宿をゆっくり出て兼六園に向かう。
帰りの新幹線発車時刻に合わせて兼六園だけを巡ることに。
兼六園の広さが11haもあるので、時間内で回れる見所を聞こうと、桂坂口にある観光案内所を訪ねた。
案内所の当番だと言う方が園内のガイドを引き受けてくれた。
案内所に他に誰も居なくなるのはと心配したが、お客様が少ないから大丈夫ですと言うのでお願いしました。
コロナ前は年間320万人の観光客が兼六園を訪れていたそうだが、コロナ禍で10分の一以下に激減したと。
少しずつ戻ってきてはいるが、寂しい限りだとガイドさんは嘆く。
今はガイドさんの人数を少なくしているそうです。
混雑はしていないし、ガイドさんの説明を聞きながら、ゆったりと園内を散策が出来るのは好都合なのだが、申し訳ない気持ちも。
シルバー世代は入園料が無料でした。
60歳代の女性のガイドさんの案内で園内へ。
写真や映像で観る風景がすぐ目の前に飛び込んできた。
枝ぶりのいい松が多く日本庭園には松がよく似合う。
園内の松の総本数は800本にもなるそうです。
樹齢180年以上の松も。
13代藩主の松平斉泰が琵琶湖から種子を取り寄せて育てた立派な黒松がこれほどに。
まもなく向かえる雪吊りの準備もあるのか、何組も庭師さんたちが作業をしていた。
松や樹木の下は緑の絨毯のように苔で覆われています。
これも兼六園の特徴で見所の一つだと言います。
園内の苔の種類は66種もあるそうです。
兼六園は金沢市内を見下ろせる53mの高台に有るのに、いたるところに小川や池の水辺があるのはなぜ。
この疑問に。
(ガイドさんの説明)
兼六園から南にある犀川(さいがわ)という川の上流にある、上辰巳(かみたつみ)という場所から、辰巳用水(たつみようすい)という用水路を通って流れて来ています。
板屋兵四郎と言う土木技師が、三代藩主前田利常の命を受け、1632年にたった1年で、総延長10kmにもなる辰巳用水を作り、金沢城に水を引いたそうです。
その水が兼六園の中の川や池を潤し見事な景観を作り出しているのには驚く。
この水が市内に流れ、今でも防火用水として利用されていると聞き更に感心した。
風もなく穏やかな水面が水鏡になり周囲を写しだしていました。
兼六園の3分の一ほどの範囲を、1時間半かけた密度の濃いガイドさんの説明を聞きながら、瞬く間の時間が過ぎました。
案内は蓮池門口で終了し、ここでガイドさんとお別れ。
園内の瓢池の畔を眺めながら三芳庵で昼食を。
金沢料理の治部煮が入った瓢(ひさご)弁当
時間が足りず加賀藩前田家の金沢城を回ることはできないので、石川橋から金沢城公園方向を眺めるだけに。
1泊だけの短い旅でしたが、美味しい食事と温泉、それにちょっとした旅気分が味わうことができれば、と言ったことが全て満たされ、充実した2日間でした。
招待してくれた子供に感謝です。
2日間の小さな旅後記を読み流していただきありがとうございました。