RIKAの日常風景

日常のちょっとしたこと、想いなどを、エッセイ風に綴っていく。
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連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.24

2008-12-27 12:50:09 | 連載小説


     §

  「クリスティーヌ」は中学の頃から地元でよく行っていた喫茶店だ。

 香織は白いブラウスにロウバイの花に似た綺麗な黄色のカーディガンを着て、下はブルージーンズ姿。足元を見ると、先が尖っている華奢なピンク色の靴で春先取りといった感じだ。私は黒のタートルネックのセーターを着てきてしまったので野暮ったかったかなと後悔する。

 今、香織とこの店自慢のスパゲッティグラタンを食べ終え、フランス旅行の土産話を聞いているところだ。

 「パリって私初めてだったんだけど、なんか街全体が古い石造りの建物ばかりで歴史の長さを痛感したわ。クリスマスだったからシャンゼリゼ大通りのイルミネーションがそれはそれは綺麗で。街の中も至る所でライトアップされていて、石造りの建物にすごく似合っててね。カフェもね、スタバとかドトールとかは一軒もなくて、みんな老舗の個性のあるカフェでね…」

 その後は地元の同級生の話題に移った。誰と誰が結婚したとか、誰々が子供を生んだとか、誰々はどこに住んでいるとかどこで働いているとか、そういう話だ。  
 それから私は香織に高村くんの話をした。香織には高校時代須藤のことでさんざん相談にのってもらっていたことがあったからだ。

「須藤にすごく似ているの。私ね、須藤との叶わぬ恋の続きをさせてもらったような気がしてね。でも高村くんには彼女さんがいて、駄目元で告白したけれどそういうつもりはないって言われて。友達としてこれからも、って言ってくれたけれど、自信なくてね。一か月半二股みたいなことしちゃったけど、中途半端はよくないと思って今はもう連絡してないんだ。松崎には本当に悪いことしたよ」

 すると香織が、

「そんなことがあったの。似た人を好きになるってあるんだね。理美って大人しそうに見えて結構すごいことしてんだ」
 と言った。

 それから母のことも話した。香織は中学から母を知っているから、とても心配してくれた。
 スキーは誘ったけれど、香織は元来運動が苦手で、遠慮された。                              
 喫茶店を出ると、なんと5メートル先も見えない位の激しい雪が降っていたので、車で来た香織に送ってもらった。    

 翌日はカーテンを開けると雪はぴったり止んでいて、まさに一面の銀世界だった。庭の木はみんな厚ぼったい雪の帽子をすっぽりと被り、空気は澄んでいて、鳥たちはどこへ行ってしまったのだろう…辺りはシンと静まり返っている。  早起きした。スキーに行くのだ。最近都会っ子はスノボースノボーと騒いでいるが、今日行くメンバーは皆小さい頃から専らスキーヤーで、私もそうなので、暗黙の了解でスキーになった。

 地元の男の子と小・中学校の頃は学校以外の場所で会ったりすることはおろか、教室にいてもろくに話もしなかったのに、今の年になって、何故かいろんなルートで連絡が来るようになってアットホームに話せるようになった。

 地元から東京の大学へ行った、しかも華の?女子大と、イメージばかりが膨らんで、興味本位で連絡してきたのかもしれないが、理由は何であれ、古い知り合いからの音信っていうのは嬉しいものだ。

 目を擦りながら下に降りると、母はもう起きていて、私の為にバランスの取れた朝食をテーブルに並べていてくれた。

「スポーツするんだから、しっかり食べて行かないとだめよ」
 その後部屋に戻って、二階の洗面所でよく洗顔し、コンタクトを入れ、部屋でお化粧をした。昨日香織に頼んでドラッグストアに寄ってもらって、ひやけ止めクリームを買っておいて良かった。それをまず顔にまんべんなく伸ばし、白っぽいのがなくなるまで薄く伸ばす。色が不自然にならないように首周りにもつけた。  一通りベースメークをした後、アイシャドウ、マスカラ、チーク、最後に口紅を塗る。少しは東京の女子大生的な演出をしようと…。

 昨日の夜に倉庫から出して手入れをしておいた板と靴、それにゴーグル、帽子、手袋、リフト券入れなどを玄関に出し、外を見ていたら、七時きっかりに迎えの車の姿が見えた。車にはもう皆乗っている。
 女一人でも、不思議と松崎に対して後ろめたいとかそういう思いはかけらもなかった。地元の男の子には、家族のような雰囲気がある。

 特に気のない異性と遊ぶって楽しいものだ。今日は女一人だから見えない競争心もない。

「昨日どっかり降ってくれて、しかもこんないい天気でオレらついてるなぁ」  
 隣に座っている佐藤が言った。メールをよこしてくれた子だ。

「スタッドレスが最も噛みやすい雪だ」
 運転手の齋藤も上機嫌。 
 そんなことをしゃべりながら、私はなるべく楽しい雰囲気になるような話題を出し、三人の話にも耳を傾けた。当然のことながら私は松崎の話は一切しなかった。三人も、別に私のプライベートに踏み込んで来ようとするトークはなかった。まるで中学時代から、何も変わっていないかのような、この安堵感はなんだろう。

 アルツ磐梯スキー場には順調に1時間半で着いた。時間も早かったから、駐車場も遠くに誘導されずに済んだ。

 最高のコンディションでできるスキーはなかなかないものだけれど、今日は、天気、雪質、混み具合、眺め、どれをとっても申し分ない。

 齋藤はかなりの回数行っていて、アルツもよく来てるって言うことで、コースは彼の勧める頂上の方を選んだ。四人共レベルは十分上級者コースを滑れるぐらいだ。
 最初の方の四人乗りリフトはよかったのだが、上に行くに従って二人乗りリフトになって、齋藤と乗り、変な気分で緊張してしまったが、気持ちが弾んでいたし会話に困ることもなかった。でも、やっぱり二人乗りには好きな人と乗るのが一番。テストが終わったら松崎と行こう。

 夢中でスイスイ滑って、5回目のリフトに乗っている時腕時計を見るとあっと言う間に12時を回っていた。

 お昼は山の中腹にあるレストハウスで食べようと言うことになり、スキーを脱いで雪に刺し、建物に入る。

 混んでいたけれど、四人で目を光らせていたら空いて、すかさず帽子とゴーグル・手袋を置く。あまり高級感はないところで、学食にあるような、薄いオレンジ色のプラスチックのお盆を持って並ぶ。私は丼物の列に並びタコライスを注文した。スキー場にしては安い500円。

 少し女らしいことをしてみたくなり、セルフの水をみんなの分注いであげた。  
 席に着くと、佐藤が、

「オレ、ケイタイ落としちゃったみたいなんだよね…超ショック」
 と項垂れる。ゲレンデに落としたとしたら絶望的だが、

「探してみようよ」
 と私が提案したけれど、佐藤は、

「いや、いいよ。あれもう二年以上使ったし、メモリのバックアップ取ってあっから大丈夫」
 と言うので、途方もない捜索は免れ、取りあえずみんな空腹を満たした。

 午後もたくさん滑った。でも途中から吹雪いてきたので、リフトはまだ動いていたけれど、早めに切り上げて帰った。  

 その夜、私も万が一なくした時のために、めぼしい人の番号・メアドを手帳に書き写した。高村くんのも…。

 次の日は曇りだった。長澤さんと姉は川越から車で来ていたが、午後帰るということで、便乗させてもらうことにした。長澤さんも姉も公務員だから休みはゆっくりだ。帰省ラッシュはとっくにピークを過ぎていて、東北自動車道も空いていた。

 私は一人後部座席に座り、気を遣って二人の喜ぶような質問をしたりしてみる。

 長澤さんの運転は松崎に似ていた。いたって安全運転、無理は一切しない。  

 私は車窓からの冬枯れの景色を眺めながら、11月に皆でりんご狩りに来た時のことを思い出していた。

 四季の移り変わりというのは神秘的だ。私はたまたま四季のある国に生まれ、春夏秋冬の存在を当然と思っているけれど、実はこんなに美しい四季のある国って世界中探しても稀なんじゃないか。四季があることは、感情や言葉の幅も広がって、繊細さを育ててくれる気もする。

 長澤さんは、東中野まで送るよ、と言ってくれたけれど、さすがに悪い気がして、
「埼京線使えばすぐですから」
 と気を遣わせないように明るく言って、川越駅で下ろしてもらった。

 シャレでもないが、埼京線は最強に速い。駅と駅の間が長くてかなりスピードを出す。新宿まであっと言う間に着き、懐かしの黄色い電車に乗る。

 三年も住んでいると、こっちにも『帰って来た』という感覚がある。ギンザ商店街の喧噪、早稲田通りの車の混雑、近所の豆腐屋さん、お肉屋さんは年が明けても何ら変わっていない。

 エレガンス東中野に着くまでの間、私は一つのコトを執拗に考えていた。年賀状だ。ここ最近は毎年35~40枚ぐらい出しているけれど、出した人が100%返事をくれるかというとそうでもなく、大抵20枚やそこらで、そのくせ出していなかった思わぬ人から2~3枚来ていたりする。

 エレガンス東中野に着いてドキドキしながらポストを開ける。先に届いた順に積み重ねられているからその順番を壊さないようにそっと取って今すぐにでも全部見たい気持ちを抑え、一番上の数枚だけ眺めながら階段を上り、鍵を開け部屋に入る。

 松崎のもあった。でも明らかに後出しと思われる位置に。でも嬉しかった。それにしても干支に関係なく堂々とルルの写真だけって言うのも松崎らしい。

 その夜、久しぶりに松崎の自宅にお電話をした。ご両親に新年のご挨拶を兼ねて。松崎にライヴのお礼と福島での5日間の話をした。スキーの話は隠さず自然と言えた。松崎も、怒らなかった。