RIKAの日常風景

日常のちょっとしたこと、想いなどを、エッセイ風に綴っていく。
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連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.20後半

2008-12-22 16:14:20 | 連載小説
   

 起きたら二時だった。
 ロフトの天窓から陽の光が差し込んできて、まるで春のような暖かさだ。ロフトは、夏は勘弁だが冬は都合がいい。

(ビーズでケイタイストラップ作るんだった)

 クリスマス・イヴまでもうあと二日しかない。どんなものにするかはビーズを買う時にだいたいはイメージしておいた。
 ロフトの梯子を降り、冷蔵庫からジンジャーエールを取り出し、グビグビッと飲む。二日酔いは大丈夫そうだ。

 部屋の空気を入れ替えよう、と窓を開ける。風は冷たいが、陽射しは暖かく、前の家の庭の、裸になったこぶしの木の梢に、雀が3~4羽来ていて、チュンチュンと仲良く並んで横っ跳びをしている。あまりに長閑で気持ちがよかったので、大きく伸びをして、深呼吸を2~3回した。
 
 それからベランダの物干の隅に下げておいたあんぽ柿を一つもぎ取る。この間野菜と一緒に送られて来たやつだ。いつもこの時期になると一さげ送られて来る。

 母の実家の霊山は、全国でも有数のあんぽ柿の産地で、祖父祖母がいなくなった今でも、11月の休日に兄弟が集まって『柿剥きのイベント』をやっている。特にこまめな手入れをしなくても、畑の周りに生えている柿の木々は、毎年たわわに実をつける。自家製なのにちゃんと燻したりするから、色も綺麗なオレンジ色だ。

 窓を閉め、セラミックファンヒーターをつける。スチームの水がなくなっていたので水を足し、あまった水を隣のベンジャミンにあげる。それからお茶を淹れ、あんぽ柿をクチャクチャ、音を立てて食べた。この食べ物は不思議と音を立てて食べた方がうまい。

 大学は先週の金曜日で終わり、冬休みに入っていた。とは言っても冬休みはとても短い。その上休み明けには盛り沢山の試験が待受けている為、あまり解放感がない。それでも明日から学校がないと思うとホッとする。

 ミニコンポに、ジェーン・バーキンのベストアルバムを入れ、再生を押す。このアルバムは、だいぶ昔に一度出たものだそうだが、近年ドラマの挿入歌に使われ、ジャケットを変えて再発売されたものだ。ドラマで知っていいなと思っていたら、たまたまコンビニで見つけて買ったのだ。

 気だるい調子の一曲目『無造作紳士』を聞きながら、ダイニングテーブルの上を片付けて、この間買ってきたビーズを、机の上に広げる。 二曲目の私が大好きな『哀しみの影』が流れ出す。

 ストラップだからデザインを凝るよりは、デザインはシンプルでも石やビーズで個性を出したい。松崎のと私のはデザインは一緒で色違いにしたいと思って、石やビーズもそれを想定して買って来ておいた。
 ビーズは、松崎には青と透明の、私には赤と透明の、そしてアクセントに天然石を使った。松崎に私が選んだのは『ラリマー』という優しい水色の石だった。愛と平和を表す癒しの石と説明書きに書いてあったのも気に入った。自分には『ローズクォーツ』(和名=紅水晶)という、仄かなピンク色の石を選んだ。感情面の安定を促し、若さと健康を保つ、恋愛成功の石、女性に優しさを与えてくれる石、と書いてあった。

 ものすごい集中力で、二時間足らずで完成した。思ったよりよくできた。世界に一組だけのお揃いのストラップ。そう思うとにんまりしてしまう。ちょっと女の子っぽい気がしないでもないが、松崎は結構可愛いもの好きだしOKだろう。  

 お腹が空いたので、もう暗くなっていたけれど、気晴らしもしたかったので、ギンザ商店街まで行くことにし、ダウンジャケットを着込み、アパートを出る。  

 住宅街の細道には、どこからともなくさんまの焼く匂いが漂ってくる。  久しぶりにスーパーのお惣菜でも食べてみようかと思って、ギンザ商店街の中にある大型スーパーに入り、ちょっと立ち読みしてから地下に降りる。目立つ所にシャンパンのコーナーが開設されていて、クリスマスムード満点だ。

 お惣菜コーナーには、ポテトサラダ、中華サラダ、野菜の煮付け、揚げ物、一通りのものが揃っているが、やたらと目を引いたのがカボチャとあずきの煮たもので、異様にたくさん置いてあって半額になっているものもある。

(そうか、今日は冬至だ)

 田舎ではいつも母が健康にもいいからと、22日前後には必ず作ってくれた。懐かしくなって、

(どうせ帰ってすぐ食べるんだから)
 と半額のをかごに入れる。

 スーパーからの帰り道は、強風が吹き荒れ、目にゴミが入ったりして、やっとの思いでアパートに戻った。

 食事の後、紅茶を淹れ、気ままに本を読んだり、TVを観たりした。

 お風呂を沸かして入った。今日は入浴剤を切らしていたが、銭湯はこの間のことがあって、しばらく自粛している。


  天皇誕生日は冬休みに入ってるから、全然ありがたくない。

   松崎はクリスマス・プレゼント、ケイタイストラップだけでいいよ、と言ってくれたが、やはりそれだけでは少しもの足りないと思って、ブランチの後、一人で新宿高島屋へ出掛けた。素敵なプレゼントを考えたのだ。

 まず駅前の合鍵屋さんへ行き、アパートの合鍵を作ってもらった。五分もかからなかった。

 そして高島屋へ向かう。キーホルダー売り場であれこれ迷ったあげく、黒い革の小さいシンプルなのに決め、店員を呼ぶ。

「このキーホルダーに、これを付けてラッピングして頂きたいんですが…」

 店員に鍵を見せる。店員さんはにっこり笑って、

「かしこまりました。それではサービスカウンターの方へどうぞ」

 いつもの高島屋のバラの花の包装紙ではなく、クリスマス用のラッピングにしてもらった。

 その後、高島屋の中に入っている東急ハンズで、ストラップを包む為のラッピング用品と、メッセージカードを買って、サザンテラスにあるスタバへ向かう。  

 道ゆく人たちは、しっかりとコートに身を包み、マフラーをして、気のせいかみんな前かがみで、スタスタと歩いて行く。中には帽子を被っている人もいる。曇り空で寒く、顔に力が入る。

 ここのスタバはいつ行っても混んでいるが、辛うじて狭い一人用の席を確保し、荷物を置き、財布とケイタイを持ってカウンターに並ぶ。スターバックス・ラテを注文し、席へ運び、サザンテラスを眺める格好で座る。

 時刻は三時半を過ぎようとしていた。

 しばらくぼうっとサザンテラスを眺めながら砂糖を入れてゆっくりかき混ぜて、少しずつ口へ運び、一息つく。

 買って来たメッセージカードは、全体がエメラルドグリーンで、中央に色とりどりの飾りが付いているもみの木が描かれていてるデザインだ。銀色のラメがちりばめられていて、まるで雪が降っているよう。

 松崎にメッセージを書いた。


 大好きな大ちゃんへ

 大ちゃんと三度目のクリスマスを迎えることができました。とても幸せです。大ちゃんがいることで、私はいつも穏やかで優しい気持ちでいることができているように思います。安心感があるのです。大ちゃんは私が困っているときいつも助けてくれます。どんなに心強いことでしょう。この間ご実家に初めて泊めて頂いて、すごく距離が近くなったように感じてとても嬉しかったです。大ちゃん、これからも末永くよろしくお願いします。研究がんばってね、応援しているよ。私も大ちゃんに負けないようにいろいろがんばりたいです。Merry Christmas!!   理美より


 それから奈歩と松崎にメールをした。奈歩には早苗の妊娠のこと、松崎には明日の待ち合わせの碓認メールだ。 

   その後、持って来た文庫本をたっぷり一時間は読んだだろうか、ふと顔を上げると外はとっぷり暗くなっていて、イルミネーションが点灯していた。ちょっと色を使い過ぎな気もしたが、賑やかで綺麗だったので、しばらく眺める。

 この三年間、松崎とは特に何の疑問もなく、当り前のように付き合ってきた。だから誕生日やクリスマスといった記念日に心細い思いをすることはなかった。でもこうやってサザンテラスを行き交う人を眺めていると、いろいろな人がいて、必ずしもクリスマスを喜べない人だっているのかなぁ、などとぼんやり考えた。緑は外泊できるかな…。

 東中野に戻り、帰り道に近所で豚肉と豆腐を買う。閉店間際だったのでまけてくれた。

 誰もいないアパートに入り、留守録を解除して、音楽をかけ、料理を始める。料理と言うほどのものではない、いつもの豚肉と豆腐の塩コショー炒めだ。食に関して割にグルメな面はあるけれども、日常的には健康と美容だけを気にしている。豆腐は、特にあの店の豆腐は、イソフラボンがたっぷり含まれているだろうし、豚肉に含まれるビタミンBは肌のトラブルにいいみたい。それで手っ取り早く摂取できるこのメニューをあみ出したのだ。味もいいし、何と言っても飽きがこないのがいい。

 食事の後、明日着て行く服をコーディネートした。松崎はどうやら何か考えてくれているらしい。
 この間倹約して買った、グレーのアンサンブルのニットが、いよいよ出番だ。パール(イミテーションだが)のコロコロしたボタンが付いている。スカートは前から持っている黒と白の細かいチェックの、脇に黒いベルベット素材のリボンが付いているのにしよう。

 ストッキングがまともなものがなかったので、坂の上のコンビにまで買いに行くことにした。幸いさっき新宿から帰ってきてからまだ部屋着に着替えていなかった。
 軽く化粧をし、髪を整える。

 茶色の、お母さんから買ってもらったコートを着て、ブーツを履き、コンビニへ行く。

 昔は、そう遠くない高村くんに出会う前の私だったら、たかが近所のコンビニに行くのに格好に気を遣うなんてことはなかったのだが…。あんな事があってからも、心の奥底で、まだ高村くんをすっぱり諦めることができないでいたのかもしれない。

 細い住宅街の道沿いには、今日も各家が競い合うようにして、イルミネーションを賑やかに点灯させている。

 コンビニが見えてくる。闇の中にポッと浮いたように見える。

「いらっしゃいませこんばんは」

 ここの店員のお決まりのあいさつだ。いつも思うのだが、コンビニの店員のあいさつに応える客っているのだろうか…。

 店内のお客さんを碓認しながら、まずストッキングのコーナーへ。思いの他結構充実した品揃えで、私がイメージしていた、黒い細かい網タイツもあったので、迷わずそれに決める。それからちょっとデザートのコーナーを覗きに行く。

 高村くんはいなかった。いなくて少しがっかりしたけれど、ホッとした部分もあった。帰りも、もう高村くんの部屋の明かりを見に行ったりはしなかった。