#柿本人麻呂 新着一覧
石見の伝説と歴史の物語−10 (渡の山)
3.2. 渡の山「神奈美山」は、「渡の山」とも呼ばれていたという。この「渡の山」を題材にして和歌が詠まれている。例えば、万葉集の柿本人麻呂、夫木集の公朝権僧正、名寄集の藤原家隆たちである。
吉備津の釆女挽歌考
万葉集巻第二の挽歌に、宮仕えをしていた采女の死を悼む歌がある。稲岡1985.の訳を添え載...
読了「万葉のことばと四季」
「万葉読本Ⅲ 万葉のことばと四季」(中西進、角川選書)を読み終わった。「もう...
「万葉の歌びとたち」から柿本人麻呂論2
雨にはならずに雲間には星が見え始めた。雨雲接近中というメールも届いた。しかし残念なが...
柿本人麻呂さんに会いに行ってきました
.穏やかな春のような気候になりました。そうだ、 大宇陀の 柿本人麻呂さんに逢いに行こう! ...
「万葉の歌びとたち」から柿本人麻呂論
本日の読書は「万葉の歌びとたち」(中西進)の柿本人麻呂論といえる第2章の「...
「小竹の葉は み山もさやに 乱友」(万133)歌の訓みについて
柿本人麻呂の石見相聞歌のうち、万133番歌はよく知られながら必ずしも定訓を得ていない。 ...
古代史再検証 「万葉集」 瓜生中 ***
空海の本を読み、かな文字成立に関心があったので、万葉仮名関連で読んでみたのが本書。万葉...
故郷の風景(31) 柿本人麻呂所縁の地−4(邑智郡)
柿本人麻呂の終焉の地については大和・近江・石見の諸説があります。石見地方でも美郷町湯抱...
故郷の風景(30) 柿本人麻呂所縁の地−3(益田市)
人麻呂没後まもなく神亀年間(724〜729)に、聖武天皇の勅命によって鴨島(益田沖)に人麿を...
故郷の風景(29) 柿本人麻呂所縁の地−2(浜田市)
柿本人麻呂は今から1300年ほど前、天武、持統、文武天皇時代に活躍した人で、宮廷の歌人として名を成していました。文武天皇の頃、人麻呂は石見の国に赴任したとされています。石見に赴