たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子14

2018-12-21 22:41:08 | 日記
山辺皇女は緊張していたが、燭台の灯りに照らされた皇太子である大津皇子が目の前に現れた時噂通りだと一瞬我を忘れた。
ー 麗しい容姿文武に秀で、自由を好み、多くの人々が彼を慕い、身分など分け隔てなく接するおおらかな人柄 ー
しかしその大津皇子が「今宵、そなたと過ごすが私は指一本も触れぬ故、安心して眠るがよい。」と言うのだ。

「私は皇子さまの妃として…女として…不適格なのでしょうか。」山辺のきめ細かい白い肌に涙がすらりと流れて行った。

「そうではない。そなたと初対面であるのに無理だと言っているだけだ。そなたのことは大切にしていきたい。勘違いしないようにな。どうでもいい女であれば抱くことは簡単だ。これから顔を合わせる中でそなたのことを徐々に知りたい。そして時間に任せる。」大津は一生懸命に伝えた。

「でも時間が経っても私が大津さまにお気に召されないとしたら…」

「それはないであろうよ。さ、今日は疲れたであろう。横になりなさい。宮仕えの者たちも怪しむ。」

「大津さまは。」

大津は寝所に入り背中を見せ「我はこちらだけを見て眠る。窮屈かも知れぬがゆっくり眠ろう。遠く近江から来たのだから。」と言った瞬間山辺皇女は大津の背中の横で背中を向け泣いていた。

「許してくれ。我は融通が気利かぬ男とは思う。でもそれではそなたも我もしあわせではないのかと…」
と言った途端衣擦れの音がして山辺皇女が大津の背中を包んだ。

山辺皇女は「皇太子さまのお気持ち嬉しく存じます。」と言ったあとゆっくりと背を向け肩を震わせ泣いていた。

大津は、姉上のことを思うとおいそれと割り切れない自分の不器用さに少し苛立っていた。
しかし衝動には流されたくはなかった。

我が背子 大津皇子13

2018-12-21 08:06:54 | 日記
「私が妃をですか。」大津は急なことで驚いた。

「草壁も妃を迎えてそちにもおかしくないであろう。皇太子として政治的にも、そういうことも必要なわけだ。近江朝廷の臣下たちがいつ不満をとなえ先帝の天智天皇の誰ぞをこの飛鳥浄御原の朝廷に担ぎだしてくるかも知れん。先帝を父に持ち、蘇我赤兄の娘にあたる。言いたいことはわかるな。」と父、天武は大津を試すようにも言った。

「この朝廷は、決して近江朝廷を仇するものでなく統合し、先の朝廷であったものも能力次第で迎える。重臣であれ、血統であれ、律令国家の基礎を築くため天皇家は分け隔てなく重用する。その象徴がこの結婚でございますか。」大津はやや空虚な表情で答えた。

天皇はにんまり笑い「その通りじゃ。」と嬉しそうに言った。

大津の虚ろな表情に「大伯も喜んでくれるといいですね。」と皇后が言った。
「あぁ、そういえば姉から義母上に言伝を。紙がありますので渡します。」と大津は虚ろな表情を隠せないまま渡した。

「朕にはないのか。」と少し拗ねたように天武は大津に聞いた。大津は「天皇、皇后栄え長くしあわせであるように、この国の民のしあわせを伊勢で祈り申し上げますと。天皇が伊勢に参らせ奉られることを楽しみに待っておられます。と申しておられました。」と大津は先日までのしあわせな時間を思い出しながら淡々と答えた。

皇后は「大伯はしっかりお役目を果たしているのですね。」と大津を気遣うように言った。
「そうです。義母上。あのような寂しい場所で、凍るような冷たい川で禊をされたり、この国の安泰を静かに祈っておられます。並みの女人に出来ることではありませぬ。…それなのにこの世の女人のしあわせを放棄された姉上をおいて私が妃を迎えるなどおかしくありませぬか。」と大津は天皇に問うた。

「稀有な姉弟がこの国の安寧を作る。立派なことだとは思わぬか。」と天武が威厳ある声で大津に言った。
姉上の二人の役目を果たして参りましょう、大津のしあわせが我のしあわせとの声が大津の胸に刺さった。
「御意にございます。」大津は伏して答えた。己に心を殺すのだ。姉と離れていても我は二人で役目を授かったと思いと何度も心で唱えていた。

翌朝、高官、重臣らを前に大津の立太子と山辺皇女の入内が宣言された。
夕となり山辺皇女が白絹を纏い寝所にいた。
美しいが大津には抱けなかった。姉上のことを思うと抱けなかった。