ジルバーマンのオルガンがあるカトリック旧宮廷教会(左) 2泊したドレスデン滞在中に、たまたま運よく教会でのオルガンコンサートを聴く機会に2回恵まれた。一つはハインリヒ・シュッツともゆかりが深く、また伝統ある少年合唱隊が今でも礼拝時に美しい歌声を響かせている聖十字架教会で行われたミニコンサート。 そしてもう一つは、バッハとほぼ同時代を生きたオルガン製作の名匠ジルバーマンによって造られたオルガンを備えたカトリック旧宮廷教会(聖トリニターティス大聖堂)でのコンサート。どちらのコンサートも、教会を訪れたときにたまたま当日行われることを知ったものだった。それら2つのオルガンコンサートのレポート。 |
9月8日(火)
聖十字架教会でのオルガンコンサート(Orgel Punkt Drei)
1. (コラールプレリュード)
2.(コラールプレリュード)
3.(プレリュードとフーガ)
Org:ホルガー・ゲーリング
聖十字架教会のオルガンコンサートは、毎週火曜と木曜の3時から行われている15分だけのミニコンサートで、ヨーロッパのオルガンコンサートではよくあることだが入場料は無料で、終演後に任意で寄付を募る方式。
かつては「東のフィレンツェ」とも呼ばれていたザクセンの美しい州都ドレスデンは、1945年2月13~15日に行われた米英連合軍による空襲で完全な廃墟と化した痛ましい歴史を持つことは有名だが、この聖十字架教会もその空襲でオルガンもろとも焼け落ちた。戦後、教会は10年の歳月をかけて再建され、オルガンもその後イェームリッヒ・オルガン工房(日本にはトリフォニーや上智大学のイグナチオ教会のオルガンなどがある)の手によって取り付けられた。このオルガンは装飾のないすっきりした外観を呈し、宗教改革の精神に則った簡素で力強さを感じる内装によくマッチしている。
演奏が始まる前に、牧師による短い挨拶と祝福があり、オルガンが静かに鳴り始めた。コラールの定旋律が他の声部によって様々な装飾を施されて進むコラールブレリュードが2曲。最初の曲は軽やかな調子の上声部とペダルに置かれた定旋律との対比が生き生きと躍動していた。2曲目は全体が穏やかな曲調。中声部に置かれたコラール旋律はリード管的なストップが使われ、柔らかな音色のなかにコラール旋律がくっきりと浮かび上がった。どちらのコラール旋律からも喜びや前向きな意思が伝わってきた。
牧師の短い説教のあとに、大規模な「プレリュードとフーガ」が演奏された。これはバッハの曲だろうか。壮麗にして荘厳。華やかで重厚なオルガンの響きが礼拝堂を充たした。正味15分という短い時間ではあったが、特に最後の作品は聴き応えたっぷりの曲で、演奏も安定感があり充実していた。石造りの礼拝堂にしては残響は控えめで程よい響きを味わいつつオルガンの音色を楽しんだ。演奏は教会の専属オルガニスト、ホルガー・ゲーリング。
このコンサートでは、演奏中にアル中みたいなじいさんがフラフラと前方へ歩いて行って、祭壇に上ろうとしたところを、牧師さんが慌てて制止するというハプニングもあった。このじいさんはその後も暫く堂内をフラついていた。
9月9日(水)
カトリック旧宮廷教会でのオルガンコンサート
1. クープラン/オッフェルトリウム
2.ベーム/パルティータ「イエスよ、汝はいとも美し」
3.バッハ/前奏曲とフーガ ト短調 BWV535
4.トーマス・レンナルツ/アンダンテ・カンタービレ
5.ブリッジ/オルガン小品 第1集~第3楽章 アレグロ・マルツィアーレ
Org:トーマス・レンナルツ
カトリック旧宮廷教会でのコンサートは、毎週水曜日と土曜日の11時半から行われている30分の無料コンサートで、ドレスデンを発つ日だったが、乗る予定の電車には間に合う時間だったので、ジルバーマンのオルガンが聴けると知り、買い物する予定をやめて旧宮廷教会に向かった。
カトリック旧宮廷教会はドレスデン城の一角にある。この辺りは旧市街の中でも重要な歴史的建造物がひしめくエリアで(もちろん復元)、州都ドレスデンの顔とも言える風格を漂わせている。そこの教会に備えられたオルガンは、歴史的オルガンビルダーの名匠、ゴットフリート・ジルバーマンが手掛けた最後の楽器だ。ジルバーマンはオルガンの完成を待たずに1753年に死去、弟子のヒルデブラント親子が1755年に完成させた。
この教会も大戦の空襲を逃れることはできず、建物の大部分は破壊されてしまったが、人類の貴重な遺産ともいえるジルバーマンのオルガンは、1944年に疎開させていて無事だった。戦後、教会の再建後にオルガンももとの場所に組み立てられたが、装飾も含めて製作された当時の美しい姿のままに甦ったのは2002年ということで、このオルガンを見学するために教会を訪れる人も少なくない。そんな「名器」の音を味わえるなんて、願ってもないこと。オルガンは、白が基調の堂内に、白のフレームに金の装飾が施され、柔らかく上品な外観の美しい楽器だった。 そしてその音も、この外観のイメージにピッタリで、天から優しい光が降り注ぐよう。
クープランの香り高いおしゃれで柔らかな肌触りと色合い、ベームのパルティータでは、 一つのメロディーが様々に変奏を施され、色や形が少しずつ変わって行くタペストリーの連続模様のよう。それらはお互いに微笑みあって調和し合い、柔らかく雅やかな調べが美しい堂内の空気を暖め、潤していった。バッハでは、そこに目映い一條の光が射し込み、聖堂内を華やかな色彩の饗宴で満たすよう。この他に、演奏者自身の作品やブリッジの曲など、時代やスタイルの違う多彩なプログラムが選ばれ、曲調もそれぞれに変化に富み、この名オルガンの様々な特性を味わい、幸せな気分に浸ることができた。オルガンを演奏していたレンナルツは2008年よりこの教会の専属オルガニストを務めている。
持ち運ぶことのできないオルガンは、それが設置されている建物と完全に一体となった存在 で、この場所に足を運ばない限りは絶対に聴くことはできない。しかも、空襲で破壊されても人々の努力と熱意で甦らせ、何世紀にも渡って今日まで守ってきた「音」だ。その意味でも、ここドレスデンのこの場所で、復元されたジルバーマンの素晴らしいオルガンの響きに浸ることができたのは貴重な、忘れ得ぬ素晴らしい経験だった。
パッサウ大聖堂のオルガンコンサート(2015.9.10)