殆ど毎年訪れている草津国際音楽アカデミー、今年も恩師の関先生の別荘にご厄介になり8月28日~29日に行なわれた演奏会やマスタークラス、それにゲネプロなどを聴き、関先生のところでは深夜まで音楽談義… 音楽漬けの2日間を過ごしてきた。 今年は毎年常連の名演奏家にホルンのドールや往年の名歌手トム・クラウゼなどを迎え益々充実したライン・アップ。クラウゼのマスタークラスを見学したり、ドールのホルンに惚れ惚れ聴き入ったりした。 |
8月28日(木)ドイツ・クラシック音楽~ガヴリロフと仲間たち
草津音楽の森国際コンサートホール
【曲目】
1. シャフラート/ファゴット・ソナタ ヘ短調
2. ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調Op.30-2
3. ベートーヴェン/チェロ・ソナタ第5番 ニ長調Op.102-2
4. ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲 変ホ長調Op.70-2
【アンコール】
荒城の月
【演 奏】
Pf:フェレンツ・ボーグナー/Vn:サシコ・ガヴリロフ/Vc:ヴォルフガング・ベッチャー/Fg:ミラン・トルコヴィッチ/Org:クラウディオ・ブリツィ
ベルリン・フィルの元コンサートマスター、ガブリロフは草津の常連。もう70歳を越えるがその腕に衰えはない。非常にしっかりした音で明確な意志を伝えてくる。曲を深く読み、どのように演奏を組み立てて行くかというプランがはっきりと見える。骨太でがっちりと描いて行くガブリロフのヴァイオリンはどちらかと言うと職人気質で、多彩な音色や、インスピレーションに富んだ「煌めき」などは他のヴァイオリニストに譲るところもある。
その点やはり草津の常連、チェロのベッチャーはファンタジー溢れた表現力が素晴らしい。ガブリロフ同様にごまかしのない堅実さを備え、そのうえにそれが柔らかく光沢のあるオーラで包まれている。名匠の描く「書」のように一筆に様々な味わいが込められ、聴くものに大きな存在感として訴えてくる。5番のチェロソナタはそんなベッチャーならではの味が出た絶品の演奏。第2楽章の深ーいところから天へと立ちのぼって行くような祈りの歌はとりわけ忘れがたい。
先のヴァイオリン・ソナタでも雄弁で闊達なピアノを聴かせてくれたボーグナーは、ガブリロフとの時よりも更に相手と語り合い、魂をやり取りするような自然で生き生きした有機的なデュオを展開した。
最後のトリオはベートーヴェンの曲では地味な方に入るのだろうが、この3人はこの曲の奥深さや、地味な中に溢れる生命力といったものを引き出し、「いい曲だな」と実感することができた。
1曲目にはファゴットのトルコヴィチとオルガンのプリツィでシャフラートのソナタが演奏されそれぞれの腕前を披露してくれたが、デュオとしては完成度が高いとは言えないし、どうしてこの曲を持ってきたのかプログラムの意図がわからなかった。
8月29日(金)モーツァルトの室内楽
草津音楽の森国際コンサートホール
【曲目】
1. モーツァルト/ディヴェルティメント第2番ニ長調 K.131
2. ヴィオッティ/協奏的弦楽四重奏曲ヘ長調 G.112
3. モーツァルト/ホルン五重奏曲変ホ長調 K.407(386c)
4. モーツァルト/ピアノと管楽のための五重奏曲変ホ長調 K.452
【演 奏】
Fl:ヴォルフガング・シュルツ(1)/Ob:ハンスイェルク・シェレンベルガー(1,4)/Cl:ノーベルト・トイブル(4)/Fg:ミラン・トルコヴィッチ(1,4)/Hrn:シュテファン・ドール(1,3,4)、守山 光三(1)、高野 哲夫(1)、金子典樹(1)
Vn:イルジー・パノハ(1,3)、パオロ・フランチェスキーニ(2)、ルカ・アルチェーゼ(2)/Vla:ルカ・ラニエリ(1,2,3)、ミロスラフ・セフノウトカ(3)/Vc:ヤロスラフ・クールハン(1,3)、マリア・チェチリア・ベリオリ(2)/Cb:マルコ・ティナレッリ(1)/Pf:遠山 慶子(4)
ウィーン・フィルとベルリン・フィルゆかりの管楽器の豪華メンバー達が揃ってモーツァルトを中心にした演奏会、このメンバーが講師陣として揃うということがこの草津の音楽祭のすごいところ。そこにパノハ弦楽四重奏団やイ・ソリスティ・ディ・ペルージャの弦の奏者などが加わり、1度のコンサートでは聴けないような多彩な編成の室内楽を楽しめるのも草津ならでは。
1曲目のディヴェルティメントはモーツァルト16歳のときの曲だそうだが、ディヴェルティメントらしい打ち解けた、楽しげな表情が浮かぶだけでなく、第2楽章でのデリケートで内面的な豊かな抒情をたたえた音楽なども含まれる充実した作品。パノハの弦が、素朴ながらとても良い表情でその良さを引き出していたし、それに加わった管の名手達のやり取りも巧いし楽しい。ドールと共演した3人の日本のホルニスト達も健闘していた。
続くヴィオッティの珍しいカルテットはペルージャのメンバーによる演奏だった。曲は沢山の歌に溢れていたが、臨時編成のカルテットは第2ヴァイオリンが音質的に浮いていたり、全体のハーモニーに怪しいところがあったりした。
モーツァルトのホルンクインテットは何と言ってもドールのホルンに尽きる。自分の体自体が楽器の歌手だってなかなかこれほど自由自在に音楽を奏でることはできまい。柔らかく淀みのない歌いまわしと艶やかな極上の美音がドールの持ち味。微弱音でも強音でも自然に音が立ち現れ空気の中に溶けて行く。どんなに速いパッセージでも全ての音がクリアーに聴こえ、柔らかくつながる。ただ惚れ惚れと聞き入るのみ。ゲネプロではドールが第3楽章のちょっとしたカデンツァ風のところで、ディズニーの「ハイホー」のメロディーを入れて茶目っ気を出していたが、本番ではこれはやらなかった。けれどドールはいつでも陽気に振る舞って空気をなごませていた。
弦の4人とのバランスも抜群で、一緒に呼吸しながら幸福感溢れるシーンを次々と提供してくれるが、パノハ四重奏団員を軸とした弦が郷土料理的な素朴な味わいを出しているとすると、ドールのホルンはミシュランの三ツ星の中でも最高級の味といった感じ。どちらが上かということではないが、ドールのホルンにはソリスト級の大物が共演すると更にインパクトは濃厚になるかも知れない。
最後の曲では、よくぞここまで名手が揃ったという管楽器メンバーによる演奏の妙を堪能。モーツァルトがそれぞれの楽器に見せ場を作って順番にソロを聴かせるところなんて本当に贅沢で満たされた気分になるし、それらが合わさった時の豊かなハーモニーも素晴らしい。自然で伸びやか、気高く優美。ただ、この音楽のやはり要として存在するピアノの遠山さんがナーバスになっていたのか、こわばった表情やたどたどしい部分など、モーツァルトにはあってはならない要素が散見された。去年パノハとやったピアノ・カルテットはとてもよかっただけに残念…
8月29日(金)マスタークラス聴講(トム・クラウゼ)
バリトンの大物、トム・クラウゼが草津のマスタークラスに登場。レッスン風景を2時間以上に渡って見学した。4人の受講生がレッスンを受けたが、曲はモーツァルトやプッチーニのアリア、シューベルトやシュトラウスの歌曲など様々。
ここでクラウゼが一貫して伝えようとしていたことは発声。喉をリラックスすること、高音を出すときでも力に任せるのではなく、きちんと体も喉も、そして気持ちもしっかりと準備してお膳立てを整えた上で出すということ。感情表現としては、アリアなどで役の気分になろうとする際に、常に大きく深い気持ちに支えられている必要があることなど。
クラウゼは受講生の前で度々歌って聴かせていたが、その太いバリトンの美声は全く衰えているようには感じない。引退してしまってクラウゼを演奏会で聴けないのは実に残念だが、ヘフリガー亡き後の歌の名講師としてこれからも草津に来てもらいたい。
草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル2007
草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル2005