12年前に、病になって
頑張ってきた友人が、
4月29日に亡くなりました。
手術をして、5年位してから話してくれて
「逃げ切れたらいいね。絶対に」と話したけれど、
逃れることが出来なくて、
薬の副作用や、症状の辛さや、不安と
ずっと戦ってきたのだろうと思う。
望むなら、いくらでも話も聞いたし一緒に泣いたりも出来たけど
彼女はそれは望んでなかったかもしれなくて、
会う時はいつも、穏やかな楽しい時間を過ごしてた。
2年前に、ご家族からいつ何があってもおかしくないとお聞きしていて
その頃、サークルの友人と手作り市の知恩寺に行った時、
私の寿命を○年あげるから、、とお祈りしたな~
何年と祈ったか忘れたけど、もっとはりこんでおけば良かったな。。
手作り市の消しゴムハンコの作家さんに、
彼女が好きだったキャラクターに名前を彫って頂いてプレゼントしたら、
とっても喜んでくれました。
その時は、奇跡が起きたのか、
2年の間に、ご家族で旅行に行かれたり、
昨年は、2人で小倉夕亀展にも行き、
皆で一緒に歌劇の「ロミオとジュリエット」を観て楽しかったな、、
彼女とは、
もう3昔も前に、新社会人になった時に、
隣の職場に同じ年の子が入ってる~と聞いて
話に行って、すぐに友達になったんだった
もう一人の人と3人で、仲良しになって
それぞれ、
結婚して、子育てして、受験や親の介護の時期を迎え、
子どもらが小さいころはキャンプに行ったり、
たまに観劇したり、ランチしたりしながら
付かず離れず、過ごしてきた。
2年くらい前、2人にプレゼントしたバッグ
彼女のは、紺色で花柄で、、っていうリクエストで作った
通院の時などに便利だったらなと、前にポケット3室作って
ここは携帯かな、ここに何を入れるかな、、
と想像しながら、作りました。
この前、ATCに出店した時に、思いがけずにご主人の車で来てくれて、
ポーチなどを選んで買って下さった。
お礼に手紙を出したら、お返事をくれたので、
面白かった本の事など書いて、また出して、
今度は、好きそうな
音楽を送ろうと思っていたところだったのに、、
数日前から体調が悪くなり、入院して意識も混濁して
もうヤマだから逢いたい人に逢わせてあげてくださいと
お医者さんから告げられて、私たちを呼んで下さったけれど、
彼女は「もう~こんな時来なくっていいのに、、」と苦笑してたかも。
でも、顔を見れて、ありがとうとさようならを言えて、
私には、有難いことでした。
寂しくなって、悲しいことだけど、
泣いたらまた、日常に戻る私達とは違って
ご家族は、どんなにかつらくて、胸をえぐられるような悲しみだろう。
彼女も、もっと
娘さんたちとおしゃべりしたり、アドバイスしたり
片づけや、料理や、猫のなぁちゃんと遊んだり
ご主人と過ごす時間を楽しんだり、
まだまだお若そうだったけど、お母さんの老後をみたり
してあげたかったのだろうなぁ~
花子とアンも見たかっただろうな~
今日お葬式で、彼女が前に下さった、山下達郎の曲が流された。
「希望という名の光」
この世でたったひとつの
命を削りながら
歩き続けるあなたは
自由という名の風
底知れぬ闇の中から
かすかな光のきざし
探し続ける姿は
勇気という名の船
だからどうぞ泣かないで
こんな古ぼけた言葉でも
魂で繰り返せば
あなたのため 祈りを刻める
眠れない夜のために
子守歌があるように
傷付いた心には
愛という名の絆を
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone
運命に負けないで
たった一度だけの人生を
何度でも起き上がって
立ち向かえる
力を送ろう
どうぞ忘れないで
移ろう時代(とき)の中から
あなたを照らし続ける
希望という名の光を
あなたを照らす光を
希望という名の光を
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone…
彼女がくれたCDを何度も聞いて、偲んでいる
頑張ってきた友人が、
4月29日に亡くなりました。
手術をして、5年位してから話してくれて
「逃げ切れたらいいね。絶対に」と話したけれど、
逃れることが出来なくて、
薬の副作用や、症状の辛さや、不安と
ずっと戦ってきたのだろうと思う。
望むなら、いくらでも話も聞いたし一緒に泣いたりも出来たけど
彼女はそれは望んでなかったかもしれなくて、
会う時はいつも、穏やかな楽しい時間を過ごしてた。
2年前に、ご家族からいつ何があってもおかしくないとお聞きしていて
その頃、サークルの友人と手作り市の知恩寺に行った時、
私の寿命を○年あげるから、、とお祈りしたな~
何年と祈ったか忘れたけど、もっとはりこんでおけば良かったな。。
手作り市の消しゴムハンコの作家さんに、
彼女が好きだったキャラクターに名前を彫って頂いてプレゼントしたら、
とっても喜んでくれました。
その時は、奇跡が起きたのか、
2年の間に、ご家族で旅行に行かれたり、
昨年は、2人で小倉夕亀展にも行き、
皆で一緒に歌劇の「ロミオとジュリエット」を観て楽しかったな、、
彼女とは、
もう3昔も前に、新社会人になった時に、
隣の職場に同じ年の子が入ってる~と聞いて
話に行って、すぐに友達になったんだった
もう一人の人と3人で、仲良しになって
それぞれ、
結婚して、子育てして、受験や親の介護の時期を迎え、
子どもらが小さいころはキャンプに行ったり、
たまに観劇したり、ランチしたりしながら
付かず離れず、過ごしてきた。
2年くらい前、2人にプレゼントしたバッグ
彼女のは、紺色で花柄で、、っていうリクエストで作った
通院の時などに便利だったらなと、前にポケット3室作って
ここは携帯かな、ここに何を入れるかな、、
と想像しながら、作りました。
この前、ATCに出店した時に、思いがけずにご主人の車で来てくれて、
ポーチなどを選んで買って下さった。
お礼に手紙を出したら、お返事をくれたので、
面白かった本の事など書いて、また出して、
今度は、好きそうな
音楽を送ろうと思っていたところだったのに、、
数日前から体調が悪くなり、入院して意識も混濁して
もうヤマだから逢いたい人に逢わせてあげてくださいと
お医者さんから告げられて、私たちを呼んで下さったけれど、
彼女は「もう~こんな時来なくっていいのに、、」と苦笑してたかも。
でも、顔を見れて、ありがとうとさようならを言えて、
私には、有難いことでした。
寂しくなって、悲しいことだけど、
泣いたらまた、日常に戻る私達とは違って
ご家族は、どんなにかつらくて、胸をえぐられるような悲しみだろう。
彼女も、もっと
娘さんたちとおしゃべりしたり、アドバイスしたり
片づけや、料理や、猫のなぁちゃんと遊んだり
ご主人と過ごす時間を楽しんだり、
まだまだお若そうだったけど、お母さんの老後をみたり
してあげたかったのだろうなぁ~
花子とアンも見たかっただろうな~
今日お葬式で、彼女が前に下さった、山下達郎の曲が流された。
「希望という名の光」
この世でたったひとつの
命を削りながら
歩き続けるあなたは
自由という名の風
底知れぬ闇の中から
かすかな光のきざし
探し続ける姿は
勇気という名の船
だからどうぞ泣かないで
こんな古ぼけた言葉でも
魂で繰り返せば
あなたのため 祈りを刻める
眠れない夜のために
子守歌があるように
傷付いた心には
愛という名の絆を
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone
運命に負けないで
たった一度だけの人生を
何度でも起き上がって
立ち向かえる
力を送ろう
どうぞ忘れないで
移ろう時代(とき)の中から
あなたを照らし続ける
希望という名の光を
あなたを照らす光を
希望という名の光を
A Ray Of Hope For You
A Ray Of Hope For Me
A Ray Of Hope For Life
For Everyone…
彼女がくれたCDを何度も聞いて、偲んでいる