とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

軟骨に集積するペプチドの発見

2020-03-12 23:52:51 | 変形性関節症・軟骨
近年関節軟骨研究は大きく進歩しており、その変性のメカニズムなども詳細に明らかになってきています。しかしいざ関節軟骨を治療標的にする薬物を開発しようという段階になると、いかにして薬剤を(特異的に)関節軟骨にデリバリーするかという難しい問題が立ちはだかります。
CDP(cystine-dense peptide)はクモ、ヘビ、サソリなどの毒に含まれるとともに、植物やカビなどでも産生されるミニタンパクです。20-60アミノ酸からなり、3個以上のジスルフィド結合(シスチン)を有するのが特徴です(Correnti et al., Nat Struct Mol Biol. 2018 Mar;25(3):270-278)。この論文の著者らは、人工的に作成した42種類のCDPをスクリーニングし、CDP-11R, 09R, 45Rという3種類のCDPが静脈内投与によって関節軟骨や椎間板に集積することを発見しました。この中でCDP-11Rについて詳細に検討したところ、投与後90分をピークとして、少なくとも96時間までは軟骨に特異的に分布することがわかりました。またヒト関節軟骨を用いたex vivoの実験から、CDP-11Rはプロテオグリカンに集積することが示されました。軟骨特異的な分布には、CDP-11Rのpositive chargeに加えて3次元構造が重要でした。著者らはさらにCDP-11Rとステロイド(トリアムシノロン)をester linkerで結合させ、血中では安定しているが、関節内でステロイドがリリースされるような化合物を作成しました。この化合物をコラーゲン関節炎ラットに投与したところ、用量依存性に関節炎を抑制することが示されました。
この研究は関節軟骨に特異的にデリバリーされるcarrierを同定したという点で画期的であり、今後の軟骨疾患治療を大きく推進させるものだと思います。
Sci Transl Med. 2020 Mar 4;12(533). pii: eaay1041. doi: 10.1126/scitranslmed.aay1041.

新型コロナウイルスの細胞内への侵入は既存のプロテアーゼ阻害薬で抑制可能である

2020-03-12 23:11:59 | 新型コロナウイルス(治療)
すでに中東や東南アジアなどでも患者が確認されていることから、「夏になれば終息するだろう」という期待が薄くなった新型コロナウイルス感染症ですが、そうなるとワクチンが開発されるか(まだ時間がかかりそう)、何らかの治療薬が開発されるまで騒ぎは収まりそうにありません。そのような中で病因ウイルスSARS-CoV-2の感染様式が詳細に明らかになってきており、ある程度標的が絞られてきたようです。
SARS-CoV-2ウイルスは同じコロナウイルスであるSARSウイルス(SARS-CoV)と類似した構造を有しています。ウイルス粒子表面にspike (S) proteinからなるスパイク構造を有しており、S proteinがプロテアーゼによってS1/S2およびS2’ site切断されることによってウイルスと細胞との膜融合を誘導し、細胞に感染します。この時ウイルスは細胞のangiotensin-converting enzyme 2 (ACE2)を受容体とし、セリンプロテアーゼであるTMPRSS2をS proteinの切断・活性化に用いることが知られています。この論文で著者らはSARS-CoV-2についても同様のメカニズムが関与しているかを検討しました。
まず著者らはSARS-CoV-2のS proteinであるSARS-2-Sを293T細胞に発現させることが可能であり、293T細胞中でプロテアーゼによる分解をうけてS2が生じることを明らかにしました。次にSARS-2-Sを外套するVSV (vesicular stomatitis virus)シュードタイプウイルスをモデルとして用いてSARS-CoV-2の細胞内侵入メカニズムを検討しました。SARS-CoVとSARS-CoV-2はS proteinのACE2への結合モチーフが保存されており、ACE2を発現する細胞にはVSV SARS-S, SARS-2-Sとも細胞内侵入が可能であり、ACE2に対する抗体によって侵入は阻害されました。一方でMERS-CoVの受容体として知られているDPP4のみを発現する細胞には侵入ができませんでした。この結果から、SARS-CoV-2もまたACE2を利用して細胞内に侵入すると考えられました。
細胞のエンドソームに存在するプロテアーゼによってS proteinが切断されることが侵入には必要であり、この過程にカテプシンB/LおよびTMPRSS2というシステインプロテアーゼが重要であることがSARS-CoVでは明らかになっています。NH4Clによって細胞内のカテプシンB/LをブロックするとVSV SARS-2-Sの侵入もブロックされました。またcamostat mesylate(TMPRSS2阻害薬)およびE-64d(カテプシンB/L阻害薬)によってVSV SARS-2-Sの侵入は完全にブロックされました。重要なことにcamstat mesylateは肺細胞株Calu-3細胞へのSARS-CoV-2ウイルスの感染を抑制し、初代培養肺細胞へのVSV SARS-2-Sの侵入も抑制することが明らかになりました。最後にS proteinに対する中和抗体を有するSARS患者の血清およびウサギ抗S protein抗体はVSV SARS-SのみならずVSV SARS-2-Sの細胞内侵入も抑制し、SARS-CoV-2感染を抑制する可能性が示されました。
Camstat mesylateはすでに慢性膵炎の経口治療薬として臨床で用いられていることからも、早期の臨床への応用が期待されます。またS proteinを標的とした抗体製剤がCOVID-19治療薬として開発されることも期待されます。
SARS-CoV-2がS protein-ACE2-cathepsin axisを利用して細胞に侵入することはSARS-CoVのアナロジーからすでに推定されていましたし、研究のつっこみが浅い面はあるのですが、全世界が待望しているCOVID-19治療薬候補として既存薬が有効である可能性をいち早く提示したという点で注目すべき研究です。
SARS-CoV-2 Cell Entry Depends on ACE2 and TMPRSS2 and Is Blocked by a Clinically Proven Protease Inhibitor.
Cell. 2020 Mar 4. pii: S0092-8674(20)30229-4. doi: 10.1016/j.cell.2020.02.052. [Epub ahead of print]


SARS-CoV-2 Spike Glycoproteinの構造・機能・抗原性

2020-03-12 23:11:59 | 新型コロナウイルス(疫学他)
コロナウイルスの構造的な特徴として、名称の由来にも関係している粒子表面の「王冠(corona)様突起(spike)」構造を持つという点があります。このSpike proteinが解裂しS1, S2になり、さらにホスト由来のプロテアーゼによる分解をうけて活性化するわけですが、ウイルス感染の過程にS proteinとその受容体(の可能性が高い)ACE(アンジオテンシン変換酵素)2との結合が重要らしいということが徐々に明らかになってきました。SARSウイルスにおいてはS protein-ACE2の結合の強さがウイルスの複製能や疾患の重症度に相関することや、患者にできた中和抗体のほとんどがS proteinを標的にすることなども明らかになっています。クライオ電顕を用いたS proteinの構造解析も急速に進んでおり(Wrapp et al., Science. 2020 Feb 19. pii: eabb2507; Walls et al., Cell. 2020 Mar 6. pii: S0092-8674(20)30262-2)、SARS-CoVと今回のSARS-CoV-2とではS proteinではアミノ酸配列に88%程度のhomologyが存在するだけではなく、タンパクの三次元構造も類似しており、SARS-CoV S proteinに対する抗体がSARS-CoV-2 S proteinも認識する可能性も報告されました。ということで、新型コロナウイルス自体に対する抗体製剤やワクチンの開発には時間がかかるとしても、SARSウイルスのS proteinに対する抗体製剤やワクチンは新型コロナウイルスに対しても(たぶん)有効なのでは、と多くの研究者が考えているようです。
Cell. 2020 Mar 6. pii: S0092-8674(20)30262-2.