Lupinus-ルピナス-

絵本のルピナスさんのように自分なりの「世の中を美しくすること」を見つけたいと思っています。

駄目だから駄目

2006年02月26日 | 本・絵本
藤原正彦さんの『国家の品格』を読みました。
藤原さんは数学者で、『博士の愛した数式』を書いた小川洋子さんとの対談集で初めて知りました。とても自分の意見がはっきりしていておもしろい人だなあというのが印象でした。
作家の新田次郎さんと藤原ていさんの息子さんということもそこで初めて知りました。
だんなさんが一時期新田次郎さんの山岳小説に夢中になっていました。『縦走路』という小説の中で美人の千穂さんに二人の男性が赤い登山靴をプレゼントするという場面があって、だんなさんが「きみにも赤い登山靴をかってあげよう!」と私にいってきたのを思い出しました。もちろん「そんなものいらん!」と断りましたが(笑)。

本を読んで、私が今までおぼろげに考えていたことを、藤原さんは的確に例を挙げてわかりやすく、納得する答えを教えてくれたような気がしました。

共感した部分は色々あるのですが、私がずっと考えていたこと「売春をするのはいけないことをどうこどもに教えるか」の答えを見つけられたように思いました。
藤原さんの著書では売春のことではなくて、人を殺すことを例にあげていますが、「人間にとって最も重要なことの多くが、論理的に説明できない」ということなのだそうです。論理的というだけなら、良い理由も悪い理由もあり、人を殺してはいけない理由も殺していい理由も成り立つ。
人を殺してはいけないのは「駄目だから駄目」。論理ではないのです―ということでした。

そして、論理を考える上で「もし~ならば」と最初に仮定しますが、その論理の出発点はその人の「情緒」で決まるそうなのです。その情緒とは人間の総合力で、どんな親に育てられたか、どんな人たちと出会ってきたか、どのような経験をしてきたかなど色々なことが重なってその人の情緒が生まれます。
誤った結論にいかないためには、最初の論理を決める出発点である「情緒」が健全に育ち、何が美しいことかを常に意識することが大切なのだと思いました。

私はこどもをもつ前から援助交際のニュースを目にするたび、「売春してはいけない理由ってなんだろう?」とずっと思ってました。
私自身は売春なんかぜーったい嫌です。そんなことする自分は許せないし、知らない男の人に体を触られるなんておぞましい。
けれど、売春が平気な人は、「誰に迷惑かけているわけでもないから」といいます。
確かにそうなんです。そういわれると困ってしまいます。
自分の感覚では、それは人間としてやってはいけないことという、ただそれだけなので、もし娘ができてそういうことを聞かれたら、そのいけない理由をなんて答えてあげたらいいのだろうと考えていました。

理由はないのですね。「駄目だから駄目」ということにします。
そして感覚的にそのようなことを嫌だと思うような情緒を育ててあげたいです。


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2 Comments

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いい言葉ですね。 (ぴーこ)
2006-03-13 19:56:50
こんにちは!

「駄目だから駄目」、いい言葉ですね。

私もpolinさんがかつて疑問に思っていたように

どうして売春がいけないのか?とか、

どうして殺人がいけないのか?

と思ってきました。

人間にとってもっとも重要なことの多くは、

論理的に説明できない・・・

この言葉、ずしりときました。



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ぴーこさん (polin)
2006-03-14 04:36:39
そうですね、私も説明できる理由をずっと考えていました。

でも、絶対これだという理由や

説得できるという理由が見つからなくて。



人間だから間違いは犯すときはあるとしても、

それを当たり前と思ってやるのと

しかたがなくやってしまったのでは、

その後の人生の歩みも違うと思います。



人間としての健全な情緒を育てるのが

大切なのだな、とおもいました。
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