たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 山辺皇女26

2019-08-30 06:00:52 | 日記
とっさに皇后の地位を受け入れたのなら私は得体の知れない何かに、足下から引きずられていきそうな不安がよぎった。

私は天智天皇の娘…天皇皇后両陛下はその天智天皇から離れて新しく都を作り律令にまで着手されている…皇后…このお方は優しい。でも賢く父天智天皇の頭脳を誰より引き継いでおられる。

体力的に天皇は難しいとはわかる。

しかし夫婦として作り上げた律令をこの皇后から奪うことは断じてあってはいけない。

それに…天皇が薨御されるのであれば、伊勢から斎宮の任が解かれ大伯さまがお戻りになる。

大伯皇女さまは大津さまの妃にはなられないが、大津さまのこころが一番おありの方がいるというに立后などして大伯皇女さまより出過ぎたことは避けたい。

滑稽な気がする…

お二人の母亡くられた大田皇女をまだ愛してやまない天皇の両輪となることで立派に皇后を務め上げている皇后のような政治家に私はなれない。

そんな私が皇后だと…名ばかりの皇后で私は立つ瀬がない。

「私は大津さまの妃としてやっと立っているような未熟者。その未熟者が皇后など畏れ多いこと。
天皇皇后両陛下、大津さまが大切になさっている律令のことは…私には恥ずかしながら…
ここはどうか皇后さまと大津さまが手を携えなさるのが賢明な判断であると私は思いまする。
その方が天皇さまも御安心であらされると思いまするに…」と答えた。

「しかし山辺皇女、大津の妃である限り立后はいつかしないとなりませんよ。」皇后は少し怪訝そうに仰言った。

「律令の運びを見つつ、皇后さまのなさりようを学ばさせていただくのが私に出来る精一杯でありますに。」

「山辺は山辺なりに思うことがあるようです。私は山辺に無理はさせたくない。天皇皇后両陛下、どうぞ山辺の思いを汲んでやってください。」と大津さまは懇願してくださった。

「では、大津の天皇即位だけで良いと申すのじゃな。」と天皇は張りのある声で申された。

「はい。その方が民のためにも最善の方法かと思いまする。」と私は叩頭した。

その夏、天武天皇は譲位され大津さまが即位された。朱鳥元年と改元された。