下記の記事はヨミドクターオンラインからの借用(コピー)です
私が経営する、ペットと暮らせる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」で暮らすペットたちは、二つのタイプに分けられます。飼い主である入居者と同伴で入居したケースと、保健所にいた保護犬や保護猫出身でホームの飼い犬、飼い猫になったケースです。
同伴で入居したペットたちが、飼い主の入居者と固い絆で結ばれているのは当然ですが、ホームで出会ったペットと入居者が固い絆を結ぶこともあるのです。その代表例が、アラシと山田吉江さん(仮名、80歳代、女性)です。
山田さんは、「さくらの里山科」に入居した時点で、重度の認知症でした。認知症というのは、実は病名ではなく、症状の総称です。最も有名なのがアルツハイマー型です。それに、脳血管性認知症、レビー小体型認知症を加えた三つが、三大認知症と呼ばれています。
三つの認知症は症状に違いがあります。アルツハイマー型は、記憶障害から始まることが多く、進行は比較的緩やかです。脳血管性認知症は、機能低下にばらつきがあり、できることとできないことが混ざっている、まだら認知症と呼ばれる特徴があります。そしてレビー小体型認知症に特徴的な症状は幻視です。
山田さんは、レビー小体型認知症でした。そのため幻視がひどかったのです。暗がりに何かが見える、というような症状です。山田さんは夜になるといつも、「暗がりに怖い物がいる」と訴えていました。そのために夜眠れなくなり、日中はいつもうつらうつらしているような状態になってしまいました。このような夜間不眠症と昼夜逆転も、認知症ではよく見られる症状です。
日中、半睡半覚のような状態では、あまり動かなくなります。食事の時も半分眠っているので、食欲はなく、食事の摂取量も低下します。生活リズムの乱れと運動量の低下、さらに食事摂取量の低下が重なれば、当然、体調は悪化します。体調が悪化すれば、認知症も悪化するという、負の連鎖に山田さんは陥っていました。
山田さんのような状態に陥る入居者は少なからずいます。介護職員たちは、生活リズムを整えようと頑張るのですが、何しろ認知症が根本原因にあるので、なかなかうまくいきません。しかし、山田さんは劇的に改善することになります。劇的な改善をもたらしてくれたのは、アラシという1匹の保護犬でした。
アラシは山田さんの部屋で一緒に寝るように
山田さんの愛情を察したアラシ
アラシが「さくらの里山科」にやってきたのは、推定1歳のころです。保健所にいた保護犬ですから正確な年齢はわかりませんが、まだ子犬の雰囲気を残していましたから、1歳未満だったかもしれません。
アラシには持病がありました。てんかんの発作です。突然、全身をけいれんさせ、泡を吹いて倒れてしまうのです。発作の時に、尿やフンを漏らしてしまうことも多かったです。てんかんという持病があるために、捨てられたであろうということは想像に難くありません。ホウキやモップなど、棒を手にした職員を見るとおびえましたから、虐待されていたのかもしれません。
アラシを預かった動物愛護団体の「ちばわん」さんは、てんかんがあると、飼い主はなかなか見つからないかもしれないと危惧していました。そこで、「さくらの里山科」が引き取ることにしたのです。アラシの持病で職員の負担は増えますが、犬好きの職員たちは皆、引き取ることに積極的でした。
虐待を受けていた可能性もあるアラシは、とても臆病な犬でした。人にも、そして犬にもおびえており、「さくらの里山科」に来てからも、いつも部屋の隅に隠れていました。物陰から、そっと他の犬たちを眺めているのです。ご飯をもらう時も、「食べていいの? 怒らない?」とでも言いたげに、おどおどと職員を見上げてきました。
そんなアラシの様子に職員は心を痛めていましたが、職員以上にアラシを気にかけていたのが山田さんです。
山田さんはいつも、「あのかわいそうなワンちゃんはどこにいるの?」と言ってアラシを探していました。アラシを見つけると、「アラシや~、おいで~」と優しく声をかけ、そっとなでていました。
虐待され、人に心を閉ざしていても、いいえ、虐待され、人に心を閉ざしているからこそ、アラシは山田さんの愛情を敏感に察しました。山田さんはいつもアラシを探していましたが、アラシも山田さんを見つけると、すぐに寄っていくようになりました。山田さんがリビングにいる時は、いつもその隣に寄り添っていました。そして、いつしか、山田さんが自分の居室に戻る時、アラシも一緒についていくようになったのです。
こうしてアラシは、山田さんの部屋で一緒に寝るようになりました。その結果、ちょっとすてきな奇跡が起きたのです。
(若山三千彦 特別養護老人ホーム「さくらの里山科」施設長)
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