たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 12

2018-12-18 23:00:21 | 日記
姉上との別れを告げ伊勢を立った。

「また機会を設け姉上の元に参ります。」

「嬉しいわ。大津。その時までお互い日々を大切に過ごしてまいりましょう。つつがなく日々をしあわせに思いながら。」

「姉上…」抱きしめたくなったが不可侵の女神を己の我欲で汚してはならぬとの一心で別れを告げ馬にまたがった。
礪杵道作も大津の悲しそうな背中を追うように伊勢の地を後にした。

そんな大津たちの姿を見えなくなるまで大伯は見送った。

大津の姿が見えるまでは大伯も気丈に振舞っていたが峠の曲がりあとから大津が見えなくなった。

また己の気持ちと向き合う日々が続く。

「大津のしあわせが私のしあわせと言ったくせに。何が身体を震わせるの、突き上げている感情に耐えられないと泣くの。何を嘆いているの。わからないわ。そのようなわがままは。」
大伯はその場に立ち尽くすことだけが精一杯だった。

馬上の上の大津も振り向いてしまいたい衝動を何度も堪えていた。
「振り向いてしまえば戻れなくなる。我はそのような身勝手な男でない。必ずまた会える日を作るのだ。」と何度か言い聞かせ馬を走らせた。

飛鳥浄御原宮に戻る最中、民が田や畑を耕す姿を見た。
川で釣りをするもの、竃で炊く煙、家族のため夕餉に間に合うよう炊いているのであろう。野で無邪気に遊ぶ子ら。我がこの姿をしあわせに見えぬのなら我の責任だ。しあわせにするのが我の役目。

何も悲しむことはない。我はそのようなお役目を姉上とともに授かっているのだ。
民を案じ、しあわせにする役目の天皇家に生まれたのだとしたらこれ以上しあわせなことはないではないか…姉上に堂々と伝えられるようお役目を果たしまた会いに行くのだ。誰も決して穢すことの出来ないあの美しい女神に会うために…

帰京の報告に浄御原宮に参内した。

父、天武天皇は「皇太子となることを聞いて参ったか」と豪快に笑った。
驚きました、と大津が素直に言えばさらに笑って「大伯は美しい女神であったろう」と言った。
はい、と大津がまた素直に言えば「そうか、そうか。あの美しい妻神がいればこの和の国は万全じゃな。」と高らかに笑った。

皇后は「妻神だけではこの国は守れませぬ。天皇もしっかりと在わす国でなければ。」と少し呆れた表情で天皇に苦言を言った。

大津は、姉上は姉上は…この国のためにどの皇女よりも辛いお立場におられるというのに天皇…と思った時、父天武は「山辺皇女が明日、お前の妃として参る。こころして迎えるように。」と言った。