RIKAの日常風景

日常のちょっとしたこと、想いなどを、エッセイ風に綴っていく。
今日も、一日お疲れさま。

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.9.10

2008-12-16 14:35:29 | 連載小説
   


  §


 天気予報は、仙台で初霜を観測したと告げた。

 週明けの月曜日、四限の後、学内の喫茶店で奈歩と私は、緑に会いに島根に行く計画を立てていた。

 飛行機じゃ高いから夜行バスにしようと言うことになり、日程は緑の誕生日に一番近い週末の、12月6日金曜の夜出発、ということにした。

「緑には言えないけど、私、昨日の新聞で、工藤勇哉の会社が倒産した記事を見たの。工藤って、関西でも指折の不動産会社の社長だったのね、あんなに若いのに…。それもそうよ、私たち三人にティファニーのネックレス買ってくれたんだもんね、やっぱり普通の人じゃなかったんだ」
 その不動産会社は、かなりの数の物件の住宅ローンを水増しして組み、一年間でおよそ7000万の利益を得ていたことが明るみに出たのだった。緑は、誰がどこから見ても悪い男に引っ掛かったという構図になる。

 次の日の夜、私は翌週に提出予定の応用物理学実験のレポートを、例のファミレスでやっていた。今回は「弾性体の共振現象」というテーマで、前回の「ホログラフィー」に比べると分量も少なく、だいたい見通しはたっていた。

レポートに取りかかりながら、高村くんのことを考える余裕もあった。
 この間、ここで夕食を食べた時、高村くんにケイタイの番号とメールアドレスを教えてもらっていた。それは、既に登録済だった。早々と登録はしたものの、彼女さんがいることに気を遣って、そして、自分も松崎がいる手前、ためらわれて、あれからメールはしていなかった。でも、レポートに飽きて、高村くんのメールアドレスを凝視し、メールしてみたくなった。

「夏木です。この間は偶然お会いでき、夕食ご一緒できてとても楽しかったです。ところで、今日は銭湯に行く予定はありますか?」
 自分でもびっくりした。夜中のデートに誘ったようなものだ。送信した後ものすごく後悔した。
 2、3分して、すぐ返信がきた。緊張して受信ボックスを開く。

「僕も今日は銭湯行くつもりです。よかったら12時にロビーで待ち合わせましょう」
 おいおい、いいのか?彼女さんいるのにいいのか?今日は思いきって彼女さんのこと、聞いてみようか。
 私は急にそわそわし始めた。よし、レポート提出までまだ日数あるし、今日はここで終わらせてアパートに戻ろう。
 帰り道、久しぶりに豆腐屋さんに寄ってみた。なんだか心が弾んでいておばちゃんに初めて話しかけてみた。
「私このすぐ近くのエレガンス東中野に住んでいるんです。ここのお豆腐はスーパーのと全然味が違いますよね。いつも朝早くから作ってらっしゃいますよね?この間朝早くドライブに出掛けた時、5時半頃ゴミを出しに下に降りたらもう開いていたので…」
 いつもの1個150円の大きめのお豆腐一丁を、容器に入れるおばちゃんの手付きを眺めながら、そんな風にベラベラとしゃべった。
 するとおばちゃんは顔をくしゃくしゃにして、
「そうなんですよ。豆腐屋はみんな早起きなのよ。うちはね、ほら、そこの小学校あるでしょ、あそこの給食に使ってもらっててね。それでなんとかやっていけてるんですよ」
 私はおばちゃんの話を聞いて、地域の商店っていうのはその地域と密接に関わっているんだな、と妙に納得した。

 夕食を簡単に済ませ、早速うきうきして、どの服を着ていくか選ぶ。

「たかが銭湯に行くのに、オシャレしたら変だよなぁ。さりげない普段着ってどんなかなぁ…」
 結局色々悩んだ末、黒の五分袖のニットにジーンズにした。でも今日はL.L.Beanのフリースではなく、赤いPコート。
「ブーツじゃ大げさかなぁ」
 近所に買い物に行く時によく履くプーマのスポーツシューズに足を入れる。

 銭湯では、はりきって体を磨いた。もしかして、もしかしてロビーで話した後…とはまさか思わなかったけれど、高村くんと私なら、何があってもおかしくはないように思われた。つまり、高村くんは彼女さんがいるのにこの間私を夕食に誘ったし、私は私で松崎がいるのに今日高村くんを銭湯に誘った、そして二人共その誘いに乗ったこと。そんなイケナイ二人なら何かあってもおかしくはないじゃないか。『二股』の二文字が頭に浮かんだ。

   早めにお風呂から上がる。時刻は11時20分。今日は入念にドライヤーで髪を乾かす。替えの下着は、自分が持っている中で一番高く気に入っている、表参道で夏のバーゲンに買った青紫色のフランス製のエレガントなのにする。半額になっていたにもかかわらず上下で8000円もしたもの。

 鏡の前で自分の顔をじいっと見て、風呂上がりにおかしくない程度のナチュラルメイクにすごい時間を使って、自然なまゆを描き、薄くピンクのグロスをぬる。髪は、ワイルドさを出そうと思い、わざと束ねずに、前髪と脇の髪だけをざっくりとバレッタで後ろに一つにする。私は、髪質にだけは自信がある。特に整髪料をつけなくてもツヤのあるサラサラのストレートで、松崎も私の髪を触るのが趣味だ。

 11時45分。ロビーに行く。心臓がバクバクいう。今頃高村くんは、このすぐ後ろで湯船に浸かっているんだろうか…。

 11時53分。緊張でたまりかねて、内容に集中できないと分かっていながら新聞を取り、読んでいるような格好をする。

「あ、夏木さん、どうもお待たせしました」

 11時59分、彼が上がってやってきた。約束は冗談じゃなかったのだ。白いTシャツにジーンズ姿が、これ以上ないほど爽やかだ。
 大画面の深夜のニュースを眺めながら、私たちはその夜、銭湯が閉まるギリギリまで、身辺のこと、サークルのこと、最近のニュースの話題、高田の馬場のよく行くお店のことなど、色々語り合った。

「この間もバリ島でテロありましたよね。ニューヨークのテロ以来、世界情勢が不安定ですね…」

 それから私は、この間の彼女さんのことを聞いてみた。

「美雪は、同じ広島出身で。彼女とは地元で同じ高校で、高校一年の時から付き合ってて…。オレにとって美雪は、青春そのものです。地元では、よく自転車の後ろに乗せて、出歩いていました。海にもよく行きましたよ。オレの青春は、美雪といることで生き続けるんです。こんなこと言うと傲慢かも知れないけれど、美雪にとってもオレに変わる人はいないと思ってます。美雪は、聖心女子大ってとこに通っています。一人暮らしです。彼女は、何度も同棲したいって言うんですけど、オレは学生の間は自分の時間も大切にしたくて…。いい距離感で付き合えていますよ。いずれ社会人になって一緒に住むつもりです」

 一時になったので銭湯を出る。ここの銭湯の閉店の音楽は蛍の光ではなく、グリーンスリーヴスによる幻想曲だ。銭湯にしてはなかなかシャレている。

 ツンとした寒さが身にしみる。

「この近くに公園があるんですよ」  と、私を促すように目配せして歩き出した。そんなに大切な人がいるのに私なんかと夜中の公園に行っちゃっていいのかな…。こういうのがいわゆる『二股』って言うんだろう、と言う後ろめたい思いが、頭をよぎった。けれども、この先の公園での彼との時間を想像すると、どうしても自分の気持ちを止められなかった。

 その公園は、以前散歩をしていて立ち寄ったことのある所だった。ベンチが二つあって、無造作に高くもない低くもない木がざっと15本ばかり植えられている、ひっそりとした公園だ。

 高村くんと私は、奥のベンチに腰を下ろした。

「…オレ、将来は新聞記者になりたいって思っているんです。国際政治にすごく関心があるので、できれば特派員とかになって、世界の情勢を伝え、その後40ぐらいで独立して、ジャーナリストやルポライターになれたらいいなっ、なんて思ってます。今、サークルでは、いろんな業界の人に会って、インタビューしたりして、すごく充実しているんです。マスコミってすごい力があるなって感じています…」

 なんだか眩しかった。それに引き換え私は、三年も半分を過ぎたと言うのに、未だに将来の方向性はぼんやりしたままだ。

「オレ、九月に二十歳になったんですけど、サークルの先輩に誘われてM党議員の選挙活動のお手伝いをしているんです。少しの力かもしれないけれど、オレ、何かせずにはいられなくて…」

「へぇー、高村くんは本当に精力的に活動しているんだね」  私は誉めてあげた。

 前の家の二階の部屋に、ふいに明かりが点く。ちょっと緊張したけれど、考えてみれば傍からみれば恋人同士に見えるだろうから、怪しまれる心配もない。

 静かな夜だった。木々も、まるでこちらの話に耳を傾けているように、息を殺して立っていた。空を見上げると、月明かりで意外と明るく、星もたくさん出ている。高村くんは、話題を変えた。

「夏木さん、ランボーっていう詩人をご存知ですか?オレ高校の時に彼の詩に出合って、とても興味を持って。第二外国語フランス語にしたのは、ランボーの詩を原書で読みたかったからなんです。けっこう文法難しくてまだほんの一部分しか読めていないんですけど。日本語訳はもちろんあらゆるものを読み尽くしていて。ランボーの詩は、あの荒々しい文が生き物のようで好きなんです。まるで紙から飛び出してくるような…。そんなエネルギーのたくさん詰まった詩に触れると、自分の心の中と一体化して、逆に気持ちが安定して、精神が研ぎ澄まされるんです」  

高村くんが自分のことを、こんなにありのままに、素直に、情熱的に話してくれていることが、私に気を許してくれているなぁ、と感じて、愛おしかった。しかも今は深夜の三時。とても不思議な時間…。

「高村くんって、何て言うか、ちゃんと目的をもって生きている気がする。私はさ、もう三年なのに勉強も中途半端で、少し自慢できることって言ったら一年からずっと続けている体操と、家庭教師のアルバイトぐらいかな」

「それはすごいことじゃないですか?夏木さん、体操やってる雰囲気ありますよ。続けていることは大切にした方がいいですよ。あっ流れ星!」

 高村くんが空を指差す。私にも最後の尾だけ辛うじて見えた。

「うわぁ、東京のど真ん中で流れ星なんて見たの初めて」

 なんだか、また運命を感じてしまう。でも、自分の気持ちはまだ言えない。言うべきではない。言ったらまた須藤の時のように終わってしまうのが怖かった。  

 本当はすごく寒かったはずなんだろうけれど、気持が高潮していたせいか、そこで四時まで話していても寒いと思わなかった。

 朝方、高村くんと別れ、まだ興奮はしていたがさすがに睡魔が襲ってきて、奈歩に一限流体力学の代返を頼むメールを打ち、ロフトで爆睡した。


 起きたら十時だった。二限が空きだから、久しぶりに落合駅から東西線に乗り、早稲田のラウンジへ行く。

 ラウンジには修平がいて、後輩の男の子二~三人とだべっていたが、私に気が付くと修平は、後輩の子たちを残し、

「理美ちゃん、ちょっと相談したいことがあるんだけど…」  と言って、カフェテリアでお茶しようと言うことになった。

「修平さん、いいんですかぁー?松崎さんにおこられるんじゃないですかぁ?」  後輩のひやかしの声を尻目に、カフェテリアへ向かう。
 カフェテリアで飲み物を注文し、席に着くと、修平が切り出した。

「相談っていうのは…」
「奈歩のことでしょう?」  私は先走って言った。

「やっぱわかちゃった?っていうかオレ昨日、サークルの一女から告白されたんだ。オレ、それまでその子を、全然意識したことなかったんだよね。なのにその子、四月に会ってからずっとオレのこと好きだったって…。でもさ、オレ、即答できなかった。可愛い子なんだけど、オレ、どうしてもまだ奈歩ちゃんが諦められなくて…。でもさ、オレ奈歩ちゃんにはもう既に振られてるわけじゃん。その子には、少し時間くれる?って言ってあるんだ。オレ、その子のこと全然知らないし、合うか合わないかなんてわからない。もしかしたら好きになれるかも知れない。けどさ、オレ、恋愛でだけは妥協したくないんだよね。恋愛で妥協するくらいなら、原宿のど真ん中で腹踊りした方がマシだって思うくらい。理美ちゃんの言う通りにするから。ね?オレどうしたらいいかなぁ…」

 それで、私は、いつも持ち歩いている私の恋愛のバイブル…廣瀬裕子の『LOVE BOOK』…を取り出し、次のページを修平に見せた。

     
   あきらめること

 気持ちはしばることができない。
  だから、自分の思いとちがっても  
  あきらめなければならないこともある。
  どんなに自分がすきでも  
  相手に気持ちがないとき、  
  その人の感情が冷めてしまったとき、
  はなれていく気持ちは、  
  だれにも止められない。  
  しばれない。  
  それは、苦しいことだけど、
  あきらめることが、
  さいごの愛情になる。  

  がんばれば、
  あきらめなければ、   
手に入るものは、
 いくつかある。
  だけど、
  人の気持ちは、
  それとはちがう。
  すきだからあきらめる。  
  こころを整理する。
  つらくてもさいごに  
  そういうことが必要なときもある。

   修平がいつになくしょんぼりしてしまった。
「…わかった。オレ、奈歩ちゃんを諦めるよ。その子に前向きな返事をするよ。理美ちゃんありがとう」

 私は、修平の悩みは痛い程わかった。高校一年で、同じクラスになった須藤に告白したけれど振られ、そして、三ヶ月後告白された他の子と付き合った経験を思い出していた。両想いなんて、この世には存在するのだろうか。  でも、私は修平を励ましたくて、こう付け加えた。

「でもね、奈歩、この間の紅葉ドライブの時、修平のことは好きか嫌いかって言ったら好きな方だって言ってたよ。修平のユーモアのあるところが、好きだって…」
 修平は力なく笑った。
 それから昼食を簡単に済ませ修平と別れて、坂を上って三限に出席した。



     §


 東京も最近では吐く息が白くなり、朝起きだすのが辛くなってきた。ベランダから見えるモミジの木が、紅葉の最盛期だ。

 私は、一年のゴールデンウィーク明けから家庭教師のアルバイトをしている。今は、ユウナちゃんという中学二年生の子をもっている。基本的には毎週木曜の八時から二時間で、都合の悪い時には火曜にしてもらうことが多い。中間テストや期末テストの直前には土曜日もやってあげたりする。東池袋なので、大抵は木曜のデンマーク体操の後、徒歩で行く。有楽町線は走っているけれど、護国寺に歩いて行くのとユウナちゃんちに行くのがだいたい同じくらいの距離なので、歩くことにしているのだ。途中にはお墓があったりする。あまり歩いていて楽しいコースではない。ユウナちゃんちも高速道路の真下で、けっこう騒音がする。

 家庭教師を付ける家庭には、二通りあるような気がする。いわゆる教育ママがいて、東大や医学部などに我が子を入れたいが為に付ける裕福な家庭のタイプ、それから、成績が悪くてどうしようもないとか、いじめにあっていてお友達がいない子などに付ける、ごく普通の家庭のタイプ、ユウナちゃんちは後者だ。

  ユウナちゃんのお母さんは化粧品の販売をしている。その上、週に2日は、夜中パン工場のアルバイトにも行っていて、工場からもらってくるパンを、私もよく頂く。美味しいし、一人暮らしにはとても助かっている。ユウナちゃんのお母さんは、いつも家の中でも目のさめるような朱色の口紅をしている。でも、人は見掛けで判断してはいけないということをこのお母さんから学んだ。とにかくすごく人がよくて、私のことをまるで神様のように扱ってくれるのだ。こんな経験は今までなかった。ユウナちゃんもお母さんに似て、とても素直ないい子だ。でも勉強ができない。来年は高校受験だから、と言う事で四月から家庭教師を探していて、私が派遣されたのだ。
 三月までで終わった子の後、場所等の条件を出して、しばらく紹介待ちをしていたところだった。派遣会社を通しているので、時給1600円と、家庭教師の相場としてはそれほど高くはないが、立ち仕事などに比べると楽だし、早苗のように、大勢の生徒を前に講義する塾講師は自信がなかったのと、家庭教師のある日は、食事の心配をしなくていいのが気に入って続けている。

 ユウナちゃんのお父さんは自動車整備士で料理も上手く、いつも行くと最初にお父さんの手料理が出てくる。

「こんばんは。おじゃまします」

 私がピンポンを押すと、お母さんがまず出てきてくれて、その影からユウナちゃんがはにかみながら挨拶する。ユウナちゃんの家は平家だ。けして広くはない。そしてズングリムックリな三毛猫がいる。名前は「くり」。

 ユウナちゃんの下には妹がいる。まだ小学二年生だ。普段は二人同じ部屋を使っているが、家庭教師の日は妹がお茶の間に移ってくれる。

 ユウナちゃんの部屋には二段ベッドがあって懐かしい。私も小さい頃は姉と二人部屋で二段ベッドだったからだ。ユウナちゃんはいつもコロンを付けている。私は中学二年の時なんてコロンはもちろんのこと、リップすら付けなかった記憶がある。
 ユウナちゃんは国語や社会はまあまあできる。だから都合がいい。なぜなら私は国語や社会が苦手だからだ。それで、いつも数学、英語を中心に指導している。たまにテスト前は理科も教えたりする。

 でも、私の仕事は勉強を教えるだけではない。ユウナちゃんの学校生活の悩みなんかを聞いたりしてあげるのだ。もしかしたらそっちの方がメインかもしれない。ユウナちゃんの悩みは色々ある。部活の苦手な先輩のこと、席替えで一番前の席になってしまったこと、好きな子がいるのだけれどその子には別に好きな子がいると最近分かったこと…などなど。ごく普通の中学生だ。

 今日もお父さんの手料理(今日はマーボー豆腐だった)を食べながらユウナちゃんは学校での出来事を話してくれた。家庭教師の日は家族が気を遣って、夕食はユウナちゃんの部屋に持って来てくれて二人で食べるのだ。私はこの食事の時間もユウナちゃんを知るために貴重だと感じている。

 ユウナちゃんは中学二年生とは思えない、私も羨ましく思うほどのナイスバディだ。小柄だけれども胸がすごく大きくて(あれはきっとEカップくらいだろう)足は細くて、まつ毛がすごく長くてつぶらな瞳で…なのにいつも自信なさそうなオドオドした眼差しをしている。そんな表情とは裏腹に、本人も自分の大人っぽさを意識しているのか、いつもきわどい服を着ている。それにしても、どうしてこんなに不安そうなのだろう。私は彼女に自信をつけさせてあげたいのだ。

 今日も、マーボー豆腐を食べながら、

「くりはいいなぁって思うんです。何にも苦労しないでいいんだもん…」  その発言には、さすがにどういうフォローをしていいか分からなかった。

 自信をつけるには、とにかく少しでも、日常の授業について行けるようになるのがまず一番だ、と思い、食後に早速問題に取りかかった。

「三角形の内角の和は180度である、っていうのはこれからも色々応用で使うから、今日はなぜそうなるのかを証明してみようね。一回ちゃんと理屈を分かって覚えると、忘れないから心配ないよ」

 ユウナちゃんはちょっと身構える。

「それじゃあいくよ。この三角形ABCのそれぞれの頂点の角度をa、b、cとするね。まず、辺ACに平行な線をちょうど頂点Bが重なるように引いてみて。…そうそう。そうするとaの同位角はどこでしょう?」

「ここ?」

「その通り。しかも平行線の同位角だから角度も等しいね。それじゃあついでにcの錯覚はどこでしょう?」

「ここ?」  ユウナちゃんはちょっと迷ったけれど当たっていた。

「そうだよ!よく覚えていたね。それで平行線の錯角も等しいんだったよね?っていうことは、見てごらん。abcが一直線上に並んだでしょう。だから180度となります」

「うわぁ本当だ。私ずっと分かんなくて」  ユウナちゃんの顔がパアッと明るくなった。

 その日は、いつもにも増して満たされた気分で、足取りも軽く家路に着いた。

 大学生になって、自分が何か役に立つことをしていると感じるのが、家庭教師をしている時だ。少なくともそこでは私はまぎれもなく『先生』であり、良いことをしてお金を頂いている。自分の存在が人のためになっているなんてこんないいことはないじゃないか。




連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」vol.6.7.8

2008-12-15 20:23:26 | 連載小説
 
  アンコールの声が多かったので、
  思い切って、小説、再開します。

  少し季節逆戻りしてしまいますが、急ピッチで挽回します。



   楽しい連休が終わり、また平凡な日常が戻ってきた。

  デンマーク体操部は、体育会系の部活としては不真面目な方で、目白祭が終わってから一月の試験が終わるまでは週二、月曜と木曜だけの活動になっていた。活動内容は夕方五時から六時までは「アップ」と言って、学生だけで準備体操のようなものをする。そして六時から後半の一時間は、コーチが来て、コーチの指導のもと、音楽をかけながら体を動かす。コーチは私の大学出身で、デンマークに体操留学したことのある中村コーチ、それに佐々木コーチの二人が交替で来てくれる。中村コーチはバレエ的な動きが得意で、音楽もリラクゼーション的なものが多く、かたや佐々木コーチはパワフルで、音楽も躍動的なものを多く取り入れている。お二方とも、立派な子どもさんのいるお母さんだ。

 デンマーク体操は、勝負や記録を目的としない。万人の健康・体力づくりに焦点を合わせた体操で、動きが上手か下手かということよりも、身体機能のバランスづくりに重点を置き、音楽を取り入れ楽しく動きを消化できるようにしたもので、今、特に中高年の人の間で静かなブームになり始めているらしい。とは言ってもやはり私の部活には、元バレエや新体操などをしていた子が半分以上を占める。  

 今日は中村コーチの日だった。中村コーチはプラダのバッグを何種類も持っている。今日はベージュのトートバッグだ。
 坂本龍一の音楽で、ゆっくり首や肩、足首などを回すところから始まる。デンマーク体操の基本は『脱力』だ。いかに大胆に脱力できるかがポイントで、それは一年の時からじっくり繰り返し教わってきた。これをすると、言い様もない快感に浸れる。今日は目白祭の後最初の部活だったので、中村コーチも新しいことは特にやらずに、今まで習ったものの中から優しい動きのものを選んでゆっくりと指導してくれた。

 部活が終わり、目白駅で奈歩や後輩たちと別れる。
 山手線に揺られながら、私は、 (高村優くんに、りんごをあげたいなぁ…)  などとぼんやり考えていた。この間銭湯で会った時、家の場所を聞けばよかったと後悔したが、彼女さんがいたんだから無理もない。

 松崎からは、旅行以来、また連絡なしだった。だからって許されることじゃない、それはわかってる。でも…。波長が合わないことは、今に始まったことじゃない。それなのに、最近は、自分を抑えられなくなってしまった。あの旅行は、せっかく、いい時間だったのに…。

 東中野に着いて改札を出て歩き出す。ギンザ商店街はもう八時だというのに人通りが多かった。私は、今日は何を食べようか、またいつものように豚肉と豆腐の塩コショー炒めでいいか…などと考えながら前方をボーッと見て歩いていると、向こうからやってくる、缶コーヒー片手に優雅に歩くかっこいい人が目に入った…それはまぎれもなく、あの、高村優くんだったのだ。こんなにバッタリ会えるなんて…。私は、目白駅のトイレで化粧を直してきて良かったと心底思った。

「あれっ、偶然ですね。これからどちらへ?」
 私は急に笑顔になって、そう尋ねる。
「いやぁ、夕めし食おうと思って、どっかないかなぁと歩いていたところです。あ、もし良かったら、夕めしまだだったら一緒にどうですか?」
 思わぬ誘いだった。夕食はまだだったから、いや、もし食べた後だったとしても間違いなくこう答えたはずだ。
「ええ、私もこれからなんです。じゃあ、この間のファミレスにでも行きましょうか?」
 私が提案すると、高村くんもそれがいいということで、二人で歩き出した。私は、内心興奮していたが、極力お姉さん面を装い、彼の左側の半歩後ろあたりを、歩く。松崎にこの界隈で会うことはまずないだろう。そんなことをとっさに考える自分もいた。もし、電話がかかってきたらどうしよう、メールきたら返事しないと…など頭をよぎったが、それは、心配なかった。連絡をあまり取らない松崎が、今は有難く思えた。

「あの、この間名前をお聞きしなかったんですが…」  と高村くんが言ったので、
「私、夏木理美って言います。福島出身で、七才上の兄と五才上の姉がいます。高村くんはどちらの出身ですか?ご兄弟は、たぶん、妹さんいらっしゃるでしょう?」  なぜか、まだ他人同様なのに、スラスラと言葉が出てくる。
「オレは広島出身です。兄弟は、夏木さんのご察知のとおり、妹が二人います。あ、偶然ですがオレのおばあちゃんちも福島なんですよ」
「へぇー、福島のどこですか?中通り?」
「いや、浜通りです。双葉郡の小良ヶ浜っていう所で、車で二十分ぐらいのところに原発があるんですけどね。灯台があって、そこからの景色が最高なんです。いつだったか初日の出を見たこともありましたよ」

 高村くんはきわめて明るく、爽やかで礼儀正しい話し方だった。やはり第一印象は外れていなかったのだ。その後は、確か差し障りのない世間話をしたはずだが、心が浮ついていて、何を話したのかも忘れてしまうほどだった。しかし、これだけは言える。見事な程会話が弾んだって言うこと。まだ他人同様なのに…。  彼は途中、コーヒーの空き缶を、自販機の脇に置いてあった空き缶入れに、スルっ、と投げ入れた。その仕草はこれ以上ないほどスマートだった。それに、びっくりしたのは、すごく紳士的だということで、まだ大学一年生には思えない落ち着きがあった。しかしそれは老けていると言うのとは全然違くて、むしろ瑞々しいボイス、表情、話し方、仕草、何もかもが静かな活気に満ちあふれていて、まるで貴公子のよう。

 そうこうするうちにファミレスに着く。
「おたばこお吸いになられますか?」  と店員に聞かれ、二人で顔を見合わせて、
「禁煙でお願いします」  と高村くんが笑顔で言う。
 実は私は、アパートのベランダでは、たまーに、ごくたまに煙草を吸う。メンソールの1mgだ。このことは松崎も知らない。誰にも言ったことがない…秘密だ。フォションのラズベリージャムの空き瓶を灰皿代わりにしている。

 店員は、店の一番奥の窓際の席へ通してくれた。高村くんは一旦家に戻り普段着に着替えたのだろう。フレッドペリーの白いジャージにブルージーンズというラフな格好だった。あの銀色のアクセサリーを今日も身に付けている。

 まるで夢のような時間だった。話題は面白いほど出てきた。銭湯藤の湯のこと、スーパートヨクニのこと、コーヒーが大好きだということ、好きな音楽や映画のこと、意外にも二人共小さい頃うさぎを飼っていたこと、実家は瀬戸内海に浮かぶ島で、中・高バレー部だったということ、お父さんは建築家だということ、大学の講義のこと、お互いのサークルのこと、最近公示になった選挙のこと……。

「コーヒーにはちょっとしたこだわりがあるんです。こっちに来て一人暮らしを始めて、家具とかを買う前にまず真っ先に買ったのが、注ぎ口の長い銅製のポットで…。豆は色々試したんですけど、グァテマラのやや深煎りがオレは一番好きです。コーヒーはオレの生活の中で、かなりのウェートを占めています」

 高村くんとの会話は本当に面白かった。彼は外面だけでも充分かっこいいのに、考え方やセンス、ウィットに飛ぶ話し方といった、ルックス以外のところも本当に魅力的だった。

「それにしても、この間銭湯で会ってからまだ間もないのに、又こうしてお会いするなんて、行動パターンが似ているんでしょうかね」

 などと言ってひとしきり笑い合ったりしたのは、これ以上ない幸福だった。  つい二週間前にあんなに憧れ、望んだ、この人と向かい合うこと、目を合わせること、会話していること、信じられなかった。会話に集中するあまり、何を食べたかもわからないくらいだった。

 ファミレスを出たのは、なんと11時を過ぎていた。ファミレスからの帰り道、私は、そう言えばりんごをあげたいと思っていたことを思い出し、

「この間の連休に実家へ行き、りんごをたくさんもらってきたんです。よかったら少しいかがですか?」  と言うと、高村くんは、
「いいんですか?果物は大好きなんです。広島は温州みかんが美味しいですよ」
 それで、まず私のアパートに寄った。
「ここが私のアパートです。ちょっと待ってて下さいね」
 高村くんを下に待たせて急いで階段を上り、アパートの鍵を開け、りんごを、なるべく大ぶりの色や形のよいものを三個、ランコムの白い小さな紙袋に入れる。

「お待たせしました」  ここで別れても良かったんだが、私は、どうしても名残惜しかったので、
「あ、私、ちょっとコンビニに買い物あるから」
 と嘘をついて、高村くんと歩き出した。
「夏木さんのご実家って、りんご園なさっているんですか?こんなに素晴らしいりんごを見たのは初めてですよ」
 と高村くんが言う。話の振り方とか誉め方がとてもうまいなと思った。私は、自分の実家ではなく父の実家だということや、この間のりんご狩りのことなどを楽しく話しながら、あっと言う間に坂の上まで来てしまった。
「僕のアパートはここ、すみれ荘って言うんです。古いでしょ。でも結構落ち着いてていいですよ。通りにも面してないし。ここの二階のいちばん奥です」
「へぇー、本当に静かでよさそうですね。銭湯にも近いし。今日は遅くまでありがとう。それでは、また」
 さよなら、とは言わなかった。私は高村くんと別れ、満たされた気分でいっぱいになってアパートに戻った。いつもの寂しい銭湯からの道のりが、まるで違って見えて、早々とイルミネーションを飾っている家の横を通ったときなんか、無性にウキウキして、これから始まるこの恋に、躊躇がある反面、もうこの気持ちを止める事なんてできないような気がしていた。



     §

 次の日の金曜日、松崎が珍しく夕食を一緒に食べないか、と誘ってくれた。教授が学会で留守なのに、ちょっと実験に問題が生じ、先に進めないのだと言う。六時に新宿駅東口交番で待ち合わせた。
 ここのところ、急に寒くなっていて、今日は今年初めてオーバーを着てみた。母から大学一年の時に買ってもらった茶色ので、襟刳りには取り外し可能な、黒いファーが付いている。今日はちょっと大げさかな、と思い、外してきた。
「これなら大人になってもずっと着れるわね」
 お母さんはそう言って選んでくれたのだ。

 待ち合わせより少し早めに来て、紀伊国屋書店で立ち読みをして時間まで過ごした。昨日高村くんが話していた国際政治論の話しが気になっていたので、普段は寄り付いた事のないその分野のコーナーへ行き、『難民問題』、『アメリカ主流の世界』等の本を手に取ってパラパラとめくって読んだ。それから楽譜のコーナーに行き、ベートーヴェンのソナタ第十七番『テンペスト』の楽譜をピースで買った。お目当ては第三楽章だ。

 私は小さい頃からピアノだけは続いている。あ、あと体操と日記も。小学校ではバレエを習わせてもらった。小学校三年の発表会では、生まれて初めてお化粧というものを、それも宝塚のようなバッチリした化粧をしたのを、今でもはっきり覚えている。中・高は新体操部で、中学の時は団体で県大会二位になった。あの頃はショートカットで、随分ストイックに練習に励んでいたものだ。日記は中学に入ると同時に始めて、それ以来九年間、ほぼ毎日欠かさずに書いている。
 大学に入ってから、一年の時は何もかもが目新しく、松崎との毎回のデートに夢中で、ピアノを辞めていたことに何の不自由も感じなかった。二年になり、色々と落ち着いてきた時、何か物足りなさを感じて、そうだ、私にはピアノがあったんだ!と、急にまた弾きたくなって、大学とアパートのどちらかに近い教室をインターネットで探した。目白駅から徒歩五分の『アルル音楽学園』という所に決めて通い出したのは、新緑の綺麗な五月の連休が明けた頃だった。今井先生とはとても仲がいい。先生も同じ東北出身だから気が合うのかも。今は月三回レッスンで水曜の八時からだ。

「ごめんごめん。」  遅れたわけではなかったが。
 松崎は、先に来て待っていてくれた。松崎のいい所の一つは、待ち合わせには絶対早めに来てくれるという所だ。昨日の夜の、高村くんと歩いた時のことがまだ頭から離れなかったけれど、松崎に会ったらホッとした。

 夕食は高島屋十三階のパスタ屋さんへ行った。松崎と向かい合って、なぜかいつもよりも親切な自分がいた。高村くんと会ったことへの懺悔の気持があったからだろう。会話も松崎が話しやすそうなことを限り無く優しく、聞く事ができたように思う。意外だったのは、松崎が実験パートナーを嫌っているということだった。

「…女なんだけど、いつも自分の用事でオレに押し付けるんだ…。それに測定の仕方も全然先のことを考えずにやっていて、値はくるってないから良いけれど、なんていうか、話し相手にならなくて…。オレはこの実験にすごく意気込みを感じていて、就職も液晶分野に強いメーカーを希望してて。あ、でもオレ院まで行くことに決めたよ。だから必死なのに、彼女は、ただ出さなきゃ卒業できないからしかたなくやっている感じなんだ。頭にくる…」

 実験パートナーが女だなんて初めて知って、少なからずその女への嫉妬を感じたが、内心にっこりした。松崎もこんなに感情があるんだ。嫌いな人なんているんだって思って。でも、ちゃんと深刻そうな顔をしてこう言った。

「大ちゃん院まで行くんだ。そっかぁ、将来性があって羨ましいな。私なんて、その女と似たりよったりかもしれないよ…。大ちゃん、その人にさ、今度、基本的なことも面倒がらずに説明してあげたら?きっとその人、分からないから面白くないんだと思うよ。私がそうだからよく分かるんだ。」

 我ながらいいこと言った、と思ったら、松崎も、

「そっか…オレはもしかしたらかなりレベル高いとこまで解かってんのかなぁ。好きだから知識は勝手についたんだよね。分かった、ちゃんと優しく説明してみるよ。理美ちゃんナイスアドバイス、ありがとう」

 それから今日は松崎が泊まりたいと言ってきたので、ゆっくりビデオでも観ようと言うことになり、総武線に乗って東中野まで来る。トヨクニの向かいの「ビデオR」で『猫が行方不明』というフランス映画を借りた。

 このビデオ屋さんには、気持ち悪い店員がいる。大槻ケンヂをさらにかなーりオタクっぽくした感じの人で、私と松崎は彼のことを『オタケン』と呼んでいる。真っ黒な油っぽい櫛の入っていなさそうな長髪を、横の髪は垂らし、後ろは一つに束ねている。今日も、いた。私は、その店員に観察されているような一種の恐怖感みたいなものがあって、店に入るときはドキドキするし、借りるものまで気を遣ってしまうし、今日みたいに男と一緒だと、なんとなくその店員の対応が冷たいような気がするのだ。けれども家から近くて種類もまあまあ豊富なビデオ屋さんはここしかないので、しょうがなく使っている。

 アパートへ続く小道に入ると、またあの二匹の猫がいた。私と松崎が立ち止まって、
「チェ、チェッ」  と言うと、
「ニャー」  と気怠そうに鳴いて、それでもやはり逃げようともせず、舌で熱心に体じゅうを舐めまわす。

 アパートに着き、部屋に入る。まずセラミックファンヒーターをつけて、それから紅茶を淹れて、ソファに凭れて紅茶を飲みながらビデオを観た。

 ルルと同じような黒猫を飼っている女の人が主人公だった。ある日猫がいなくなったので家じゅうを探し、近所を探し回り、街じゅうに貼り紙を貼って探したあげく、一週間後に、家の戸棚から痩せ細って出てきた、そんなストーリーだった。大切なものは実は近くにあるんですよ、と言うことを言いたかったのかなと心の中で思った。

 ビデオを観た後、久しぶりに一緒にお風呂に入った。アパートのお風呂は、トイレとはセパレイトになっているが、それでもけして広くはない。私はお気に入りの『バリ島エステ入浴』という水色とオレンジのパッケージの入浴剤を入れる。浴槽に、お互いの足を交差させて向かい合って入る。お湯はちょっと熱めにした。ココナッツミルクのいい匂いに包まれ、ゆったりとリラックスする。しばらく目を瞑ってお湯に浸かっていると、そのうち手持ち無沙汰になり、顔は見つめ合ったまま、松崎の大切な部分を触る。そしてゆっくりと上下にしごき始めた。キスも何回もした。そのうち松崎が、
「理美ちゃん、オレ、もう我慢できないよー。」  と言って髪も体も洗わずにお風呂から上がり、急いでロフトに上って、抱き合った。松崎が私の上に覆い被さり、お互いの背中をさすってきつく抱き締めた。こうするのが松崎は好きだ。そうしてしばらく抱き締めた後、私は顔を下の方にもっていって松崎の大切な部分を優しく舐め滑りやすくして、松崎は優しく私の中に入り、しばらく動かし快楽に浸る。松崎は達する直前にいつも顔を高潮させる、それが合図だ。顔を高潮させてなんだか酔っぱらったようになる松崎が可愛くて好き。

 果てた後、思い出したように枕元のCDラジカセをつけ無伴奏シャコンヌが流れ出す。音楽もかけずに始まるなんてよっぽど急いでたんだな。何回か深呼吸をする。解放感でいっぱいの気分だ。ロフトの天窓からは綺麗な形の三日月がくっきりと光って見えた。



     §

 次の日は、午前中からフットサルの練習試合が『フットサル世田谷』という体育館であった。来週の秋季リーグ戦「オータム・カップ」へ向けての練習だ。今日の対戦相手は明治大学の強豪エストレージャ駿河台。遅い朝食の後、松崎と一緒にアパートを出る。松崎はちゃんと試合の準備をしてきていたので、そのまま向かった。

 ベジェッサ西早稲田のレギュラーメンバーには、池上、修平、松崎の他に、内山、大西、秋元というのがいる。内山、大西は三年、秋元は二年だ。内山はチームのキャプテンで兄貴肌、背丈は標準だが体は細い。小田急線の経堂から通っている。大西はがっしりした体つき。東武東上線の大山に住んでいる。秋元は二年とは思えないくらい老けていて無精髭を生やしていているが、サッカー暦は長く足裁きはピカ一。あとの五人は補欠、それから十人ぐらいは一年だったり幽霊部員だったり。

 奈歩は、二年の時、この明大エストレージャ駿河台の、サッカーで言うところのFWにあたるPIVO(ピヴォ)の稲葉洋介に、合同飲み会の後、店の前でデートに誘われ、以来、彼氏とまではいかないが友達以上の付き合いを続けている。奈歩には、そんな友達以上恋人未満の男が五人ぐらいいる。

 今日も稲葉洋介はスタメンで出ていた。対するベジェッサ西早稲田のPIVOは修平だ。修平は、奈歩と稲葉の仲を知ってから、エストレージャ駿河台との試合では俄然燃え上がる。稲葉に明らかにファールとなる試みをするのだ。けれども稲葉は、そんな修平にお構いなく、ポーカーフェイスでプレーする。稲葉は足裏でボールを操るのがとても上手い。修平はどちらかと言うとがむしゃらに勢いでプレーしている感があって、こんなこと言ったら可哀想かもしれないが無駄な動きが多い。

 フットサルは1チーム5人で行われる。そのうちの1人はゴールキーパーだ。試合時間は基本的に前後半に20分ずつで合計40分だが、練習の時は適当に短縮したり延長したりする。

 エストレージャ駿河台の、赤と黄色のユニフォームはとても目立つが、私はペジェッサ西早稲田の、青をベースとして緑のラインのあるユニフォーム、の方が気に入っている。私の中で『サッカー=青』というイメージがあって、それはおそらく日本代表のユニフォームの色だからかもしれないが、とにかくそれ以外の色はあまりかっこいいと思えないのだ。

 終了間際、稲葉が鮮やかにインステップ・キックをし、0ー1でエストレージャ駿河台が勝った。

                      (つづく)



やわらかな時間

2008-12-15 13:02:10 | Weblog
  
  
  12月も、あっという間に後半に入った。
  街は、どこもクリスマスムード。楽しそう。

  土曜日に、厚木の山に登った。大山と言うところ。
  登山らしい登山は、本当に久しぶりでした。

  旦那が、少し前に、友達と約束したと言って。
  H樹も連れて行くと言うことで、担げるザックのようなものを購入し備えた。
  水道橋の、スポーツ用品店の集まったところで。
  店員のダンディなおじさんが印象的だった。
  自分の孫の話を嬉しそうにしていた。子供への理解がある人は有難い。

  大山は、冬にもかかわらず、意外に人がいた。
  だいたいは、でも、中年層。若い人は少なかった。
  ただ、カップルは数組見かけた。
  
  大山までのドライブ、旦那は、親友との会話、楽しそうだった。
  数は少ないが、大切な友達がいる旦那は、信用がおける。
  その友達も、いかにも純朴そのもの、類は友を呼ぶとはこのこと!
  わたしは、H樹と後部座席に乗りながら、その楽しそうな旦那を微笑ましく眺めた。

  派手なことはできない性質。
  結婚してからは、プレゼントなんて、すごいのはもらったためしがない。
  今年のクリスマスだってきっと…。
  それでも、家族を何よりも大切にしてくれている。
  今朝は、自らゴミ捨て行ってくれた。
  わたしは、寝床から、その音を聞きながら、心の中で(ありがとう)を言った。

  朝ごはんも、今日はかなり手抜きだった。月曜日の朝は大切だって思うのに…。

  ホントは、フレッシュジュースを用意して、新鮮なサラダも添えて…色んな理想があるのに、なかなか実行できずに、、、。

  自分を見つめ直す、こんな時間が好き。
  H樹が寝て、お昼過ぎの、この時間。
  書くことで、整理できることが、いくつかある。

  昨日は、年賀状を印刷した。
  宛名の方はまだだけれど、だいたいは見通しが立った。
  デザインは、それほど満足のいくものにはならなかったけれど…
  もう少し、貪欲に、ギリギリまで吟味してもよかったのだけれど。

  旦那に、「これでいい?」と言うと、あっさりOK。

  それでも、自分で何となく不満で、
  「もう少し、直そうかな…」と言うと、

  「本質じゃない。その時間があったら何ができる?」と言われた。

  根本的な考え方が、違う。
  旦那のようなスマートさを、私も身につけたいとは思う反面、
  わたしは、わたしの考えを信じてるし、
  好きだし、間違ってはいないと、思っている。

  年賀状に、情熱を注いで、それが何になる?って言われても、
  わたしは、もらった時、ひと言ある方が嬉しいと思うし、
  デザインも、自分が気に入ったのを出した方が気持ちがいい。

  でも、旦那の言うことは、一理あると思う。

  わたしは、いま、打ち込むものを持っていない。
  正確に言えば、打ち込むものはすぐそばにいくつかあるのに、
  意志が弱くて続かない。
  
  例えば、創作。
  例えば、ピアノ。
  例えば、料理。
  例えば・・・。

  少し前に、来春から働きたいと、無性に思った時期がある。
  場所は、美術館。町田にある。
  学芸員としての枠はないだろうけれど、
  ショップとかのアルバイトでもいいかなと思って、
  とにかく、そういう環境に、自分を置いてみたいと思った。

  けれども、やはり、いま働くのは、時期尚早だと言う結論に達した。


  働かなくてもいい身分を、生かして、時間を大切に使う方が、
  自分にはプラスになると、感じる。

  実際、毎日ではなくても、創作はやってるし、やりがいもそのつど感じている。もっと余裕があったら、まとまった作品もできるのにとすごく思う。

  だから、来年からは、H樹を週2ぐらいで預けて、創作の時間を、増やそうと思う。そして、自分を満たしてあげたい。

  何かを、していないと、気が済まない性格。
  だからと言って、家事をもっと充実したらって言うとそうでもない。

  もっと、ウチをキレイに保つことに情熱を注いでも、いいとは思う。
  でも…それだけじゃ、物足りない。

  来年は、将来のウチについても、徐々に考えていきたい。
  いまを良くしていくことも、一つのことからでもいい。
  
  そう、今日は、一つ、やりたかったことができた。
  植木の、土の上に、ちょっと大き目の木のチップを乗せたのだ。
  H樹の土いじり防止のため。
  あと一袋ぐらいあった方がよかったけれど、ひとまずホッと一安心。

  買いたいものも、ホントはたくさんある。
  
  旦那にはでも、もっとウチを整えてから、言おうと思う。
  一応、リストアップして、実現可能なものから攻めていきたい。

  明日は、近所のママ友さんがウチに遊びに来る。
  だから、午後は、出かけずに、部屋掃除などをして過ごそうと思う。

  H樹は、まだスヤスヤ寝てる。

  BGMにはジュリアフォーダムの「明日を夢見て」。

  おだやかな時間だ。


  (写真は、この間町田の国際版画美術館へ行った帰りに撮影。)






  

 


  

 




温かい小包

2008-12-10 17:02:04 | Weblog


  今日は、昔のママ友さんと、グランべりモールデートしてきました。

  お天気もよく、とても楽しい時間を過ごしました。

  
  帰宅すると、黄色い封筒の小包が。
  
  「誰からだろう?」と、差出人を見ると、

  ある絵本作家さんからでした。

  晴樹に、自作の絵本をよこしてくれたのです。
  クリスマスの。お手紙も添えてあり…感動しました。

  迷惑かと迷いましたが、先ほどお電話しました。

  すごく、嬉しいできごとでした。

 

風邪が快方に。

2008-12-03 17:18:31 | Weblog

  ここ二日ぐらい、風邪で(しかも家族で私だけ!!)
  寝込んでた。

  けれど、ちょうど母が来てくれる週だったので、
  お料理、洗濯、全部甘えてしまい…。

  今は、のどが少し違和感あるのと、せきが少し残ってるぐらい。

  H樹は元気で、いまもTV観てます。

  
  そんな中、部屋にクリスマスのオーナメントを飾りました!
  材料はすべて表参道調達。かなり満足のいくものができました。
  いやね、これは贅沢会計なんですが、お母さんにお小遣いもらったもので…(^^);

  この飾りの付けたら、ウチに帰りたくなった。
  つまり、あまり夕方までほっつき歩かず、帰るようになった
  まだ、一日目だけど。

  やっぱり、気に入ったウチにする=ウチにいたくなる=外で使うお金が減る=お金がたまる?

  この図式は、成り立つと思いませんか?

  冬場は、特に、蓄えるチャンス!がんばらないと、ヤバイF家…。

  最近、周りではみんなインフルエンザ予防接種を受けてる。
  やっぱり、やんないとかなぁ…と思う反面、、

  何を隠そう、わたし、注射が大の苦手。。
  H樹も可哀想で…。
  まぁ、かかったらもっと可哀想だし、そんなこと言ってられないんだけど、
  今年の状況を知り合いの小児科医から聞いてみよう。
  やばそうだったら、ホントに考えないとなぁ。

  子供の小児科は、幸い、よい病院が見つかって、助かっている。

  さて、今日は、旦那は友人と町田で飲み。
  旦那が平日飲みなんて、何ヶ月ぶりだろう。

  家庭を大切にしてくれる旦那です。
  これは、本当にそうで、旦那がブログを観てくれるのは稀ですが、この場を借りて、いつもありがとう。と。

  ただ、前も書いたように、私のストレスから、思わぬケンカに陥ることも度々あり。。

  年明けからは、ストレスの溜まらない程度に、
  適度に、保育園利用を、開始したい。

  自分の創作も、楽しみだ。

  ま、その前に、まずは年賀状かな…。
  なかなか、いい!って思うデザインにならない。
  こんなんじゃ、すごい後悔しそう。

  がんばろう。