友人に誘われて、歌舞伎座で忠臣蔵を見てまいりました。
折しも討ち入り翌日!「泉岳寺に凱旋したかねー」などと冗談を言いつつ、お昼の部へ。
◇ ◇ ◇
昼の部 通し狂言 仮名手本忠臣蔵
大序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場
三段目 足利館門前進物の場
同 松の間刃傷の場
塩冶判官:菊之助
桃井若狭之助:染五郎
足利直義:巳之助
顔世御前:七之助
高師直:海老蔵
四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場
同 表門城明渡しの場
大星由良之助:幸四郎
塩冶判官:菊之助
顔世御前:七之助
赤垣源蔵:亀三郎
竹森喜多八:松也
矢間重太郎:竹松
富森助右衛門:廣太郎
奥田定右衛門:宗之助
大星力弥:尾上右近
斧九太夫:錦吾
薬師寺次郎左衛門:亀蔵
原郷右衛門:友右衛門
石堂右馬之丞:染五郎
浄瑠璃 道行旅路の花聟
腰元おかる:玉三郎
鷺坂伴内:権十郎
早野勘平:海老蔵
(敬称略)
◇ ◇ ◇
歌舞伎は全くの素人なので(たぶん10数年ぶりくらい)、同行した友人の嬉々とした「場内ガイド」に「へぇ~」「ふぅ~ん」などと感心しつつ3階へ。
師走の忠臣蔵、という先入観のせいか?場内は本当に華やいだ雰囲気で、御贔屓筋も常連さんも団体さんも我々庶民も(笑)なんとなくウキウキ…御着物の素敵な女性が目立ったのも歌舞伎座ならでは。普通の「劇場」とはちょっと違った空気感、いいですね♪
今日の主な出演者は「私でも名前は知っている」若手の役者さん3人に、幸四郎さんと玉三郎さま。
映像では何度も見ていたつもりでしたが、たとえ天井桟敷でもナマの舞台の「息遣いが聞こえる」お芝居…素直に感動しました。貸し出しのイヤホンガイドがまた秀逸で、(ストーリーは知っていても)演者の名前はもちろん、着ている衣装や持っている小物、舞台装置、美術、太鼓や柝の音などの意味を観劇の邪魔にならない程度に説明してくれるので、「あの柄にはそんな意味が!」「この台詞の掛けてある背景はこれか!」と新鮮な驚きや発見も多々あり。もちろん舞台に集中したいときは耳から外せるので、問題ありません。
染五郎さんの桃井若狭之助は、凛々しい細面に涼やかな鼻筋、眉と眦のシュッと切れ上がった「斜め45度が最高」の美青年。怒りの表情すら美しく若々しい。浅葱色の礼服がよく似合っていました。(上使の石堂氏はあまり印象に残らなかったので…)
海老蔵さんの高師直は、今で言う「パワハラ・モラハラ・セクハラ」三拍子漏れなく揃った憎々しい悪役にも関わらず、何ともいえない愛嬌が。そして黒の大紋が最高に似合う!画面を支配する力強い存在感。声はもうちょっと出せるでしょ?とも思いましたが、眼力は流石!
巳之助さんの直義公は(こう言っては何ですが)黄金色の烏帽子が似合う、御雛様のような愛らしさ。ちょこん、といった風情で座っている場面と、口を開いた時の威厳のギャップにドキドキします。
七之助さんの顔世御前もちょっと浮世離れした感じで。(先日観た映画を思い出してはいけない、と自重w)
しかし…今日の第一幕(三段目)で私の心を撃ち抜いたのは、菊之助さんの塩冶判官!!!
松の間(松の廊下)で、まったくの私怨と妻への横恋慕から執権師直に散々侮辱され、それでも立場・家中・妻の気持ちを考えぐっと堪える塩冶判官。その穏やかな円みを帯びた面差しも、こわばり、激し…思わず手にした刀の柄。斬れんだろう、斬れるなら斬ってみよ、と(殿中法度をかさに)言い募る師直。腰の佩刀に相手の指をかけられてまで、ぐっと耐えた判官の眼が、あっという間に真っ赤に充血したと思ったら…
(ハラハラハラッ…)
天井桟敷から双眼鏡(8倍ですw)で息を詰めて見守っていた私の視界で、大粒の涙が次々に塩冶判官の白い頬を伝い落ちていきました。
思わず「ほうっ」とため息をついたほど、眩しい照明を浴びてダイヤモンドのように透明に輝く、それはそれは美しい涙顔でした。
(ああ、涙は「ハラハラと」落ちるものなのだ)
私には漸く、その「擬音語」が「現実に存在する」と思えました。顔を背け、唇を噛みしめ、うつむき耐える塩冶判官の姿、それ以上に頬を伝った一筋の涙の美しさに「今日観て良かった」と心からそう思いました。きっと一生忘れることのない「涙」だと思います。
その後の自裁に至る凛としたお芝居、特に小姓の力弥に眼だけで「ならぬ、下がれ」と叱りつけるところなどはグッっと抑えた感情が溢れんばかりに舞台を支配していて、素晴らしかったです。
◇ ◇ ◇
対して、幸四郎さんの大星由良之助は、「メリハリが効いている」というか、力入れているところと6割くらい?な感じのところがあるんじゃないか、と素人目には映りましたが…どうでしょう?やっぱりここぞの迫力、声の伸び、張り…若い役者の魅力とは違う見せ所だとは感じました。でも、何かパッとしないところもあったりして。
四段目で城を明け渡してから、一人になって後の男泣き(声はリアルに泣いているのに、涙は出ないんですよね…これも見事な役者?)の姿も、三味線の音色とともに花道を引っ込んでいく緊迫感も、落差が激しいのか、見る側が素人なのか。はて。
しかし!!!
第四幕『道行』で私はさらなる衝撃を受けることになります。
(玉三郎さま・・・!!!)
同じ海老蔵でも二枚目の勘平より悪役の師直のほうが断然似合ってましたから、それは横に置くとしても、玉さま@おかるですよ…!
もう、何か「異次元の存在」が舞っている、そんな気が致しました。
次いで何故か「女として」多大なる敗北感・・・(爆) ←いや、きっといると思いますよ、「自分は女のはずなのに」と思った人!
十代の若き恋する乙女を演じていささかも不思議の無い愛らしさ、可憐さ。ルリ子様への感慨とは少し次元が違うのですが、いやもう…敵わないな、と。生ける芸術でした。
◇ ◇ ◇
そんなわけで4時間超の長いお芝居見物でしたが、歌舞伎座の祝祭気分のおすそ分けに預かったようで、幸せな週末になりました。
幕見でいいから、あの大序&三段目、『道行』はもう一度観てみたい気がします。
(おしまい)
追記。
一旦書き上げてから、「何故私は玉三郎さまのおかるを見て敗北感を覚えたのだろう?」と自問してみました。
美しさの極致であれば、菊之助さんの涙を見たときのように溜め息をついて見惚れていればいいと思ったのですが…まったく違いました。
玉三郎さまのおかるは、「女以上に女であった」指先、足、首の傾げ方、優しい眼差し、なよやかな体つきと所作・・・そしてそれは全て「性差」という「天与のもの」でなく「研鑽」によって磨き上げられた「芸」なのだと本能的に感じてしまったから――凡人の到達しえない「たゆまぬ修練に裏打ちされた」至高の美を、見てしまったのかもしれません。
追々記。
歌舞伎好きの友人たちに「当たり前だ」「玉さまは人ではないのだ」「この世のものと思えないのが玉三郎さま」と総ツッコミを受けました…orz ふにゃーん。