とはずがたり

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母乳を介した腸管免疫の世代を超えた制御機構

2020-06-06 09:20:46 | 免疫・リウマチ
免疫機能は細菌などの感染予防に必須ですが、機能が強すぎても自己免疫疾患の原因になるため、適切なバランスを取ることが重要です。自己免疫疾患のゲノム研究からも明らかなように、免疫機能はある程度ゲノムによって遺伝的に決定されていますが、エピジェネティックな制御も受けていることが知られています。新型コロナウイルスに対するBCGの効果を説明するメカニズムとして注目されたtrained immunity などは代表的なエピジェネティックな制御です。これ以外にも栄養状態や腸内細菌、代謝産物や行動特性(behavioral trait)など、多くの要素によって免疫機能は制御されることが知られています。この論文は母乳による腸管免疫の世代を超えた制御という全く新しい機序を明らかにした大変興味深いものです。
腸内には免疫機能を負に制御する制御性T細胞(regulatory T cell, Treg)が存在しますが、転写因子としてHeliosを用いるものとRORγを用いるものの2種類が存在します。RORγ+Treg欠損マウスでは腸内細菌叢がdysbiosisと呼ばれる状態になり、炎症性のTh17細胞が増加して炎症性腸炎を起こすことが知られています。Helios+TregとRORγ+Tregとのバランスが腸管免疫に重要ですが、その制御機構はよくわかっていません。
著者らはマウスのB6系統とBALB/c系統では腸内のRORγ+Tregの割合が異なっており、B6では40ー60%と比率が高いことに注目しました。この違いは腸内細菌叢を統一しても同様に見られることから、腸内細菌叢に依存しない過程であることがわかりました。興味深いことに、BALB/cの仔をB6メスに授乳させると腸内のRORγ+Tregの割合が大人になってもB6パターンをを示しました。特に生後早期(3-7日)の授乳が重要であることも明らかになりました。
腸内のTregパターンは一旦Tregをすべて殺傷しても同じような比率に回復しますし、抗菌薬で腸内細菌を殺傷しても3週後には同じセットポイントになります。一方腸上皮にダメージを与えると、このパターンは崩れることから、腸上皮に存在するTregのprogenitorが重要であると考えられます。さらに興味深いことは、いったん確立したTregパターンはそのマウスの仔(F1)にも世代を超えて伝えられることです。B6雌親に授乳され、腸管のTregがB6のTregパターン(RORγ+Treg比率高い)になった雌親から生まれた仔はやはりB6パターンになります。つまり腸管Tregパターンは母系遺伝を示します。
それではこのようなTregパターンは母乳の何によって決まっているのでしょうか?著者らはB6とBALB/cマウスでIgAコートされた細菌の排出が異なることから、母乳中のIgAが重要と考えました。妊娠すると腸内のIgA+形質細胞数が6倍程度に増加します。このIgA+形質細胞は腸管から乳腺に移動し、乳汁中のIgA濃度を制御します。BALB/cマウスの雌親では乳汁中のIgA濃度が高く、BALB/c雌親に授乳された仔の腸管ではRORγ+Tregの比率は低いのですが、IgAを欠損したBALB/cマウスに授乳された場合には仔のRORγ+Tregの比率が高くなります。一方でRORγを欠損したマウスからはIgAでコートされた細菌の排出が多くなりますが、Helios欠損マウスではそのような現象は見られません。つまり腸管のRORγ+TregとIgA形質細胞はお互いに負の制御をしていると考えられます。
以上の結果から、母乳IgA↑→仔の腸管RORγ+Treg↓→仔が成長して妊娠した際に腸管でのIgA+形質細胞↑→乳腺にIgA+形質細胞移行→母乳IgA↑という世代を超えたループを形成することが明らかになりました。このような現象がヒトでも見られるかどうかにも興味が持たれますし、母乳の新生児に対する影響を考える上でも重要な発見です。
Ramanan D et al., "An Immunologic Mode of Multigenerational Transmission Governs a Gut Treg Setpoint." CELL https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.04.030



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