カクマ難民キャンプでの5歳未満の子供の命
キャンプの中央病院では毎週平均30人の赤ちゃんが生まれていると推定される。また自宅で生まれたり、病院に行く途中で生まれる赤ちゃんもいる。
このキャンプの子どもの命は、親に賢い育児能力があるかどうかにかかっている。親は計画的に子どもをつくることをしないし、時期を決めることもしない。普通の状況なら、夫婦は働いてお金が貯まってから子どもを持つ。5歳までの子どもの生活がどうなるかをきちんと準備した上で、母になるかどうかを決めるものだと、地域の家族計画プランナーは言う。
ここキャンプではそうはいかない。「夫婦は長い時間一緒にいるので、しょっちゅう性的快感の魅力に負け、その結果妊娠するのです。こんな状況では、生まれた子どもは親にあまり世話をしてもらえません。何でもお金しだいなのです」と6人の子持ちの38歳の難民の母親は言う。
カクマにはいろいろな文化的背景をもつ難民がいるので、家族計画はなかなか受け入れられない。生まれた子どもの健康を最初の5年間維持するのは健康プランナーと地域保健ワーカーの義務になっている。
コミュニティー保険ワーカーは自分の仕事について言う。「絶えず、口を酸っぱくして話さなければなりません。6か月までは母乳だけで育てるようにと言うのですが、彼女たちは子どもが生まれてすぐから動物の乳や缶ミルクを使ってしまいます」
コミュニティーの母親の多くは教育を受けていないので、仲間の忠告をすぐ受け入れてしまう。生後すぐから、その地域の水、ラクダや羊やヤギの乳、またぶどう糖のような店で売っている製品まで与えてしまう。
栄養についての意識を喚起する一環として、キャンプの主要な道路に沿って、たくさんの標識ボードが立ててあり、そこで食事のバランスと母乳の大切さを教えている。
ところが、この地域で配給される食べ物には野菜や果物がない。標識ボードには、「よい食事の礎」とか、「よい食べ物は健康な身体、健康な心、健康な頭」と書いてあるのに。
ある難民の母親がそのメッセージの実態に疑問をもった。「そう、食べ物のバランスをとると教わったけれど、私たちに与えられる食べ物はバランスがとれていないのよ。食べ物をくれる人たちは、子どもたちに健康で賢くなって欲しくないのでしょう。誰の罪なの?」と言う。
彼女はキャンプで生まれた子どもたちを指さした。18歳になっている子どもがたくさんいる。学校に行っているけれど、成績はたいていお粗末きわまりない。
UNHCRのプロジェクトを実施する団体は大きな努力を払って、このような子どもたちに感染が広がるのを防ぎ、健康を維持し、リハビリをし、治療を施している。クリニックですべての子どもに、結核、ポリオ、破傷風(妊娠中に母親に接種)、ジフテリア、B型肝炎、インフルエンザ、麻疹予の防注射を接種させなければならない。
クリニックには小児室があり、病気の子を直ちに診察し、治療をする。子どもは家に持ち帰る薬をもらう。病気が重ければ、キャンプの病院の小児科に入院を許される。
マラリア、肺炎、下痢が、キャンプの子どもがよくかかる病気だ。子どもが入院を許可されると、母親のなかには心配だと言う人がいる。
ある母親は、二人の子どもが2000年と2006年にそれぞれ入院した。「IRCの助手は難民に親切でした。でも私の子どもたちはその職員のせいで障碍が残りました。二人の子は足の上部に注射の跡が残っています。それは消えないと思います」と彼女は言った。
彼女はどんな薬が子どもに注射されたのか知らない。そして傷を治すのにどうしたらよいかわからない。
もうひとつの健康上の心配は、キャンプでの伝統療法だ。そのことがずっと、かなり大きな検討課題になっている。歯が生えはじめる頃になると、子どもはしょっちゅう病気になるものだ。コミュニティーによっては、それが子どもを死にいたらしめる新しい病気だと信じている。
伝統的に歯は抜かれ、子どもはいつまでも痛がる。「乳歯」が抜かれてしまうと、永久歯が生えるまでには何年もかかる。歯を抜く道具も消毒されていないので、感染する恐れがある。
キャンプの難民の子どもたちが直面しているのは健康問題だけではない。2005年に南スーダンの撤退が始まるまでは、3歳から6歳までの子どもは乳幼児クラスに入ることができた。生活状況には希望が見えなくても、難民たちの未来には大きな可能性があった。
UNHCRによる「スーダン人教育の縮小」が実施され、このプログラムはストップしてしまった。スーダン人でない親は、これが一難民コミュニティーについてだけ実施される政策なのか、あるいは難民コミュニティー全体への政策なのか、心配している。
我々がここにいるのは、我々のせいではない。それなのに、我々の中には教育を中断された人たちがいる。子どもたちの教育まで拒まれてしまった。時間は経ち、子どもたちは大きくなる。これは貧困撲滅戦略に反している。元LWF職員(匿名希望)は次のように言っている。「LWFのような支援団体事務所は、予算について話すところではなく乳幼児教育を推し進めるところだと思われています。でも実際は、提案がどれくらいされ、寄付団体がどれくらい関与し、予算がどれくらい削られているかさえわからない状態なのです」。
難民キャンプの子どもも、世界中の子どもと同じように場所を選ぶことはできない。彼らは市民権をもってはいない。民族、部族、人種は親から受け継いだだけだ。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカの他の都市で生まれた子どもと同様に、難民キャンプの子どもにも感性や感情がある。
キャンプにいる限り、彼らには楽しみがない。楽しみは親からも支援団体からも提供されない。スワヒリ語を話すコミュニティーの中には、公用語が母語にとって代わっているところもある。
キャンプの5歳以下の子どもたちは、地域にある様々な感染菌に一番侵されやすい。親はよりよい健康ケアを子どもに与える手段も知識ももっていない。子どもたちの運命は予測できず、仲間や周囲から毎日暴力を学んでいる。
それでも、キャンプを観察したところでは、2歳の子どもも学校に行きたがっている。
子どもの知的、身体的、社会的な要求に応えるだけの資金確保は、特別に考慮されるべきだ。
この子たちによりよいケアを与えることが、未来の世界平和につながる。
キャンプの中央病院では毎週平均30人の赤ちゃんが生まれていると推定される。また自宅で生まれたり、病院に行く途中で生まれる赤ちゃんもいる。
このキャンプの子どもの命は、親に賢い育児能力があるかどうかにかかっている。親は計画的に子どもをつくることをしないし、時期を決めることもしない。普通の状況なら、夫婦は働いてお金が貯まってから子どもを持つ。5歳までの子どもの生活がどうなるかをきちんと準備した上で、母になるかどうかを決めるものだと、地域の家族計画プランナーは言う。
ここキャンプではそうはいかない。「夫婦は長い時間一緒にいるので、しょっちゅう性的快感の魅力に負け、その結果妊娠するのです。こんな状況では、生まれた子どもは親にあまり世話をしてもらえません。何でもお金しだいなのです」と6人の子持ちの38歳の難民の母親は言う。
カクマにはいろいろな文化的背景をもつ難民がいるので、家族計画はなかなか受け入れられない。生まれた子どもの健康を最初の5年間維持するのは健康プランナーと地域保健ワーカーの義務になっている。
コミュニティー保険ワーカーは自分の仕事について言う。「絶えず、口を酸っぱくして話さなければなりません。6か月までは母乳だけで育てるようにと言うのですが、彼女たちは子どもが生まれてすぐから動物の乳や缶ミルクを使ってしまいます」
コミュニティーの母親の多くは教育を受けていないので、仲間の忠告をすぐ受け入れてしまう。生後すぐから、その地域の水、ラクダや羊やヤギの乳、またぶどう糖のような店で売っている製品まで与えてしまう。
栄養についての意識を喚起する一環として、キャンプの主要な道路に沿って、たくさんの標識ボードが立ててあり、そこで食事のバランスと母乳の大切さを教えている。
ところが、この地域で配給される食べ物には野菜や果物がない。標識ボードには、「よい食事の礎」とか、「よい食べ物は健康な身体、健康な心、健康な頭」と書いてあるのに。
ある難民の母親がそのメッセージの実態に疑問をもった。「そう、食べ物のバランスをとると教わったけれど、私たちに与えられる食べ物はバランスがとれていないのよ。食べ物をくれる人たちは、子どもたちに健康で賢くなって欲しくないのでしょう。誰の罪なの?」と言う。
彼女はキャンプで生まれた子どもたちを指さした。18歳になっている子どもがたくさんいる。学校に行っているけれど、成績はたいていお粗末きわまりない。
UNHCRのプロジェクトを実施する団体は大きな努力を払って、このような子どもたちに感染が広がるのを防ぎ、健康を維持し、リハビリをし、治療を施している。クリニックですべての子どもに、結核、ポリオ、破傷風(妊娠中に母親に接種)、ジフテリア、B型肝炎、インフルエンザ、麻疹予の防注射を接種させなければならない。
クリニックには小児室があり、病気の子を直ちに診察し、治療をする。子どもは家に持ち帰る薬をもらう。病気が重ければ、キャンプの病院の小児科に入院を許される。
マラリア、肺炎、下痢が、キャンプの子どもがよくかかる病気だ。子どもが入院を許可されると、母親のなかには心配だと言う人がいる。
ある母親は、二人の子どもが2000年と2006年にそれぞれ入院した。「IRCの助手は難民に親切でした。でも私の子どもたちはその職員のせいで障碍が残りました。二人の子は足の上部に注射の跡が残っています。それは消えないと思います」と彼女は言った。
彼女はどんな薬が子どもに注射されたのか知らない。そして傷を治すのにどうしたらよいかわからない。
もうひとつの健康上の心配は、キャンプでの伝統療法だ。そのことがずっと、かなり大きな検討課題になっている。歯が生えはじめる頃になると、子どもはしょっちゅう病気になるものだ。コミュニティーによっては、それが子どもを死にいたらしめる新しい病気だと信じている。
伝統的に歯は抜かれ、子どもはいつまでも痛がる。「乳歯」が抜かれてしまうと、永久歯が生えるまでには何年もかかる。歯を抜く道具も消毒されていないので、感染する恐れがある。
キャンプの難民の子どもたちが直面しているのは健康問題だけではない。2005年に南スーダンの撤退が始まるまでは、3歳から6歳までの子どもは乳幼児クラスに入ることができた。生活状況には希望が見えなくても、難民たちの未来には大きな可能性があった。
UNHCRによる「スーダン人教育の縮小」が実施され、このプログラムはストップしてしまった。スーダン人でない親は、これが一難民コミュニティーについてだけ実施される政策なのか、あるいは難民コミュニティー全体への政策なのか、心配している。
我々がここにいるのは、我々のせいではない。それなのに、我々の中には教育を中断された人たちがいる。子どもたちの教育まで拒まれてしまった。時間は経ち、子どもたちは大きくなる。これは貧困撲滅戦略に反している。元LWF職員(匿名希望)は次のように言っている。「LWFのような支援団体事務所は、予算について話すところではなく乳幼児教育を推し進めるところだと思われています。でも実際は、提案がどれくらいされ、寄付団体がどれくらい関与し、予算がどれくらい削られているかさえわからない状態なのです」。
難民キャンプの子どもも、世界中の子どもと同じように場所を選ぶことはできない。彼らは市民権をもってはいない。民族、部族、人種は親から受け継いだだけだ。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカの他の都市で生まれた子どもと同様に、難民キャンプの子どもにも感性や感情がある。
キャンプにいる限り、彼らには楽しみがない。楽しみは親からも支援団体からも提供されない。スワヒリ語を話すコミュニティーの中には、公用語が母語にとって代わっているところもある。
キャンプの5歳以下の子どもたちは、地域にある様々な感染菌に一番侵されやすい。親はよりよい健康ケアを子どもに与える手段も知識ももっていない。子どもたちの運命は予測できず、仲間や周囲から毎日暴力を学んでいる。
それでも、キャンプを観察したところでは、2歳の子どもも学校に行きたがっている。
子どもの知的、身体的、社会的な要求に応えるだけの資金確保は、特別に考慮されるべきだ。
この子たちによりよいケアを与えることが、未来の世界平和につながる。
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