんだぜ。忘れんな。」
ある人がそう俺に言ってくれました。家に帰って一人で泣きました。そんな風に考えた事、なかったんですよね。沢山のバンドに携わってきた小林さんの選択肢の中に、自分が居た事だけで満足してましたから。レコーディングに誘って頂いた意味、誘って頂けた意味、俺にしかわからない事も含め、改めて深く考えて涙が止まらなかったです。
そのレコーディングはその後の連絡が無く、俺も「有休取って弾きますよ~」なんて言ったから忙しいと思って気を使ってくれているのかと思っていたら、直後に病気が発覚。闘病生活に入っていたんですね。
正直、今となっては悔やまれます。コチラから連絡して、多少無理矢理にでもレコーディングすれば良かったなぁって。残念です。
でも小林さんがその後残した曲や詞はまだ沢山あります。通夜でお会いした緒先輩方も、何とか形にしたいとおっしゃってました。その時は微力ながら、俺も力になりたいと思ってます。今度は遠慮せず、ガンガンいきます。もう、後悔したくないもんね。
通夜と葬儀は、涙は流さないと決めて参列しました。一人で沢山泣いたから(笑)、いい加減、笑って送ってあげないと、小林さんも困るだろうと思って。
込み上げるものはあったけど、感謝の気持ちと小林さんとの日々を思い出しながら、笑顔で見送ってきました。
訃報を知ってから今日まで、気落ちする毎日でした。今日で全てがスッキリしたとは思わないし、気持ちが晴れる事も暫くないでしょう。それでも、ケジメとして、しっかりお別れをしてきた以上、下を向かず、顔をあげて前へ進み、大好きな音楽を今まで以上に楽しんでやっていく事、それを見せつけて行く事が、小林さんへの弔いになると信じてます。
俺が小林さんの歳に追い付いても、まだまだやり続けてあの世で悔しがらせてやるんだ(笑)
上から見ててね、小林さん!(笑)
最後に、小林さんって言ったらやっぱりアレでしょ?
小林さん、またね。そっちで沢山セッションして下さいね。
小林さん、大好きですよ!
小林さん、心の底から言いますね!
「あざーーーーーーっす!!!!!!」
(^_^)v