
9月8日(土)
長唄自主演奏会
~第1ホール~
勧進帳

春秋
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藝祭ではバンドやクラシックだけでなく、日本の伝統音楽を本格的に楽しめるのも魅力。今回は久しぶりに長唄を聴き、初めて能楽も鑑賞した。長唄は3曲のうち2曲を聴いた。
長唄を聴いていると日本人としての血が騒ぐのか、全然詳しくないのに演奏にグイグイと引きずり込まれていく。静かに語る場面は心に染み、鳴り物総動員で盛り上がる場面は胸が高鳴り鳥肌が立ってくる。1曲目の2年生による「勘進帳」は歌舞伎に暗い僕でもとりあえず話の内容はわかるので、聞き取れた言葉とそのときの音楽で場面を想像して益々演奏にのめり込めた。勘進帳は名曲と言われるが、ドラマチックなストーリーを描写するドラマチックな音楽が人の心を捉えるのだろう。唄は3人とも賛助でプロの貫禄で心に迫ってきたが、学生による華やかで鮮やかな鳴り物も心の琴線を震わせた。
続く「春秋」は学部3年生だけによる演奏。唄と三味線だけの小規模編成だが、落ち着いたいい演奏。横山紗永子さんと伊藤薫子さんの唄は、それぞれに違った持ち味の良さで季節の味わい深さを楽しんだ。
西洋中世音楽:英仏伊ききくらべ ~西洋中世古楽会~

~第2ホール~
(作者不詳)/アレルヤ
アルス・アンティクワ/苦難の海で
マショー/あらゆる傲慢の源泉よ
マショー/愛が私をこがす
マショー/喜びは長くは続かない
ランディーニ/春は来たりぬ
チコーニア/おお、美しき薔薇よ
(作者不詳)/イスタンピッタ
(作者不詳)/フェブスは地より昇り
ペルージャ/神にかけて
ソラージュ/煙を吸う男
(作者不詳)/めでたし、天の女王
ダンスタブル/貴女は何と美しいことか
(作者不詳)/夏は来たりぬ
2010年に発足したという、バッハよりも3~400年も古い音楽を研究し、演奏しているグループのコンサート。ステージには珍しい楽器が並び、ソロや合唱、器楽演奏で、普段はなかなか耳にする機会のない古の音楽を楽しんだ。
機能和声の確立する以前、5度や4度の純度の高い協和音がベースの音楽は素朴だが、根元的な力強さがある。そんななかで響く3度音程の新鮮さも驚き。舞曲そのもののリズムの持つ力も心に響く。それに演奏を聴いていて、この時代の音楽が単に素朴で単純というわけではないことを認識した。声部もリズムも複雑に入り組んで、後の音楽とはまた違った世界を確立していたことを知った。演奏曲目で一番驚いたのはソラージュ作曲の「煙を吸う男」。解説によれば麻薬でラリっている様子を描いたとも言われているらしいが(配られた歌詞対訳付きの解説はとても詳しくて分かりやすい)、半音階を多用した変なハーモニーを聴いていたら本当に気分が悪くなった気がした。
イギリス、フランス、イタリアの音楽をそれぞれの特徴がわかるように配置し、様々なタイプの曲を並べたプログラムも魅力的だったし、一人でソロを受け持った鏑木綾さんの歌をはじめ、珍しい楽器を巧みに操る演奏も、馴染みの薄い時代の音楽の魅力をよく伝えていた。最後に演奏されたカノン「夏は来たりぬ」は本当に楽しかった!
能楽専攻自主公演

~第4ホール~
弓八幡
田村
巻絹
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娘の幼なじみが出演するのがきっかけで、藝祭通い歴30年以上なのに今まで一度も足を踏み入れたことがなかった能舞台のある第4ホールで初めて能の公演を観た。
能は朝一で聴いた歌舞伎の音楽に比べ、より精神性の高い世界が描かれていて、事前に配られた解説でストーリーを読んでいても正直具体的な意味はよくわからない。けれど初めてちゃんとした能舞台で観た能楽は、その緊張感に満ちた格調高い立ち居振舞いや、何かの魂が乗り移ったようなスピリッツを感じる唄に引き込まれていった。
学生だけの演舞はとても立派で、集中力のあるしなやかな身のこなしの舞いや、体の深いところから湧き上がってくるような唄が幽玄の世界へと誘ってくれた。ソロで舞い、唄った学生は緊張の面持ちも窺えたが、立派に役回りを果たしていた。最初の3曲しか観れなかったが、娘の幼馴染みの佐野幹君の舞いが観れてよかった。小さい頃から知っている彼がすっかり立派になり、能楽師への道を歩んでいる姿に感動!
東京藝術大学バッハカンタータクラブ藝祭公演


~第6ホール~
バッハ/カンタータ第161番「来たれ、甘き死の時よ」BWV161
バッハ/カンタータ第78番「イエスよ、あなたは私の魂を」
数ある藝祭公演のなかでも毎回一番楽しみにしているバッハカンタータクラブ、このところ以前のような手放しの感動までいかないのがちょっと気になるが、やっぱり期待度は高い、だいたい1曲は華やか系の曲が入るいつものプログラムだが、今回は地味系の曲を並べて内容で勝負という気概が伝わる。
実際の演奏はそんな期待に見事に応えてくれた。バッハのカンタータの魅力はタペストリーのように織り上げる管弦楽の素晴らしさにもあるが、陰影に富んだ潤い溢れる弦楽合奏には本当にホレボレしたし、各アリアでオブリガートを担当するソロ楽器は、見事な腕前で歌と対等に、戯れるように心踊らせ、また心に染みる歌を奏でた。通奏低音の躍動感も実にキマッていた。
1曲目、カンタータ161番は、死を怖れず、むしろ死をキリストと合一できる喜びとして捉える音楽だが、しっとりと優しく、慈愛に満ちた歌を聴かせてくれた。第5曲の合唱は、天上で優美に舞い踊るような管弦の調べに乗って天国へ上ることを請い求める歌。これが、まるでイエスの生誕を賛美する歌のように喜びと幸福感に満ち溢れて聴こえた。それに続くコラールはマタイにも登場する「受難コラール」で、喜びのなかにも厳粛な決意が伝わってきた。
78番は、冒頭合唱の重々しい気分のなかに現れるソプラノパートが歌うコラールの清澄な調べや、ソプラノの川井田知穂さんとアルトの前澤歌穂さんの、光りに溢れた活き活きとしたデュオ、バスのアリアでオブリガートを受け持った古山真理江さんのオーボエの淀みなく動き回る美しいソロ、 テノールのレシタチーボを受け持った金澤青児さんの美声と語りの巧さなど、終始幸福感を味わわせてもらった。
今回の演奏を聴いて、このバッハカンタータクラブの演奏会ならではの、幸福感、慈しみ、温かさといったものを演奏者と共有する体験をまた持つことができたのが嬉しい。定期演奏会にも期待!
以下は少しばかり気になったことを… 歌のソロはみんなよく歌っていたが、ドイツ語の子音の摩擦音が弱かったり、複合語の言葉の切れ目が不明瞭で、言葉がはっきり聞こえてこないことが少なくなかった。毎回配られるパンフレットはとても詳しくて分かりやすく、いつも開演前の予習に役に立つのは本当にありがたい。パンフレットはだいたい終演後は捨ててしまうが、バッハカンタータクラブのパンフだけは後で参考にすることも多いので大切に取ってある。それゆえ、後世に残る記録としてドイツ語の綴りは再チェックしてほしい。解説中のkläftiglich→ kräftiglich/erfreurich→ erfreulichなど。悪しからず。。
室内歌曲作品展Ⅰ
~第6ホール~
矢澤弘章/かめのおしり
矢澤弘章/おやすみなさい
矢澤弘章/世界を愛するための五つの歌
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矢澤弘章さんが作曲し、作詞の多くを作曲者自身や演奏仲間が手掛けたオリジナル声楽作品の発表を3曲目まで聴いた。詩情溢れるファンタジックな曲が並んだ。3曲目の女声合唱曲は合唱団の澄んだハーモニーがとてもきれいだった。どの曲も耳に心地良いがもうちょっと刺激も欲しいかな。
藝祭マーラー5
~奏楽堂~
マーラー/交響曲第5番 嬰ハ短調
藝祭で唯一、奏楽堂を演奏会場に勝ち取った?オーケストラコンサート。ほぼ満員の奏楽堂で、4年生を中心に有志が集まった強力学生オケによるマラ5に期待が高まった。
第1楽章が、深くて厚みと潤いのある響きで荘重な足取りで始まった。強音の響きやパワーも申し分なく、この楽章を聴き終えて、これはスゴイ演奏になるかも、という更なる期待が湧いた。 ただその後は最初のテンションを保つことは難しかった。
この曲は気合いやパワーだけではもちろん太刀打ちできないが、それぞれが高い技量の持ち主に違いない芸大生でもタイヘンなんだな、と思った。ひとつは、マーラー特有の鬱屈した気分とか、心のにぶーい痛みとか、悲しいほどの優しさとか、人間が心の奥底に持つ真に人間的な情感を演奏から醸し出せるには更なる人生経験が必要なのかも。それに、この複雑極まりない音の巨体を掌握するには、オケとしての経験と、それを束ねる経験豊富なリーダーの存在が欠かせないのかも知れない。
指揮者の川崎嘉昭さんの下、芸大生有志が総力を結集して挑んだこの巨体、全員が必死にしがみついて何とか自分達の目指す方向にこの怪物を動かすことはできていただけで称賛に値すると言えよう。才能溢れる若い彼らには、この巨体を更に自らの手中に治め、自由に操り、ホンモノの魂を入れ込むことを目指して頑張ってもらいたい。
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