大阪龍馬会

1987年に創立して2017年は創立30周年。龍馬好きの集まった大阪龍馬会が龍馬会の活動をお知らせします。

大久保利通 没後130年 顕彰祭

2008-05-16 11:08:41 | 幕末ニュース
大久保利通没後130年 育ちの地で顕彰祭 ひ孫が参列 鹿児島市加治屋町

 明治維新で活躍した大久保利通の命日である14日、顕彰祭が鹿児島市加治屋町の「生い立ちの地」の石碑前であった。ひ孫の大久保利泰(としひろ)さん(73)=東京都在住=らが参列した。没後130年を機に偉業をたたえようと、若手神職でつくる県神道青年会が主催した。
 祝詞(のりと)を奏上した後、写真を飾った祭壇に同会関係者らが玉ぐしをささげ、近代日本の建設に尽力した大久保の遺徳をしのんだ。
 大久保は1878(明治11)年5月14日、東京・霞が関の自宅から赤坂仮御所に向かう途中、紀尾井町で石川県士族に襲われ、志半ばで命を落とした。
 利泰さんは「これまで東京では慰霊祭が行われてきたが、鹿児島で顕彰祭を開いていただいて、子孫としてありがたいし、うれしい」と話した後、隣接する維新ふるさと館で講演。大久保家の暮らしぶりや、国葬の原型となった葬儀の模様などを紹介した。

南日本新聞 5月15日


大久保利通の没後130年、鹿児島で顕彰祭…再評価へ動き

 近代日本の礎を築いた大久保利通(1830~78年)の没後130年となる命日の14日、大久保が幼少期を過ごした鹿児島市加治屋町で顕彰祭が開かれた。
 鹿児島県民の間では、西南戦争(1877年)で政府側だった大久保に反感を抱く人も多く、慰霊行事はほとんど行われてこなかった。大久保の再評価につながる動きとして歓迎する声も出ている。
 若手の神職約90人でつくる鹿児島県神道青年会=宮田昇会長(36)=が主催し、大久保のひ孫にあたる利泰(としひろ)さん(73)=東京都在住=ら約50人が参列。生い立ちを記した石碑の前で神職が祝詞を奏上し、全員で玉ぐしをささげた。

読売新聞 5月15日

西郷ら偉人ロボ改修へ 維新ふるさと館 開館14年 老朽化、故障相次ぐ

2008-05-16 11:00:18 | 幕末ニュース
 鹿児島市加治屋町の維新ふるさと館は2008年度、維新体感ホール改修やロボットのリニューアルを行う。上映するドラマ「維新への道」は、西郷隆盛など7人を模したロボットが地下から登場し、議論を戦わすユニークな形式。西郷ロボットに故障が相次ぐなど老朽化が目立つため改修を決めた。同館は「改修を機により魅力ある館にしたい」としている。
 同館は1994年、映像や効果音、ロボットなどを駆使した体験型歴史施設としてオープン。西郷や大久保利通、坂本龍馬ら幕末の偉人の等身大ロボットによるドラマは開館当初からの目玉で、約180人のホールが満席になることもある。
 開館から14年たち、5万回以上も議論を重ねたロボットたちもさすがにお疲れ気味の様子。出演時間が長い西郷ロボットは特に老朽化が激しく、首からの油漏れや手が異常に振れるなど不具合が多発している。
 市観光振興課によると、改修は来年2月ごろを予定。西郷ロボットを動きがなめらかな最新型に入れ替えるほか、大久保ロボットの顔部分をお色直しする。また、講演会など多目的に利用できるように体感ホール中央のジオラマを外す工事、薩摩英国留学生を扱った新たなドラマ作成も計画する。
 同館の福田賢治館長は「ロボットの寿命は10年程度。ドラマを楽しみにする来館者も多く、夜間に修理するなどして対応してきたが限界だった。改修でよりリアルで内容の濃い展示になると思う」と話した。

南日本新聞 5月15日

「ご先祖様」きれいに 玄孫ら有志、小松帯刀像の顔磨く

2008-05-16 10:58:42 | 幕末ニュース
 鹿児島市山下町の宝山ホール前で14日、小松帯刀(たてわき)像のお清め式があった。帯刀の玄孫(やしゃご)にあたる清酒メーカー「大関」の橋本康男社長(61)=神戸市=も参加し、たわしを手に「ご先祖様」の顔を磨いた。
 帯刀は薩摩藩家老で、坂本龍馬や西郷隆盛、大久保利通の調整役として奔走。しかし、30代半ばという若さで亡くなり「幻の宰相」と呼ばれる。大河ドラマ「篤姫」で俳優の瑛太さんが演じるなど、脚光が集まっている。
 式は帯刀の遺徳をしのぶ有志で結成された「小松帯刀会」(染川泰彦会長)が主催し、今年で5回目。帯刀についての著書がある鹿児島大の原口泉教授は「表に出ることがなかった人物が、こうして注目を集めていることをどう思っているか」と感慨深げに像を見つめた。
 帯刀像の顔をたわしでこすって磨いた橋本社長は「自分も風呂に入ったような気分で、先祖も喜んでくれていると思う。これまで、西郷や大久保をまとめた人間でありながら、教科書にも出てこなかった。(ドラマを通じて)皆さんに知ってもらえれば」と話した。

毎日新聞 2008年5月15日 地方版