「おい、あの采女だぞ。」
「確かに美しい。草壁皇子は美しいものが好きだ。」
大安殿に続く回廊で高官たちが囁きあっていた。
石川郎女…大名児が颯爽と天皇に奉仕するため内安殿に向かうため歩いていた。
「あの女子は、草壁皇子がお声をかけられたそうじゃが断ったそうじゃ。」
「馬鹿じゃ。地方の豪族であれば天皇、または皇子の寵愛を得られるのが家のためになるというのに。あの女子は何を求めておるのじゃ。」
「草壁皇子は皇后さまによく似ていらして見目麗しい。しかも皇位継承権二位であられるぞ。お身体は弱いところもあるというが何が不満ぞ。」
「高市皇子か…皇位三位であられるが先の大乱で活躍された天皇の長子の皇子かもしれんぞ。」
「あの方の想い人は先の近江朝廷の大友皇子の妃十市皇女であろう。しかし、自殺されたとも噂があるしな。」
「十市皇女のことを語るのは禁忌であるぞ。」
「十市皇女の母額田王が大名児の詩を褒めたとも聞いたことがある。」
「もしかしたら皇太子の大津皇子さまか。」
「それなら納得出来るぞ。申し分ない。しかし高望みする女子じゃ。」
大名児が踵を返し内安殿の入り口へと歩みをすすめた。大名児は香りを衣に薫きしめているのかその場を去ったあとも香りが残った。
それは魅惑的であり、いつまでも嗅いでいたいほど安らぎを与える香りなのに、どことなく大名児の強い意思を感じさせる香りでもあった。
内安殿に大名児が入り座るよう言われ暫くすると皇后が姿を現わした。
大名児は儀式にのっとり皇后に挨拶した。
「大名児、今日そなたをここへ呼んだのはあまり噂になってもいけないことを話したく招いた。ここならそなたが天皇に奉仕するために訪れたと誰も疑わぬであろうしな。」と皇后が語りかけた。
「恐れ多いことでございます。」大名児は身を縮め頭を伏せた。
「誤解はしないでおくれ。そなたは草壁の申し出を断ったと聞いた。真か。」
「はい。先日入内されたお妃がいらっしゃいますゆえ。大名児では役不足でございまする。」
「そうか。誰か心に決めた方がおるのならはっきりそう申した方がためぞ。草壁は諦めないと思うゆえ。」
「おりますが、その方に気持ちは申し上げておりません。そのお方も私をどのようにお思いかも確かめてもおりませぬ。そのような半端なお気持ちのまま皇子の寵を頂いてもお妃を傷つけるだけ。どうか私のわがままをお聞き願えますように。」と大名児はさらに恐縮し答えた。
「大名児、そなたを責めているのではない。草壁は、身体が弱い。それ故に自分に好意を向けるものには、とことん従順で優しい男子じゃ。しかし負けず嫌いじゃ。時に嫉妬深い。そなたのような美しい女子を簡単に諦めるとは思わぬのでな。その覚悟を持って断ったのなら良いのじゃが。しかし珍しい女子じゃ。皇子であれば殆ど思いのままの一生を暮らせるであろうに。」と皇后は半ば呆れたように笑った。
「恐れ多いことでございます。」
「そなたのような自由な女子は羨ましい。まるで父の妃であり、夫の先の妻の額田王のように自由で強く美しい。我はいつも憧れていた。」と皇后は遠い目をして言った。
ご自分の息子である草壁皇子を袖にしてしまった私をお許しくださり、この日の本一の位にあられる女性なのに本音を語ってくださる。私の想い人を伝えたら皇后さまは悲しまれるのであろうか。許してくださるのであろうかと大名児は思っていた。
「確かに美しい。草壁皇子は美しいものが好きだ。」
大安殿に続く回廊で高官たちが囁きあっていた。
石川郎女…大名児が颯爽と天皇に奉仕するため内安殿に向かうため歩いていた。
「あの女子は、草壁皇子がお声をかけられたそうじゃが断ったそうじゃ。」
「馬鹿じゃ。地方の豪族であれば天皇、または皇子の寵愛を得られるのが家のためになるというのに。あの女子は何を求めておるのじゃ。」
「草壁皇子は皇后さまによく似ていらして見目麗しい。しかも皇位継承権二位であられるぞ。お身体は弱いところもあるというが何が不満ぞ。」
「高市皇子か…皇位三位であられるが先の大乱で活躍された天皇の長子の皇子かもしれんぞ。」
「あの方の想い人は先の近江朝廷の大友皇子の妃十市皇女であろう。しかし、自殺されたとも噂があるしな。」
「十市皇女のことを語るのは禁忌であるぞ。」
「十市皇女の母額田王が大名児の詩を褒めたとも聞いたことがある。」
「もしかしたら皇太子の大津皇子さまか。」
「それなら納得出来るぞ。申し分ない。しかし高望みする女子じゃ。」
大名児が踵を返し内安殿の入り口へと歩みをすすめた。大名児は香りを衣に薫きしめているのかその場を去ったあとも香りが残った。
それは魅惑的であり、いつまでも嗅いでいたいほど安らぎを与える香りなのに、どことなく大名児の強い意思を感じさせる香りでもあった。
内安殿に大名児が入り座るよう言われ暫くすると皇后が姿を現わした。
大名児は儀式にのっとり皇后に挨拶した。
「大名児、今日そなたをここへ呼んだのはあまり噂になってもいけないことを話したく招いた。ここならそなたが天皇に奉仕するために訪れたと誰も疑わぬであろうしな。」と皇后が語りかけた。
「恐れ多いことでございます。」大名児は身を縮め頭を伏せた。
「誤解はしないでおくれ。そなたは草壁の申し出を断ったと聞いた。真か。」
「はい。先日入内されたお妃がいらっしゃいますゆえ。大名児では役不足でございまする。」
「そうか。誰か心に決めた方がおるのならはっきりそう申した方がためぞ。草壁は諦めないと思うゆえ。」
「おりますが、その方に気持ちは申し上げておりません。そのお方も私をどのようにお思いかも確かめてもおりませぬ。そのような半端なお気持ちのまま皇子の寵を頂いてもお妃を傷つけるだけ。どうか私のわがままをお聞き願えますように。」と大名児はさらに恐縮し答えた。
「大名児、そなたを責めているのではない。草壁は、身体が弱い。それ故に自分に好意を向けるものには、とことん従順で優しい男子じゃ。しかし負けず嫌いじゃ。時に嫉妬深い。そなたのような美しい女子を簡単に諦めるとは思わぬのでな。その覚悟を持って断ったのなら良いのじゃが。しかし珍しい女子じゃ。皇子であれば殆ど思いのままの一生を暮らせるであろうに。」と皇后は半ば呆れたように笑った。
「恐れ多いことでございます。」
「そなたのような自由な女子は羨ましい。まるで父の妃であり、夫の先の妻の額田王のように自由で強く美しい。我はいつも憧れていた。」と皇后は遠い目をして言った。
ご自分の息子である草壁皇子を袖にしてしまった私をお許しくださり、この日の本一の位にあられる女性なのに本音を語ってくださる。私の想い人を伝えたら皇后さまは悲しまれるのであろうか。許してくださるのであろうかと大名児は思っていた。