とはずがたり

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書評 「秀吉の六本指/龍馬の梅毒」

2020-06-06 13:21:02 | 整形外科・手術
『秀吉の六本指 龍馬の梅毒』 篠田達明著
これは篠田達明先生が雑誌「整形・災害外科」に1992年6月号から2019年9月まで連載されていた人気コラム『医療史回り舞台』から100話を抽出して単行本としてまとめたものです。まとめて読んでみますと、先生の歴史への造詣の深さに改めて感銘を受けました。
さて篠田達明先生は愛知県心身障害者コロニー名誉院長であると同時に、ベストセラーにもなった『徳川将軍家十五代のカルテ』などの著作もあり、医療史の分野では他の追随を許さない碩学でいらっしゃいます。本書を読んで深く感じることは、歴史上の人物や事件に対する先生の尽きることのない好奇心です。ドイツの哲学者ヘーゲルは『歴史哲学講義』の中で、世界史とは自由の意識が前進していく必然な過程であり、歴史を前進させる「偉大な人物が多くの無垢な花々を踏みにじり、行く手に横たわる多くのものを踏み潰すのは仕方のないことです。(『歴史哲学講義』岩波文庫より)」と述べています。このような思想は100年後のナチス台頭にもつながったとされ、批判の多い考え方でありますが、このような歴史の捉え方は、無論篠田先生の考えとは180度異なるものです。歴史は曲がりくねった小径の集まりであり、小径の端に咲く花もまた歴史を形づくる大事な要素である。だから偉人を取り上げる時も名もなき人物を取り上げる時も、彼(女)が道端の花を見て何を感じたかに思いをはせる、というのが篠田先生のスタンスではないかと勝手に考えています。それゆえ歴史書に記載されている平坦な二次元の存在である歴史上の人々を、彼らが目にしたであろう道端の花とともに彼(女)らの生きた時代というカンバスの中に描くことで、三次元で天然色(古い・・)の、時間軸も含めれば四次元で動き回る存在として今に蘇らせてくれるのです。
2020年の新型コロナウイルスの世界的流行に関係して、1918年のスペイン風邪をはじめとした過去の感染症が注目されています。この本の中には感染症関係のコラムもたくさん掲載されていますが、最も私の印象に残ったのはハンセン病(癩病)についてのコラムで、京大皮膚科の小笠原登先生が昭和16年に「癩病ノ感染ハ殆ドナク隔離スル要ナシ」と学会で発表したときに、その場の医師たちに「常識ニ反スル異端者、国賊!」と罵られたそうです。その後平成8年になってようやく「らい予防法」は廃止されましたが、現在でも患者への偏見は完全に払拭されていません。新型コロナウイルス感染症患者に対する差別や排除などというニュースを耳にすると、「時代は回る」ことを痛感します。
先が読めない現代を考える上でも是非多くの方に手に取っていただきたい一冊です。 


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