奥さまはタンデマー

BMWでタンデムツーリングを楽しむ休日
バイク&日常のあれこれを綴ってみようと思います

日本のオートバイ黎明期を知ることができるものを見せていただきました。

2017-08-07 07:50:01 | 私たちの日常

昨日の日曜日、 近畿地方の最高気温は38℃の予報。

 

雨が降る様子もなかったのでちょこっとGSに乗って出発です。

 

強い日差しを避ける為、できるだけ日陰を選んで走りたくなりますね。

 

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まず最初に向かったのはこちら。

 

オイル交換の為に大阪箕面市にある友人Fさんのバイクショップへ。

 

 

場所と工具をお借りして作業します。

 

お金にならない客ですみません。

 

Fさんとユキの会話を聞いているとまるで漫才みたいで、

 

関西人の軽妙なトークに私はついていけません。

 

さて、

 

まずはドレンボルトを外してオイルを抜きます。

 

今回は持参したオイルフィルターも交換します。

 

 

オイルクーラーホースの付くフランジを外して取り出したのがこちら。

 

二分割になった小さなオイルフィルター。

 

ユキが言うにはオイルと共にけっこう汚れていたそうです。

 

 

ささっとオイル交換を済ませたら冷房の効いたショウルームでクールダウン。

 

Fさん、いつもありがとうございます。 

 

そこで、Fさんが懐かしいオートバイ雑誌や昔のロードレースのプログラム、

 

当時の新車カタログを出してきて下さいました。

 

実家の整理をしていて何十年ぶりかで見つけたんですって。

 

これは1980年秋のMFJ日本グランプリロードレースのプログラム。

 

この頃はFさんもユキもせっせと鈴鹿サーキットに通っていたんですって。

 

 

こちらは1970年代末の鈴鹿8耐のプログラムの1ページ。

 

懐かしいライダーの写真を見ながらFさんとユキは大盛り上がり。

 

Fさん「 この頃のレースの話が通じる奴、お前くらいしかおらんわ。」

 

 

こちらはFさんのお父さまが保存されていたんですって。

 

1967年の世界グランプリの1シーン。

 

ヤマハが125CCクラスのメーカーチャンピオンを決めた時のもの。

 

 

こちらはカワサキ90-SSの新車カタログ。

 

昔は最高速や加速性能をカタログに記載してもよかったんですって。

 

 

これはMFJの機関紙「 ライディング 」。

 

今のようにオートバイレースの情報が殆どなかったので

 

レースファンにとっては貴重な情報源だったようです。

 

 

こちらは1963年に日本で初めて開催された、

 

第1回日本グランプリロードレース(鈴鹿サーキット)のプログラム。

 

 

ページをめくると大会会長 本田宗一郎氏の挨拶文もありました。

 

 

当時のオートバイ雑誌の広告も興味深いですね。

 

 

いつまでも尽きることなく、時間だけが経過して行くのでありました~。

 

続く・・。

 

 

 

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