男女の関係には「相性」というものがある事を葉月は良く言っていたが、聖志はいつも頷くだけだった。
葉月は頷くだけの物静かな聖志に、疑問を感じ思うことがあった。
葉月の心の思いは、恋ではなく、愛されたいと思うようになっていたが、この時の聖志は葉月と同じように愛するという事の理解や意味がわからなかった。
葉月の心は、少しずつ聖志から離れていく。
離れていくが、どうしても男女の関係で結ばれてしまっていた事で、葉月は常に愛されたい思いを聖志に伝えていた。
聖志は、葉月と同じように愛する事はできなかった。
どうしてなのか聖志にはわからない時期でもあった。
お互いに思いはあったとしても、聖志は恋愛からの一線を越える事ができなかった。
ただ、愛する事よりも、ただ絆として結ばれていたいという気持ちが聖志にはあった。
聖志は自分の思いを葉月に伝えようとしたが、結局伝える事はできなかった。
聖志と葉月の話し合う時は、いつもベッドの中で、夜の情事が終わった時だった。
専門学校の卒業前の出来事である。
聖志と葉月は、就職先の企業の事で、もめた事が良くあった。
葉月の就職内定先では、定員人数は2人の枠があった。
葉月は聖志と共に同じ企業で働けると思っていた。
葉月は就職先の事を聖志に伝えるが、聖志は別の企業へ行く事になっていた。
聖志に葉月は、なぜ何も答えないの?と何度も問いかける。
葉月の問いかけに聖志は間をあけてしばらくしてから、もう僕らの関係は終わりにしようと答えてしまった聖志である。
再び、葉月は「どうゆうこと?」と問いかけるが、聖志は別の企業から男性であり社交的で能力を認められ声を掛けられ、スカウトされていた事は言えず「もう僕らの関係は終わりにしよう」と、それ以上の事は言葉にする事は出来なかった。
葉月は、常に冷静な女性だと聖志は思っていた。それゆえに冷静に考えてくれるものだと思っていたが、そうではなかった。
聖志を思うがあまり精神的にヒステリックになり過ぎた、葉月の気性というものを知ってしまった聖志である。
思い詰めていたのだろうかと思う聖志であったが、何も言わずに、葉月の思いのまま人生を送ろうと思った。
葉月に叩かれる聖志、ただ黙って今後の事を考えていた。
葉月は、愛というものを考えていたが、聖志は葉月のような愛を考えることはなかった。
ただ2人で一緒にいたいと思うだけであった。
職場が違っていても、いつでも会える、一緒に暮らす事もできると思っていた。
ダブルベッドの中で2人には、すれ違いが出来てしまった、しかし互いの思いは同じだが、愛するという心の矛盾と矛先に違いがあった。
専門学校を卒業すると、4年間一緒に学んだ同期生達は、ばらばらになり業種は一緒の企業へ就職した。
聖志は、スカウトされた企業の持つ宿舎へ入り、葉月は、そのままのアパートから通うことになった。
しばらくの間、聖志は、時間があると葉月のアパートへ通った。
すれ違いをしてしまったのは、自分のせいだと心の中で聖志は思い考え続けていた。
できることなら、許されたいという気持ちから、葉月のもとへ通った。
葉月は、通ってくる聖志に、何も言わずに部屋に入れるが、会話は少なく見詰め合うことが多かった。
葉月が、たまに言うことは、泊まっていけるのと聖志に聞いてくるだけであった。
聖志は、たまには泊まるが、週に2日ほどだった。
2人のすれ違いが、更にすれ違いになっていくのを聖志は感じていた。
葉月も、同じように感じていたようだ。
職場は違っても、業種は同じであった為か、仕事ぶりが噂となって流れていた。
葉月が噂で良く聞くのは、聖志の話であった。
聖志が葉月のアパートへいくと、葉月は少しずつだが聖志へ声を掛けるようになった。
そして葉月のアパートに通って一年後、聖志はある決断をする。
葉月と同棲すること、半年前から聖志は考えていたことだ。
仕事にもなれ、良い成果が出てからと、聖志は考えていた。
葉月には、自分の気持ちを話すことができない聖志であった。
葉月は、同棲することを、しばらく考えたいと聖志に答えていた。
何度も、すれ違いをした聖志と葉月だった。
葉月も慎重に考えるようになっていた。
聖志の噂の話は、他の同期の面々も聖志の事は耳にしていた。
葉月が、考えて答えを出すまでは、聖志は葉月のアパートへ行くことはなかった。
聖志の携帯に葉月のメールが入ってきたのは、2ヵ月後で心の準備はついたということだった。
聖志は、会社の宿舎を離れ、葉月のアパートへ引越しをした。
会社では、聖志の結婚の話が、ふと浮かび上がり、また噂となって流れた。
聖志と葉月は、出会ったときのような思いで同棲生活がはじまった。
同棲生活や仕事でのすれ違いはあるが、携帯メールでの連絡は欠かせなかった。
しかし、男と女の企業での扱いは違った。
聖志は、得意先との接待もはじまり、葉月からのメールに返信する事ができなくなっていた。
聖志の生活の中での接待は、高級クラブや高級料亭で行われ、帰宅するのは、午前様である。
葉月は、夕食の支度をし、サランラップが掛けられテーブルの上に置かれてあることが多くなった。
聖志は、会社では出世コースを歩いていた。
その為に、仕事を優先し、葉月は二の次となってしまっていた。
葉月は、聖志の仕事ぶりや接待にも理解はあった。
聖志の行動が長く続けば続くほど、女としての葉月にとって、辛くなることもある。
その辛さを我慢しながらの同棲生活が続くと、葉月の心にも変化が現れた。
聖志を愛せなくなったわけではないが、東京で働く2人にとって、これでいいのだろうかと葉月は考えるようになる。
それでも、耐えて耐えぬいていくのが、自分の務めだと葉月は思うようにしていた。
この頃の2人の年齢は、まだ同じ24歳で聖志は若い頃だったが能力性によって課長まで上り詰めていた。
聖志が、休日出勤をするようになり、耐えることに限界を感じた葉月は、同棲していたアパートから葉月は荷物を持たず自ら出て行った。
置き手紙には「・・・もう限界です」と書いてあり、聖志は、葉月を追ったが、駅周辺や街の中を探しただけだった。
思い出になるような場所はなく、葉月はどこへ行ってしまったのか、葉月の荷物が残された事で、聖志は、しばらくすれば、戻ってくるかもしれないと、いつもと変わらない仕事をしていた。
しかし葉月が同棲をしていたアパートを去って、2ヶ月が過ぎた。
聖志は、葉月の勤務先へ連絡をとったが勤務先の企業を辞めていた。
仕事はいつものとおりの聖志だが、アパートへ帰ると、抑うつ状態になっていた。
夜も眠れなくなり、食欲もなく、気力が薄れていくことを感じるようになった。
病院から睡眠薬を処方されるが、葉月のことを考えると、眠れなくなる。
聖志は自分を責めるようになり、薬ではなく、アルコールに溺れていく。
仕事や接待には支障はなかったが、アパートへ戻ると精神的に追い詰められる自分を感じることがあった。
そして聖志は、葉月といたアパートをから離れ出る事にした。
ある程度、整理がついたとき、睡眠薬と処方箋が入った袋を見つけ、頓服の薬で、野村葉月と書いてあった。
どう考えていいのかわからなくなった聖志は、自分の睡眠薬と葉月の睡眠薬や安定剤をアルコールと共に飲んでいた。
聖志の気分は少し楽になるが眠気に襲われる。
ベッドへ向かい、横になると体も楽になり、深い眠りについた。
聖志には、次の日には勤務している会社では課長以上での役員会議があり、夕方からはクライアントとの高級料亭や高級クラブでの接待があった。
しかし、その会議室には、聖志の姿はなかった。
営業部統括部長の上司は、聖志の電話に掛けるが電話に出ることはなくのベルが鳴るだけであった。
無断欠勤をした聖志を気にした営業部統括部長は、聖志の近くに住む聖志の部下の新人の社員に声を掛け、聖志の様子を見て来るように命じた。
上司に命じられた河野春奈(こうのはるな)は、聖志のアパートへ向かうが、玄関前でベルを鳴らすが返事がない。
携帯や自宅の電話へ連絡してみると、部屋の中でベルが鳴っているのをドアの中から聞こえていた。
ドアノブを回すと玄関のドアは開き、声を掛けながら部屋の中へ入ると、ベッド上に横たわる聖志がいた。
息はしていたが、いくら揺すっても、声を掛けても反応はなく、その場で救急車を呼んだ。
部屋の中は、ダンボールだらけ、枕の横には処方された睡眠薬と25度の酒の一升ビンが2本あった。
春奈は、葉月の殺人未遂?聖志の自殺未遂?と瞬間的に直感で思い考えた。
処方箋や酒のビン、冷蔵庫にあるビールの缶の全てを捨てて整理をした。
救急車は、10分後に到着したが救命士が声を掛けても体をゆすっても起きる事はなかった。
救急車に乗り、病院へ一緒に乗っていく春奈は、部長の上司に連絡をせず春奈の携帯に着信は何度もあり着信しないように携帯の電源をきり、病院の待合室の椅子に座り、聖志と葉月の関係や噂だけでなく現実の2人の過去の知る限りの事を考えると、なぜ私は新人なのに営業部第一課にいるんだろうと春奈は思いながら聖志の姿を浮かべていた。
そんな時に営業部第一課で、別の業種に出向していた先輩が病院に訪れ、春奈に声を掛けてきた。
「君が河野春奈さんか?なるほどね、駿河を助けてくれてありがとう僕は駿河の代わりに料亭に行ってきたよ」
「どうして私の名前を知ってるのですか?」
「まあそれはそれで、彼は大丈夫だよ、医師から良く聞いてきたから、君の事は駿河から良く聞いてるよ」
「どんなことですか?」
「駿河がいうとおりだった、君を見て部下にした理由が分かった右腕だね、野村葉月とは別人だけど顔つきが良く似てる、噂は信じるな、あの2人は繋がってる、いつかわかる」
春奈は何も言えなかったが、その先輩は聖志と葉月の事や聖志の魔法のように出世した経緯、しかし春奈がなぜ営業部第一課に入れたのかの詳細は話さず病院を去っていった。
春奈が先輩に教えられたのは、営業部では第三課まであり新人では第三課から始まる。
聖志と葉月だけでなく同期生達も同じように専門学校4年間で経済学や営業に関わる事を学んでいた。
別の同業社で葉月は企画広報部で、聖志は営業部第一課で勤務年数1年後に主任になり2年後には課長まで出世していた。
新人で入社3か月で別な業種の企業の役員達が集まるパーティーに目を付け仕事が終わると必ず足を運んでいて、クライアントからも信頼されていた存在になった。
聖志は半年で営業成績トップでクライアントからも信頼されていた存在で、名刺も一か月ほどで100枚以上の名刺交換をしていた。
しかし、春奈がなぜ、新人なのに営業部第一課に入社できたのかは、はっきりとは教えてはもらえなかった。
いつかわかる?いったい誰が私を推薦してくれたのだろうかと、いったい何時になったらわかるのだろうかと、春奈は胸の内に気がかりができていた。
先の話だが春奈の気がかりの答えは聖志が会社を退職届を出した後に、春奈が営業部第一課に入社し役員として出世していく時に知る事になる。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます