日本語の前身、倭人の言葉の原始は、AUIの三母音であった。目に見えるまわりの自然の造化はすべて「ア」で表現し得た。その自然が動きをやめた時には、「イ」という母音で、存在を表現した。自然が動くのを見た時にそれを「ウ」で表現した。その後倭人はO「オ」という母音を定着させた。
AUIを発声エネルギーの小さい順に並べるとIUAの順となる。
原始、倭人はものを分けるときは、発声エネルギーの順に並べたIUAにI母音を付けて表した。
一つのものを「I(イ)」。二つに分けると「IU(イゥ)」。更に二つに分けて4っつにすると「IA(イァ)」
時代が進むと、Y子音という関係性を表す子音と組み合わせて数えるようになった。
YI YU YA(イユヤ、124)。それ以上はYAYA(ヤーヤー)で沢山を表した。
更に時代が進み、ウとアの中間母音オを使えるようになった。
IUOAの順に数詞に応用した。
YI YU YO YA(イユヨヤ、1248)
更に時代が進み、三つに分けることを覚えて、物体を表すM子音を使った。五つに分けるときは物量を表すT子音を使った。
MI(ミ3)。二つに分けるとMU(ム6)
TU(ツ5)。二つに分けるとTO(ト10)
それでは、7を表すときはどうするか。TAには沢山、たわわなど物が多い状態を表す。溢れるという意味もある。足す意味と捉えてもいいだろう。
そこで7はMUTA(6から溢れる)又はMUTAYI(六つ 足す 一つ)と表した。
9はYATA(8から溢れる)又はYATAYI(八つ 足す 一つ)と表した。
八咫烏(ヤタガラス)、八咫鏡(ヤタノカガミ)等の言葉がのこっている。
これより更に多い時にはYAMATA。「八岐大蛇(やまたのおろち)」。
IUOAの発声エネルギー順に従って並べてみよう。
YI YU YO YA
MI MU
TU TO
YAMATA
倍数同域子音の法則に気づくことができる。
YI YU MI YO TU MU MUTA YA YATA TO YAMATA
弥生時代、哲学というか宗教がこの数詞を利用して、教えがまとめられた。
ユピプミ ヨツムナ ヤコトタ エモマチ ヨヂュミペ
ひふみ数詞の誕生である。(弓前文書の行番号3201から3205)