コロナウイルスは変異を生じてもこれを修復する機構proofreadingを有しているためSARS-CoV-2についても遺伝子変異は少ないとされています。インフルエンザウイルスで毎年のように新たなワクチンが必要になる理由は、変異の頻度がコロナウイルスと比較すると桁違いに多いためです。しかしコロナウイルスについても自然淘汰natural selectionによって変異型の選択が生じる可能性はあります。現在SARS-CoV-2についてはワクチンや抗体製剤の開発が急速に進んでおり、その多くが受容体結合に重要なSpike(S)タンパク(の3量体)を標的にするものですが、その際に抗原として用いているのは武漢株のSpikeタンパク配列です(Wang C et al., Journal of Medical Virology 92, 667-674, 2020)。
世界中のSARS-CoV-2ウイルス遺伝子の系統樹がGISAID database, Nexstrainなどに登録されていますが、SARS-CoV-2のようにde novo変異が少なく、しかもrecombinationを生じるウイルスではhomoplasyに基づく系統解析でウイルスのpositive selectionを同定することは困難です。著者らはbioinformatics toolを作成して、異なる地域で繰り返しドミナントとなるウイルス型は優位性を持った(positive selectionを受けた)ウイルス型であるという指標を用いて、SタンパクのD614G変異型ウイルスに注目しました。
D614G変異は23,403番目のヌクレオチドのA→G変異によって生じますが、ほとんどの場合はその他3か所の変異と同時に生じます。3月1日の段階では世界から登録された997のウイルス遺伝子配列のうち10%を占めるのみでしたが、3月31日には67%、5月末(最終サンプルは)までには14,951のウイルス遺伝子配列のうち78%を占めるようになりました。武漢型のD614からG614型ウイルスへの出現頻度の変化はアイスランド、カリフォルニアのSanta Clara地方以外のすべての地域で起こっていました。最初はD614が流行していた場所でも、両者が併存している時期をへて、G614型優位へと変化することが見られました。つまりG614型がpositive selectionで選択された可能性を示しています。ちなみに日本でも2月に見られたのはすべてD614でしたが、3月以降はG614型が大部分になっています。
G614のoriginを調べると、最も初期に出現したのは中国、ドイツで1月末に検出されたのがG614に加えて3つの変異のうち2つを有するウイルスです。全ての変異を有するウイルスは2月20日にイタリアで採取されたサンプルでした。
D614はSタンパクプロトマーの表面に存在し、近接するプロトマーのT859のプロトマー間の水素結合に関与しており、G614への変異によって水素結合が形成されなくなるため、分子の可動性が亢進する可能性があります。
著者らはG614型ウイルスの臨床像についても検討し、G614型ウイルス感染者におけるウイルス量はD614型と比較して多いことを明らかにしました。また細胞とpseudotypeウイルスを用いたin vitroの解析からもG614型ウイルスの方が感染力が高い可能性が示唆されました。一方G614型ウイルス感染者で重症度には有意差はなく、感染患者から得られた血清はG614に対してもD614と同等の中和活性を有することも明らかになりました。
G614型ウイルスの重要性は他の研究者からも報告されており(Hu J et al., bioRxiv 2020.06.20.161323; Lorenzo-Redondo et al., medRxiv, 2020.2005.2019.20107144; Ozono S et al., bioRxiv 2020.06.15.151779; Wagner C et al., Https://github.com/blab/ncov-D614G)、このウイルス型がpositive selectionを受けたことは間違いないと思われます。しかしこのウイルス型の臨床像については、この研究では感染性や増殖性は高いが重症化は変わらないという結果でしたが、一方で致死率が高いとする報告もあり(Becerra-Flores M et al., Int J Clin Pract, e13525, 2020)、今後のさらなる検討が必要です。
本報告は初めて変異型ウイルスのpositive selection、そして機能や臨床像の違いを明らかにした重要な研究であり、今後のワクチンや抗体製剤開発にも貴重な示唆を与えるものと考えられます。
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