徒然草庵 (別館)

人、木石にあらねば時にとりて物に感ずる事無きに非ず。
旅・舞台・ドラマ・映画・コンサート等の記録と感想がメインです。

無伴奏ソナタ 2014 (初見・ネタバレあり)

2014年09月28日 | 舞台


海外出張が入ってしまい、初日良席のチケットを泣く泣く友人に譲り、帰国直後に二日目ソワレを観てきました。
ところで、私がまだ出張先にいた時、金曜の初日に観にいったその友人(@CB歴20年超、初演未見&原作既読)からは、ちょっと驚くようなメールが送られてきました。以下抜粋。







一言で言うと、凄い舞台だったわ。

なんだか阿呆みたいなコメントだけど。
だからといって「感動した」とか、「心を鷲掴みにされた」みたいな、そんな安易な言葉で表現できないし、したくない。
この、いま、自分の想い、頭の中にあるものを正確に表現できるぴったりな言葉が、この私の【空白】の頭の中からうまく取り出せない、今の状態がこれ程までに口惜しくて、もどかしいとは。

しかし、今の、この言葉にできないものを、無理に言葉という形にする必要もないのかもしれない、とも思ったり。
また、もうこれ以上この舞台は観ない方がよいのかもとも思ってみたり。
(実際そんなことは我慢できないから無理だけど)

(中略)

とにかくこれは、今、この場で体感というか、観ることができたことが、幸い。
という舞台だったわ。








これを帰国便を待つ空港のロビーに居た私が読んで、どれだけ「身震いがしたか」…。


早く東京に帰りたい!
早く舞台を観たい!



疲労の極にありながら、それしか考えられないほどにワクワク感と期待でいっぱいになっていたのでした。
とにかく飛行機無事に飛んでくれ!無事に帰宅して私を劇場に行かせてくれ!そんな切実なる願いとともに、数時間後私は再び日本の地を踏むことができました。(苦笑)







キャラメルボックス『無伴奏ソナタ』





≪公式HP≫
http://www.caramelbox.com/stage/mubansou-sonata2014/

≪キャスト≫ ※敬称略
クリスチャン:多田直人
カレン/デニス:大森美紀子
ジャニス/ブライアン:岡田さつき
オリヴィア/カール:岡内美喜子
ギルバート/ミック/ギレルモ:左東広之
リスナー/ジョー/アル:小多田直樹
リンダ/マイク:原田樹里
ポール/キース/ブルース/ウォッチャーの助手:畑中智行
リチャード/ウォッチャー:石橋徹郎(文学座)

≪原作≫
オースン・スコット・カード『無伴奏ソナタ』







当然ながら初演は未見です。原作は既に読んだことがあり、その余りにも壮絶な『人生の物語』に身震いしたのを今でも覚えています。SFであり、なおかつ翻訳でもあるせいか、過剰な感情描写や情緒上限を配して、ひたすら淡々と「音楽の天才」クリスチャン・ハロルドセンの人生を追っていく(むしろ原語で読んだほうがしっくり来た感があります)…あれを一体どうやって舞台化するのか、と当然ながら疑問に思いました。一方で『失蝶記』(『TRUTH』の原作)や『鍵泥棒のメソッド』を知っているからには、間違いなく「うわああっ!」と思うような原作リスペクトの効いたアレンジを加えてくるはずだ、とも思う自分がいました。

原作英語版はこちら(PDF)
http://janlowman.escuelacampoalegre.wikispaces.net/file/view/Card,+Unaccompanied+Sonata.pdf



帰国後片づけをしたりしてからサンシャイン劇場へ。
開演10分前に席に着くと、既に1階席は満員のお客さんで溢れかえっていました。週末のこの賑わう雰囲気は大好きです。たとえ席が19列目真ん中あたりという「初めから出張予定が分かってたらこんな席では観なかったのに!」後方でも、です。←初日が最前列でも困るけど、せめて10列~13列くらいで観たいじゃないか?!
ただ、この日は本当に疲れていて「いろんなもの」を忘れてきてしまったのですが、結果としてはそれが良かった…とも思える2時間でした。

余談。開演前に「時間押してる?」と、思いつつ…ふっと視線を感じて(これはホントに!)顔を上げると、あれ?さるやんごとなき方が下手の階段横に居らっしゃるじゃないですか。今日の前説はご担当ではない?!と思ったら、金城さんと関根くんじゃないですか。この半年、ずーっと社長の前説に慣れてたせいか、ある意味新鮮ではありましたw

そんなこんなで、5分遅れ?で『無伴奏ソナタ』3公演目、マイ初日の幕が上がりました。









初見の舞台は緊張する。
初日なら尚更。初日でなくとも評判を聞いているとそれなりに期待値があり、どうしても肩に力が入る。

舞台上を五線譜をモチーフにした銀色のフレームが取り囲んでいる。暗闇に鳴り響く鐘の音。青みを帯びた照明に、床の上にも五線譜が浮かび上がる。音楽の神に愛された、主人公クリスチャンの過酷な人生を予感させる、美しくも静謐な「青の世界」…そこに人影が現れる。10人ほどか、フルメンバーだろう。青い光の中、黒いシルエットしか見えないが、おそらく中心に居るのはクリスチャン役の多田さんだ、とまでは目星がついた。
原作を知る私は「最初の台詞はどう来る?」と身構えている。そこに響いたのは…人の声ではなく、澄んだベルの音だった。


リーン。
キーン。
リィーン。



ハンドベルの音とともに、床に水紋のような光の円が生まれ、広がって、消えていく。一人が鳴らし、光が生まれ、そして消えて行き…次の音が響き、また新たな円を描きながら広がっていく…古代の宗教儀式にも似た厳粛ささえ湛えて。それはどこか夢のような非現実空間で奏でられる「音」で、ここがサンシャイン劇場であることすら、私に忘れさせるほどのインパクトを持っていた。


シャリーン。


立ち位置を変えながら9名が一糸乱れぬベル音を響かせ、照明がそれに応えるように色合いを変える。そこに「何かのメッセージ」がこめられているようで、読み取ろうと全神経を集中するうちにゾクゾクと身震いがしてきた。

何だこれは?
これから何が始まるんだ?


音だけで織り成されるオープニング。
台詞が無いまま白いスポットライトがクリスチャンを照らし出した瞬間、私は完全に「舞台の虜」になっていた。







この後のことは、正直舞台にのめりこんでいたので、よく覚えていない。
ただ「うわああ!!!こう来たか!!」という、原作を知っていたら驚愕するほどに豊かに色づけされたクリスチャンの人生が、その分巨大な破壊力で私を打ちのめしたのは当たり前だろう。


原作がクリスチャン一人の人生を淡々と追うものであるとするならば、
この舞台はクリスチャンと、彼を取り巻く人々の想いを描いた重層的な物語である。



モチーフとなったバッハの「無伴奏ソナタ」はバイオリン単体の楽曲だが、原作がそのままのバイオリンソロなら、この舞台には差し出がましくない程度に、しかし無視できないほどの「伴奏」が寄り添っている。それはクリスチャンの人生を波乱に投げ込むものだったとしても、彼の孤独と魂の渇望を埋める素晴らしい存在になりえていた。

クリスチャンの両親。
ポール。
オリヴィア。
ジョー。
リンダや店の常連。
ブライアン。
工事現場の仲間たち。
そして、ウォッチャー。

とにかく、驚いた。
驚くと同時に、思い切り打ちのめされた。

多分、意識していなかったかもしれないが、場面が進むごとに胸に迫る「何か」のせいで涙がこぼれて仕方なかった。しかし「悲しい」とか「感動した」ではない。クリスチャンの人生に寄り添いながら観るうちに、自分の中の何かがひび割れてそこから「中身」が溢れ出すような、意味もなくただ涙があふれていく…そして今日に限ってハンカチを忘れてきた→大惨事!!!

第三楽章、ギレルモとシュガー(=クリスチャン)の声が生み出すハーモニー、そして「シュガーの歌」を耳にして、楽しそうに歌う舞台のキャストを観ながら、どうにも涙が止まらなかった。何故かは分からない。ただ、物語の中で繰り返される「あなたは今幸せなんでしょう?」「お前は今、幸せか?」という問いかけとも相まって、クリスチャンの「命を懸けるほどの音楽への想い」に無意識に共鳴してしまった、そして第二楽章までは「自分のために」しか音楽を生み出してこなかった彼が、初めて人のために作り上げた曲…それを耳にして、そのあまりの純粋さに打たれたのかもしれない。思考や言葉にできないあの感覚は、一日たった今でもまだ、形にできないでいる。

二度目に法を犯した罰として、声を奪われるクリスチャン。
かすれ声でありながら劇場最後列近くまで十分に届く。しかし劇場中が彼の声を聞き漏らすまいと集中している、物凄い緊張感。あの空気感はこれまでのキャラメルボックスの舞台では感じたことのない「濃縮された瞬間の共有」だった。

そして…。
ラスト10分の「ウォッチャー」とクリスチャンの会話。残酷とも言える「罰」をクリスチャンに与え続けてきた「ウォッチャー」が、初めてその内心を吐露する。


彼自身も、いや、すべての「ウォッチャー」が
「法に反し、罪を犯したメイカー」の成れの果てであること。

そして彼自身がクリスチャンを誰よりも理解していた、
それ故に他人ではなく、自ら処罰を下したいと願い、そして見守り続けていた…その想い。



とっさに口に手を当てた。思わず声にならない叫びが迸りそうになった。
原作を知る人間なら分かるだろう。あの「ウォッチャー」の造形が、かくも深く凄絶な愛情で描かれることなど、誰が予想したか。

それを受けるクリスチャンがまた…物凄く「いい」。それまで押し殺してきた彼の想いが瘴気になって立ち上るような、それでも失わない彼自身の純粋さが、また何とも…観ているだけで瞬きを忘れる。もっと近い席だったら表情まで観察できただろうが、この時、いやこの日の初見2時間は双眼鏡などと言う野暮なものを使うことを完全に忘れていた。


ラストシーンは『喝采』と題されている。
原作にもそのシーンは、ある。しかし劇場でのあのラストは、全身に震えが走るほどに「これ以上ない終わり方」だった。ハッピーエンドとは言えない。救いはない。しかし、少なくとも2時間観てきた我々が、あの瞬間舞台と一体になり、あたかも登場人物の一人になったようにクリスチャンへの「喝采」を送ることができる。涙しながらも、舞台上のクリスチャンへの「魂の救済」――彼が本当に望んでいたもの――を与える側になれたことを、私は心から感謝した。



舞台にしかできないシナリオ。舞台にしかできないエンディング。
そういうものがあるとしたら、まさしくこの『無伴奏ソナタ』ではないかと思う。




帰宅後、私はレビューを書けなかった。
いつもなら翌日にでも観に行けるように、夜中までかかって書くのは普通だが、この舞台に関しては、書けなかった。それほどに素晴らしく芳醇な余韻に満たされていた。そして、慌しくそれを言葉にしてしまうのがもったいなく思った。


「今、この場で体感というか、観ることができたことが、幸い」


この時、私はようやく友人のメールの意味を理解できたような気がした。







そんなわけで。疲れきって足を運んだサンシャイン劇場。
その価値は確かにありました。

クリスチャン・ハロルドセンの人生をたどる2時間。
理屈抜きで、凄い舞台です。

一人でも多くの方に是非観てほしい!
明日は会社の同期と観にいきます。きっと何か、響くはず。





※なお、地方公演に実家の母を連れて行く予定です。誘ってよかった!!