夢からの手紙<前編>
幼き頃から、とても泣き虫な一人の彼の姿がある。
隣人世間の人達から「泣き虫小僧!と言われ、そんな彼は悔しかったのだろう。
彼は、悔やみを心の中で抱きながら、環境の変化と成長と共に、風貌や性格が変わっていく。
どんな誰よりも強くなっていくのだ。
まるで、幼き頃の彼ではなく、別人のように見えるほどに。
どんな事でもどんな人間達にも立ち向かい、身体ごと体当たりといった感じである。
決して休む事もなく、彼は歩くというよりは、人生を走っていた。
彼が、喧嘩をするたび「チンピラ!」と呼ばれ、不良のレッテルを張られる。
彼にとっては、喧嘩!そうするしかなかったのだろう。
何をして良いのか?何をすべきか?自分はいったい、どう生きたら良いのか?
相談する相手もなく、苛立ちの中、ただイライラを喧嘩で、自分自身を癒し和ませる為であったのだろう。
もう誰も、彼に近づいて来るものは誰もいなくなる。
何が面白くて喧嘩をするのか?何故そうまでして殴り合いをするのか?何故?痛い思いをするのか。
彼は、世間に何か「喧嘩の意味」を問い掛けていたのかもしれない。
もし、もしそうだとするなら、彼は走る道に迷いながら、正してくれる誰かを探していたのかもしれない。
彼は、また喧嘩を始めている。
学生同士か?それともチンピラか?いや違う!
カタギではないプロ中のプロだった、くそったれ!
彼は、心の中で叫びながら、引き下がる事なく、ただガムシャラに殴り合いをする。
もちろん喧嘩の結果は見えていた。
着ていたものは、ボロボロ、体中傷だらけ、顔を見れば、赤く腫れ上がり鼻血は止まらない。
耳からは血が流れてくる、口からは血を吐くのだ。彼にとって初めての負け戦である。
しかし、彼にとっては、そうではなかったのだ。
結果はどうあれ泣き言は言わず、歯を食い縛り「やれた!」という満足感が、彼の心の中で気持ちの上にあったのだ。
彼は、口を塞ぎながら立ち上がる、太陽が昇る朝方であった。
野良犬が吠えると共に警官が駆け寄ってくる姿が、ぼんやりと彼の瞳に見えてきた。
「やべぇ!」
彼は、口に出さず心の中で、そう呟いた。
その場にいた誰もがそう思ったのか、いっせいに逃げ回る。
「捕まりたくない!」
彼も必死に逃げ回る。
彼の怪我は、ひどかった為、逃げ回る集団から外され、集団から離れ、たった一人で彷徨い逃れた。
彼は、ある公園の木の下に倒れていた、辺りはとても明るくなっていく。
突然何かが近寄ってきた、犬か?それとも・・・。
しかし、ぼんやりしながらも、とても何か暖かい温もりが感じていた。
はたから見れば、そこには、一人の彼と一人の彼女がいるだけ。
まるで、その彼女は、どこからかタイムスリップしてきたように思えた。
何も聞こえない、何も話せない、ほとんど何も見えはしない、ただ彼女に抱かれていた感じだった。
気を失っていたのか・・・。
気がついた時、彼は、ある部屋にいた。
「何日たったのか?体が動かない、イテエョ!」
そんな事を口ずさみ、眼を開けた後、買い物袋をぶら下げた彼女が部屋の中に入って来た。
彼女は「だいじょうぶ?」と一言だけ言った。
その言葉に彼は何かを感じていた。
生まれて初めて受けた感情だった、暖かさ、そして優しさを・・・。
誰にも相手にされなくなって、一人ぼっちの彼の環境から数年が経っていた。
彼と彼女は相性が良かったのか、この日を境に、二人の交際が始まったのだ。
「だいじょうぶ?」と何度も繰り返し、彼の事をしている彼女の姿は、もう何年も、彼と付き合っているようにも見える。
何日、彼女のアパートで、彼は横になっていたのだろうか?
横になりなりながら彼女を見ていた彼は心の中で彼女に引き付けられ動く、自分自身に気づいていた。
同じように彼女も彼に引き付けられ動く姿もあった。
出逢いによって、二人は引き付け合い、いつしか愛し合うようになっていく。
彼は、体の傷も良くなり鈍った体をほぐすかのように、朝早くから体を動かしていた。
そんな時に、彼女も起きてきた。
「おはよう!」
彼に彼女は眠そうな笑顔で声を掛けるのだ。
心が揺れる・・・お互いに・・・。
二人は、いつも癒しながら楽しかったのだろう。
彼にとっても、彼女にとっても、今までには無い感情を抱いた事だった。
彼と彼女は「このまま一緒に居られたら」と、口には出す事はなかったが、二人の思いは同じであった。
知り合い出逢って、どのくらいだったのであろうか。
癒し合い楽しい日々は、二人にとって、とてもとても短い時間で長い時間を過ごしていたのだろうか。
彼が動けるようになると自宅に戻るが、毎日のように彼は彼女のアパートへ行き、彼と彼女は二人で外出する。
そして、食事や買い物が終わると、たくさんの人達の中で、二人は肩を寄せ合い歩いていた。
恐らく周囲の眼に映るのものは、二人は恋人同士と思うだろう。
しかし突然、なぜか彼女は寂しげな瞳を彼に見せる時があった。
彼は、彼女との付き合いが始まって、初めて見た彼女の姿だったのだろう。
彼女の姿を見て、彼も同じように、二人の関係について考えた。
同時に、二人の心の中で、同じ感情を抱いた時だ、それは「不安」である。
なぜ、そんな思いが浮かび上がってきた来たのか、彼には判らなかったが、彼女には、それが何故か判っていたのである。
確かに彼と彼女は、いつも一緒であったが、それはいつもの大勢の中であった。
共に暮らしてはいなかった二人、彼は変わったように見えて、彼女は変わってはいなかったように見える。
彼女は彼の瞳を見ながら言った。
「ねえ、私達いったい何なの?いつも一緒にいる気がするけど、恋人同士なの?」
この言葉を聞いた時、彼の心は乱れたのだった。
「恋人」なんて彼は考えた事はなかった、彼にとっては息が詰まるようだった。
この時「いったいオレは?」半端な自分に気づき、自分が嫌いになる彼は、周囲の音や彼女の声が聞こえる事がなくなった。
ふと彼は、気づいた時、彼女は少し照れ気味な瞳をしながら「約束ね」と言ったのである。
彼女は、いったい何を言っていたのか、聞こえる彼女の声はなく「約束ね」の言葉で、彼は、うなずいただけである。
この日が彼と彼女の運命を変えたのかもしれない。
その日からというもの二人が出逢う度、ぎこちなくなっていたのでである。
彼は少しずつ彼女から離れ始めているようだった。
それから幾日だったのだろうか?
長い間、彼女とは逢ってはいなかったのである。
何時しか忘れかけていた時である、病院から彼の携帯電話に1本の電話がかかってきた。
「何故、病院なんだ?、何故、ボクの電話番号を知っているんだ?」と彼は思った。
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