たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子17

2018-12-27 00:22:49 | 日記
大名児は、艶のある声で「皇太子さま、どうぞ召し上がってくださいませ。」と大津に酌をした。
大津は大名児の香りにはっとさせられた。藤をあしらった髪飾りに深い山吹色の衣の地に朱色をあしらった唐風な装束をしていた。

姉上は香さえもつけずにいるのだなぁ…このような煌びやかな髪飾りもつけず勾玉だけで衣も質素なものしか召さらず。布地は大変高価なものであるが…妻神だけに。

「礼を申すぞ。」と大津は言ったが名前が分からず一瞬止まると「大名児にございまする。光栄にございます、皇太子さま。」と和かな表情で言った。
「そなたが石川の郎女、大名児か。和歌が上手いと聞いたぞ。」と大津は言い「草壁、そなたも大名児に酌をしてもらおうぞ。」とこちらを凝視していた草壁皇子に声をかけた。
煩わしかった、草壁の視線が。

草壁皇子は大津のそばにより大名児が一瞬眉を潜めたのも気づかず「そなたに酒を注がれるのなら、酒がより一層旨くなるのう。」と嬉しそうに大名児の酌で呑んだ。「実に旨いのう。旨い。」と飲み終えた後も草壁は嬉しそうに大名児に伝えた。

「草壁皇子さま、大名児は皇子さまが嬉しいと仰ってくださり光栄ですわ。皇太子さま。皇太子さまの漢詩、私、とても興味がありますわ。教えてくださいませんでしょうか。」と美しい伏し目がちな瞳を大津に向けた。

大津は大名児は自分自身の美しく色艶やかな容姿をわかって我に問いかけているのだなと感じたと同時に姉上のあの無防備なまでの美しさは何なのだろう…我だけが感じるものなのか。姉上、我がいるこの場所を貴女が見たらなんて仰るのだろう。

「大名児、草壁皇子も川嶋皇子も漢詩は上手いぞ。我よりも。和歌に秀でたるそなたらよく話も合うであろうよ。」と大津はその場から退散した。

また月光を仰いでいた。大名児の気持ちも嬉しい、もちろん山辺皇女も。
しかし結局我が望んでいるのは姉上、貴女です。貴女以外が誰もいないのです。
しかし不可侵の女神であり、同母姉弟…

天智天皇さえ、天智から見て先々の孝徳天皇の皇后間人皇女を奪い同母の妹を妃にはしなかったがいつも連れており堂々としていたと聞いた。なんとかならぬものか。ならぬから恋しいのか。そんな馬鹿げた程度で語れるものでない、と大津は自嘲していた。
思案していた背後でひと気がした。