人生、失敗しちゃった~ニート後遺症 闘病記~

十数年のニートをやめて一年。ニート後遺症と戦う、ニート研究家。

気持ちがポッキリ折れていることに気付いた元ニート【ニート後遺症、闘病中】

2016年04月13日 | 今、思う。
おはようございます。
バイトの新人さんを一人立ちさせた元ニートです。

教える時間のない中、おおげさにいえばOJTでの育成でした。OJTなどと大仰にいわずに一緒に作業をしながら覚えてもらう、ってだけのことなんですが、そこは日々を少しでも面白く過ごす為の自分なりの工夫です。

育成といえるほどではないただの単純労働の教授でしたが、それでも学ぶべきところは多かったです。
言葉づかい一つ、教える側も教わる側も気をつけなければならないこと。ていねいでやさしくいえば、それがゆえに相手が作業を軽くみてしまうこともある。この作業は分かっていますよの意思表示もタイミングと言葉の選択を誤るとただの言い訳や鬱陶しい屁理屈・口応えになってしまう。「簡単な作業」が自分と人とでは違う。マトモに社会人として働いてる方には当然すぎる基礎中の基礎を実感、痛感しました。

さあこれで、後がまもできたことだしいよいよ退職してちゃんとした職に…といければいいんですが…

先日、ふと、気持ちがポッキリ折れていることに気付きました。

今でも毎日、必死に求人募集を読み込む日課をこなしていますが、ここしばらく問い合わせの電話をしていませんでした。場所・年齢・仕事内容等、面接させてもらうことができそうな職がなかったのも事実です。とはいえ、前は「○○とありますが、そこは××になりませんか?」くらいの勢いで問い合わせをしていました。派遣業者さんが間に入る求人は、企業さんの名前や所在地を明かしていないものも多数あるので「だいたいでいいので場所を教えてもらえますか?」というお電話は毎週毎日のようにかけていたものです。

昨年は多くの死別がありました。その中で、急がなくては何もかもが間に合わないという意識に囚われ、嘔吐を繰り返しながら履歴書を書き続けていました。その瞬間はわかりませんが、その意識がポッキリ、折れたようなんですね。未だにその「間に合わない」という強迫観念には追い込まれています。嘔吐以上にめまいと耳鳴りの頻度、深度はどんどん増しています。なのにどこか空虚で、いわゆる「やる気がない」状態になっています。

ありていにいえば、疲れた、ってところです。疲れました。根本的に現状の全ては自業自得なので、疲れのなんのと言っていいことではないんです。そう思ってガツガツと動いてきました。でも結果は出ない。たまには息抜きをすれば…と思っても、その息抜きをした時間がもったいなくて、息抜き中もストレスなら、その後もそれ以上のストレスと悔恨に襲われました。息抜きが息抜きにならない。休日が休日にならない。

これもまたニート後遺症なんでしょう。バイトに楽しみを見出したことでさえ自分を追い詰める。ニート後遺症、なかなかエグいです。

だからもう、何をしてもどう考えてもこのポッキリを繋ぎ合わせる術がない。
どこかで、どうせ仕事ないし…と思っています。バイトにも慣れてきてそれなりに楽しみも見つけられるようになってしまい、それで一日が終わればなんとなく今日がうまく回った気になっています。
それをどうやって払拭すればいいのか。

職が決まって、夢中になって働く毎日に突入すればいいのかなと思いつつ、その職が決まらないからこんな精神状態なんだろ、と、また、頭を抱えます。

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