5月20日(火)デニス・コジュヒン(Pf)
紀尾井ホール
【曲目】
1.ハイドン/ソナタ ヘ長調 Hob.16/23
2.フランク/前奏曲、コラールとフーガ
3.シューベルト/4つの即興曲Op.90
4.ヒンデミット/ピアノ・ソナタ 第3番
5.ブラームス/7つの幻想曲Op.116
【アンコール】
1.グルック/オルフェオとエウリディーチェ~メロディ
2.バッハ/平均律クラヴィーア曲集第1巻~第10番ホ短調プレリュード風
3.バッハ/コラール「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」
チラシで見たデニス・コジュヒンは、長い髪をビシッと纏めた精悍な顔つきが男前で、激しいパトスを内に秘めた様子が伺え、演奏に興味が湧いてチケットを購入した。ステージに登場した「本物の」コジュヒンは、思ったよりは穏やかそうな空気も漂わせていたが、ほぼイメージしていた路線の容姿で、演奏はまさにイメージ通りの、精悍でクールで、筋金入りの男っ気を感じさせる演奏で圧倒してきた。
最初のハイドン、キリッとしてシャキッとした明快な口調で鮮やかに音楽を切り取り、カッキリとした美しいフォルムを作って行く。聴いていて実に清々しく、全ての邪念をふるい落としてくれるようで気持ちがいい。くっきりした明るい音色を基調にして、ウィットにも富み機転の効いたハイドンに、聴き手は早速心を奪われる。
続くフランク、ハーモニーも複雑になり音色の階調も増え、音楽も真っ直ぐに進むだけではないが、その中でコジュヒンは進む方向をしっかり見定めて統一感のある演奏を聴かせた。特に後半での推進力は鮮烈で、相乗効果を成してパワーが高まり、まるで大聖堂の大オルガンがストップ全開で鳴らす大音量の響きの中に身を置いている感覚を味わった。コジュヒンの途切れることのない並々ならぬ集中力の高さと計り知れないパワーに圧倒された。
そんなパワー全開の状態から、次のシューベルトではどんな変化を見せてくれるか注目したが、コジュヒンのシューベルトは、あまりに明快で颯爽としすぎ。ガッチリとした骨格を築いて、フォルテやアクセントも文字通り力強く撃ちつけてくる。チャーミングな弱音もあるにはあるが… だけれどシューベルトの魅力は、心の奥底に仕舞われたものをそっと覗き込むような、はにかみとか、戸惑いとか、白か黒かでは割り切れない曖昧さにあると思うのだが、そうしたものとは無縁とも言える演奏が心に響くことはなかった。
その点で後半の最初にやったヒンデミットは面白い。一見大真面目な表情の中にある、ユーモア・諧謔とか皮肉めいたものなど、多層的な表情を的確に掴み、それぞれの個性を活かしつつ、方向性では一本に束ね、立体的な塊として投げかけてくる。これはハイドンの演奏からも感じたが、正攻法のアプローチで最大の効果を生み出し、エネルギーを高め、聴き手の心拍数も高めた。
最後はブラームス。ブラームスのピアノ作品の中では比較的演奏頻度は低いが、それぞれの個性が光る名曲揃い。「動」と「静」の音楽が交互に並ぶこの曲集でコジュヒンは、「動」の曲ではそれまで同様にがっしりした構築力で圧倒的なパワーを示した一方で、「静」の曲では深層にある「声」に耳を傾け、それを丁寧に紡ぎ出す姿勢がうかがえたが、やっぱり「動」の曲の強烈なインパクトが勝っていた。
明晰かつ強靭なテクニックで有無を言わせぬ攻めの演奏で圧倒してきたコジュヒンがアンコールで弾いたグルックでは、デリケートの極みという演奏を聴かせた。多層的な声部の弾き分けの巧さも光っていて、これを聴いていたらバッハを聴きたくなったところで、続く2曲のアンコールではバッハを弾いてくれた。「平均律」はかなりアレンジされたバージョンだったが、コジュヒンのバッハは感情過多になることなく、冷静な眼差しでしっとりと歌い上げ、このピアニストがパワーや機能だけでない魅力も十分に持ち合わせていることを示した。
けれどもこうして感想を書いていると、心にいつまでも残るものが足りない気もする。もしまたコジュヒンを聴く機会があれば、「展覧会の絵」か、プロコフィエフか、或はハイドンをもっと聴いてみたい。
紀尾井ホール
【曲目】
1.ハイドン/ソナタ ヘ長調 Hob.16/23
2.フランク/前奏曲、コラールとフーガ
3.シューベルト/4つの即興曲Op.90
4.ヒンデミット/ピアノ・ソナタ 第3番
5.ブラームス/7つの幻想曲Op.116
【アンコール】
1.グルック/オルフェオとエウリディーチェ~メロディ
2.バッハ/平均律クラヴィーア曲集第1巻~第10番ホ短調プレリュード風
3.バッハ/コラール「主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ」
チラシで見たデニス・コジュヒンは、長い髪をビシッと纏めた精悍な顔つきが男前で、激しいパトスを内に秘めた様子が伺え、演奏に興味が湧いてチケットを購入した。ステージに登場した「本物の」コジュヒンは、思ったよりは穏やかそうな空気も漂わせていたが、ほぼイメージしていた路線の容姿で、演奏はまさにイメージ通りの、精悍でクールで、筋金入りの男っ気を感じさせる演奏で圧倒してきた。
最初のハイドン、キリッとしてシャキッとした明快な口調で鮮やかに音楽を切り取り、カッキリとした美しいフォルムを作って行く。聴いていて実に清々しく、全ての邪念をふるい落としてくれるようで気持ちがいい。くっきりした明るい音色を基調にして、ウィットにも富み機転の効いたハイドンに、聴き手は早速心を奪われる。
続くフランク、ハーモニーも複雑になり音色の階調も増え、音楽も真っ直ぐに進むだけではないが、その中でコジュヒンは進む方向をしっかり見定めて統一感のある演奏を聴かせた。特に後半での推進力は鮮烈で、相乗効果を成してパワーが高まり、まるで大聖堂の大オルガンがストップ全開で鳴らす大音量の響きの中に身を置いている感覚を味わった。コジュヒンの途切れることのない並々ならぬ集中力の高さと計り知れないパワーに圧倒された。
そんなパワー全開の状態から、次のシューベルトではどんな変化を見せてくれるか注目したが、コジュヒンのシューベルトは、あまりに明快で颯爽としすぎ。ガッチリとした骨格を築いて、フォルテやアクセントも文字通り力強く撃ちつけてくる。チャーミングな弱音もあるにはあるが… だけれどシューベルトの魅力は、心の奥底に仕舞われたものをそっと覗き込むような、はにかみとか、戸惑いとか、白か黒かでは割り切れない曖昧さにあると思うのだが、そうしたものとは無縁とも言える演奏が心に響くことはなかった。
その点で後半の最初にやったヒンデミットは面白い。一見大真面目な表情の中にある、ユーモア・諧謔とか皮肉めいたものなど、多層的な表情を的確に掴み、それぞれの個性を活かしつつ、方向性では一本に束ね、立体的な塊として投げかけてくる。これはハイドンの演奏からも感じたが、正攻法のアプローチで最大の効果を生み出し、エネルギーを高め、聴き手の心拍数も高めた。
最後はブラームス。ブラームスのピアノ作品の中では比較的演奏頻度は低いが、それぞれの個性が光る名曲揃い。「動」と「静」の音楽が交互に並ぶこの曲集でコジュヒンは、「動」の曲ではそれまで同様にがっしりした構築力で圧倒的なパワーを示した一方で、「静」の曲では深層にある「声」に耳を傾け、それを丁寧に紡ぎ出す姿勢がうかがえたが、やっぱり「動」の曲の強烈なインパクトが勝っていた。
明晰かつ強靭なテクニックで有無を言わせぬ攻めの演奏で圧倒してきたコジュヒンがアンコールで弾いたグルックでは、デリケートの極みという演奏を聴かせた。多層的な声部の弾き分けの巧さも光っていて、これを聴いていたらバッハを聴きたくなったところで、続く2曲のアンコールではバッハを弾いてくれた。「平均律」はかなりアレンジされたバージョンだったが、コジュヒンのバッハは感情過多になることなく、冷静な眼差しでしっとりと歌い上げ、このピアニストがパワーや機能だけでない魅力も十分に持ち合わせていることを示した。
けれどもこうして感想を書いていると、心にいつまでも残るものが足りない気もする。もしまたコジュヒンを聴く機会があれば、「展覧会の絵」か、プロコフィエフか、或はハイドンをもっと聴いてみたい。